第53話 判決の時

 レファスとギラファスの話し合いも最終局面を迎え、後は判決が下されるのを待つばかりだ。


 だけど、もしギラファスが拘束……なんて事態になってしまうと、ボクとしてはとても困ってしまう。

 なにしろ、アルを助けられるのは、消滅者治療の第一人者であるギラファスしかいないんだから。


 だけど、今のボクにできることと言えば、どんな判決が下されるのかとハラハラしながら事の成り行きを見守ることだけだ。

 それも、レファスに抱きかかえられた姿勢のままで……って、いや、もう、そろそろ下ろしてくれないかな……?


 (何はともあれアルの治療のためにも、どうか保護観察程度になりますようにっ!)


 ボクは心の中で、そう祈りながら、この後も 2人の邪魔をしないよう静かに見守ることにした。


 ギラファスの言い分を聞いて物思いに沈み込んでいたレファスが、ついに顔を上げた。


 天を見上げ、気持ちを切り替えるかのように『ふうぅぅっ』と大きく息を吐くと、正面に立つギラファスに視線を移し、スッと表情を引き締めた。


 そして……


「……ギラファス……」


 ……と、厳かなる声で呼びかけた。


 たったそれだけで、神聖で、畏怖の念を抱かせるような空気がこの場を支配した。


 (!!……いよいよ、判決を下すみたいだ……)


 ボクはその様子を固唾を飲んで見守った。


 普段の優しげな雰囲気とは打って変わって、お仕事モードになったレファスは一味違う。

 さすがは『現・天界トップ』で『元・王様』だ。


 まとう空気がガラリと変わり、統治者の顔になったレファスが、ギラファスを真っ直ぐに見つめながら語り始める。


「今、ここで判決を下すことは可能だが、お前には天界にて裁判を受けてもらう。これがどういう意味か……お前には分かるな?」

「…………ご配慮、感謝する」


 レファスは天界で裁判を行う旨を告げながら、最後に意味深な言い方をした。

 それに対して、ギラファスは感謝の言葉を述べている。


 (うん? どういうこと? よく分からないけど……でも、ギラファスがお礼を言っているってことは、悪いことにはならないんだよね?)


 よく分からないながらも、どうやら安心できそうな雰囲気にボクがホッと胸を撫で下ろした時だった。


「では、これよりお前の身柄を天界政府が拘束する」


 言い終わると同時に、レファスがサッと片手を上げて何かのサインを送った。


 途端に、崖の上で待機していたフィオナ&精鋭使徒部隊がバッと駆け降りて来ると、あっという間にギラファスを取り囲んだ。


 精鋭使徒部隊員の一人がギラファスに向かって神力キャンセラーを照射し、それを受けたギラファスは不快そうに眉間に皺を寄せながら足元をふらつかせる……


 その隙に、フィオナと数人の部隊員がギラファスに駆け寄り、サッとその手首に手錠をかけてしまった。


「えっ……?」


 思わず声を漏らしてしまったが、後に続く言葉が出てこない。


 なにしろ、瞬きするほどの時間に起きたこの捕り物劇……ボクはこの展開に付いていけず、現状の把握に時間がかかってしまっていた。


 (えっ、何これ……何が起きたの?…… ギラファスは……逮捕……されちゃったの?)


