第56話 あれから半年の間に②

「と、ところで、ボクが眠っている間にギラファスの裁判って終わったんだよね? あの後ってどうなったの?」


 高ぶっていたレファスの気が少し落ち着いたところを見計らって、ボクはずっと気になっていたギラファスの裁判の結果を聞いてみることにした。


 天界を揺るがせた張本人の逮捕に公判ということで、きっと天界中の注目を集めたに違いないギラファスの裁判。

 ボクの『シミュレーション』では問題なかったけど、予想外の出来事が起きた可能性もあるから、やっぱりきちんと聞いておきたかったんだよね。


 レファスは『あぁ、忘れてた……』って感じにちょっと眉を動かしてから、直ぐにいつもの笑みを浮かべると、ギラファスの判決内容を教えてくれた。


「ギラファスは情状酌量の余地を認められて、懲役5年、執行猶予10年の判決が出ているよ。…………ああー、そうそう! そのことでガーレリアに話があったんだ!」


 レファスが急に大きな声を出して、手のひらの上をポンッと拳で叩いた。


 ギラファスに執行猶予がついたと聞いてホッとしたけど、その後に付け加えられた “何だかわざとらしい” レファスの言葉。

 その仕草も、上擦った声も、まるで取って付けたようで……


 なんだろう、凄くイヤな予感がするんだけど……


 そんなボクの心情とは裏腹に、レファスは急にその笑みを深めると……


「来週から、ガーレリアのお披露目のための式典が開かれるからね! 天界中を半年かけて回ることになるから、そのつもりでいるんだよ?」


 ……と、唐突に語った。


「なあっ……!? (な、何でぇ——!?)」


 あまりにも驚きすぎて、ボクは声にならない声を上げた。


 ギラファスのことを聞いただけなのに、どういうわけか『ボクのお披露目』に話が移行している。


 (お披露目の式典を催すってことは下界で聞いてたけど、て、天界中を!? それも、はっ、半年もかけて!?)


 ボクが口をぱくつかせながら目を白黒させていると、レファスがその理由としてギラファスの裁判が関係していることを語った。


 その話によると、どうやらギラファスが裁判で『ボク』の存在を『奇跡の象徴』であるかのように語ってしまったらしいのだ。


 人々の注目を集める中、証言台の前で事件のあらましを語り終えたギラファスが、『ボク』の存在と、自身が『王者の洗礼』で『ボクの信者』になったことを声高に宣言したんだって。


 自身が『王者の洗礼』を受けた時のくだりを、「力強く差し出された救いの手が——」とか、「聖なる許しの光を惜しみなく注ぎ——」なんて、捏造ねつぞう……じゃなくて、かなり盛り気味な表現を使って、『ボク』が『慈悲深く神秘的な存在』であるかのように華々しく物語っていたらしい。


 そのせいで、天界中の人々の関心が『ギラファス』から『ボク』の方へと向いてしまったそう。


 そして、ギラファスによって作り上げられた『虚像きょぞうのボク』は、下界風に表現すると『アイドル』のような存在として、今や ちまたで大人気となっているらしい……


 ……って、いやいや! ちょっと待って!? ナニソレ!?


「いやぁ、そうしたら今朝、ガーレリアが目覚めた!って聞いてね。それで嬉しくなって……つい『天界中を隈無くまなく巡って式典を催す!』って発表しちゃったんだ!」


 レファスは、まるで『通販サイトを見てたら、つい注文しちゃった♪』っていうような軽いノリで、とんでもないことをサラリと言った。


 いや『発表しちゃった!』って……テヘッ!って感じに言われても……


 でも元々、式典はもよおすって言っていたし、これでギラファスに対する悪感情が大幅に減少するのなら……良い……のかな?

 っていうか、レファスが何よりも嬉しそうだ。

 ……うん、まあいいか……


 ボクは、幸せそうに式典について語るレファスを見て、これ以上は深く考えないことにした。



 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 それから半年の間、アーティストの全国ツアーさながらに執り行われた『お披露目の式典』。

 その『お披露目』の名の下に、ボクは天界各地でさらし者になった。


 バルコニーから民衆に向かって優雅に手を振る、なんて柄にもないことをやらされて……本当に大変だった……


 しかも、ただでさえ大変な式典の最中に、レファスが『王家の再興』を宣言してしまったから、更に国民が盛り上がってしまって……


 あっ! もちろん政治体制は今まで通りだから、大きく社会情勢が変わったりはしないらしいんだけどね!


 まあ、とにかく、レファスは王家を再興してしまった。


 何を思って王家を再興したのかは分からないけど『王家の再興』を宣言する前に、頻繁にギラファスと話し合っていたみたいだから、そのことが影響しているんじゃないかな?とは思っている。


 でも、そういうわけで、ボクは『天界政府の新人天使』から『天界の王女』へと一瞬にしてジョブチェンジしてしまい……ますます多忙な日々を送ることになってしまった。


 という訳で、この半年間、息つく暇もないほどに忙しかった。


 ……だからあの日以来、ボクはずっと下界に行けないままで、ついに今日という日を迎えてしまったんだ……



 ◇◆◇◆◇



「本っ当に、すぐ帰ってくるから! ほら! 神気を抑えるアイテムもこの通りバッチリ付けているから大丈夫だよ?」


 ボクは、降臨ゲートを守護する門衛の職員に向かって、見せつけるように両手につけたブレスレットを突き出した。


「そ……そう言われましても……」


 シャラリと揺れるブレスレットをチラリと見ながら、門衛の職員はしどろもどろと言葉を返してきた。


 その門衛の返事には、最初の頃のような『ダメです』といったニュアンスが感じられなくなっている。よし、もう一押しだ!


「お願いっ!……って、あ! そうだ! ちょっと後ろを向いててくれるだけで良いんだ! それならパパの言いつけに背いたことにはならないよ? あくまでもボクは門衛の目を盗んで勝手に降臨したってことに——」


 あと一歩で説き伏せられる!っと、ボクが意気込んで門衛職員の説得に