 じわじわと状況を理解するに従って、『王者の洗礼スキル』の効果でボクの心の中に『ギラファスを助けなきゃ!』っていう気持ちがどんどんと溢れてきて……


「はっ、離してください! ギラファスが連れてかれちゃうっ!」


 ……ボクはいつの間にか、レファスの腕から抜け出そうと必死になってもがいていた。


 だけど、レファスはボクがということが分かっていたかのように、暴れるボクのことをギュッと強く抱きかかえ直した。


「大丈夫、大丈夫だ! ガーレリア、ギラファスのことはパパに任せなさい。悪いようにはしないから」


 レファスがボクを落ち着かせようと、ボクの背中をポンポンと軽く叩きながらなだめるような口調で語りかけてきた。


 だけど、そう言われても『王者の洗礼スキル』の効果や、アルの治療のことも気になってしまって全然落ち着けない。


「だ、だって連れてかれたらっ……」


 そう言って、ボクはレファスの腕の中でジタバタと暴れた。

 そんなボクを安心させようと、レファスがさらに言葉を重ねてくる。


「大丈夫、大丈夫だから。ガーレリアが『王者の洗礼スキル』でギラファスを見捨てられないことも分かっているし、ギラファスに頼みたい仕事があるって言ってたことも覚えている。だからこそ、ギラファスは天界で裁判をした方がいいんだよ」


 何度も大丈夫だと言われ、ようやく落ち着きを取り戻すことができた。


 レファスは、ボクが『王者の洗礼スキル』の影響を受けていることも、『ギラファスに頼みたい仕事がある』って言っていたことも承知してくれている。


 ボクの事情をそこまで理解してくれているレファスが、それでも『大丈夫』って言うんだから、本当に大丈夫なんだと思えた。


 (……何だろう……上手く説明できないけど、この人のことは無条件で信じられるような……そんな安心感を感じる……)


 ボクは、レファスの胸元にひたいをくっつけて瞳を閉じると、穏やかな気持ちに包まれながらぼんやりとそんなことを考えた。


 ふと、レファスが最後に言った『だからこそ、ギラファスは天界で裁判をした方がいい』とのセリフが気になった。


 だからこそ? 天界で裁判?……それって……


「……? どういうこと?」


 ボクを抱きかかえ続けているレファスをパッと見上げると、答えを求めてその顔をジッと見つめながら、コテンと首を傾げて問いかけた。


「グフゥッ! な、なんてことだ……僕はこの子を一生、嫁に出すことができない気がするっ……」

「??……ど、どういうこと……?」


 レファスが、一瞬、苦しそうな息を吐いたかと思うと、感極まったように声を振るわせながら、ブツブツと訳の分からないことを言い出した。


 な、なんか、求めていたのとは違う答えが返ってきたんだけど……


「ゴホッ、んん!……この件についてだけど、ガーレリアがギラファスを監督することを条件にすれば、もちろんこの場で執行猶予は与えてはやれる」


 ボクが目をパチクリさせている隙に、レファスは仕切り直しをするかのように軽く咳払いして、何事もなかったかのように話を進め始めた。


「だけど、この誘拐事件は、天界では知らぬ者がいないほど有名なんだ。当然、主犯であるギラファスを知らない者はいない。ギラファスが悪名を轟かせている今のままの状態だと、たとえ執行猶予が付いたとしても『ガーレリアの信者』としての働きが十分にできない。……ここまでは分かるかい?」


 一気に説明されて頭がこんがらがりそうだけど、要するに『執行猶予が付いたとしても、犯罪者として有名なギラファスが、『ボクの信者』として天界で活動するには大きな支障がある』ってことかな……?


 何となくだけど理解できたので、コクン、と無言でうなずいた。


 ボクの返事を受けて、レファスはニコリと微笑むと「いい子だ」と言いながらボクの頭を撫でた。


 うぅむ、ボクはもう大人なんだけどな……でも、レファスパパが嬉しそうだから、まあ、いっか。


「そこで、だ。天界でギラファスの裁判を開くことで、今回の事件のあらましを全国民に周知させる。そうすれば『ギラファスがガーレリアを誘拐するに至った理由』も、現在、ギラファスが『ガーレリアの信者』になっているということも、スムーズに国中に伝わって、皆んなの理解が得られやすいんだ」


 レファスの説明を受けて、ギラファスが逮捕された理由がやっと分かった。


 なるほど……同じ執行猶予処分でも、国民に『周知されている』場合と『周知されていない』場合では、世間のギラファスへ対する風当たりがかなり違うってことなんだね。


「わ、分かりました。そんな深い考えがあったとも知らずに、大騒ぎしてゴメンなさい」


 レファスの腕に捕まっている状態だから『完璧な謝罪』が繰り出せないボクは、首の動きだけでなんとか謝罪の意を表した。


 (そうだよ、あれほど『逃げる』宣言していたギラファスが、抵抗もせず大人しく捕まった時点で、何か理由があるってことに気が付くべきだったんだ)


 その証拠に、精鋭使徒部隊の皆んなに取り囲まれているギラファスは、今も大人しくその場に佇んでいる。


 何だか、一人で取り乱してしまった自分が恥ずかしい……


「いいんだよ、そうなってしまうことは予測していたことだからね。それより、ガーレリア? 君もこれから天界に帰って、色々と準備しなくちゃいけないってことは分かっているかい?」

「準備?」


 話の矛先が、ギラファスからボクへと急に変わった。


 (レファスの言う『準備』って…… はて?  何のことだろう。思い当たることが無いんだけど?……強いて言うなら、ギラファスの裁判に証人として出廷すること……かな?)


 可能性として、ありそうなことはそれくらいだ。でも、『色々と準備』って言うほどのものではないんじゃないかな?


 ボクがキョトンとしていると、レファスがいたずらっ子のような表情でニカッと笑った。


 (……えっ……と?……な、何だろ?……)


 初めて見るレファスのその表情に、ボクは妙な胸騒ぎを覚えた。


 結論から言うと、その予感は見事に的中した。

 警戒するボクに向かって放たれたレファスの言葉は、ボクが想像すらしていなかったものだった。


「そうだよ? 色々と準備しなくちゃ! ギラファスの裁判が始まったら事件のあらましが明らかになる。となれば君の存在も明らかになるわけだから、当然、国民に対してお披露目の式典を開かないと!」

「しっ、式典!?」


 レファスが、ボクのことを天界中にお披露目をすると言い出した!!

 その瞬間、ボクの脳裏には礼拝堂の……下界に降臨した “あの時” の光景が蘇った。


 ステンドグラスも美しい礼拝堂。その祭壇を背に、ボクはキラッキラの『後光の煌めき』に包まれたド派手演出の真っ只中に立たされた上に、『安らぎの音色』というBGMまで流されて……

 その場の空気を『これでもか!!』ってくらいに盛り上げられたんだ!


 大勢の人たちが見つめる前で、ボクがさらし者になったあの演出……あれはきっとレファスが監修したものだ。


 ま、まさか、あの時みたいに、ボクはまた皆んなの前に立たされるの!? かっ、勘弁してぇ! ボクは目立つことは苦手なんだよっ!


「そ、そんな大事おおごとにしなくてもっ!!」


 ボクは必死に言い募った。……だって、もう二度とあんな辱めは受けたくないんだよ!


 それに、ボクの体(?)はずっと天界にいたんだから、わざわざお披露目なんてする必要はないと思う……

 ボクは、そう言葉を続けようとした。


「今までは『心臓』の者たちが、ガーレリアとして振る舞っていたから、国民の中には『騙された』って思う者も出てくるかも知れない。そんな国民感情を考慮すれば式典は外せないんだよ」


 『だから仕方ないんだよ』……ってレファスは言っているけど、そんな嬉しそうな顔で言われても信じられないよ……


、ガーレリアが主になったことを周知することは必要だよ?」

「うっ……」


 なんとか逃れようとするボクを、レファスは『ギラファス信者』という鎖で縛りつけにきた。


 ゔゔっ、確かに、ボクがさらし者になれば、ギラファスの件は早急に片が付く。

 そうすれば、その分、アルの治療に素早く取り掛かってもらえるわけだから、これで全てが丸く収まるわけで……


 そう言われると嫌だなんて言えない……


「ふふっ、さあ! 天界へ帰ろうか!!」


 反論を諦めたボクを見て、レファスは嬉しそうに笑うと、声も高らかに帰還の号令をかけた。

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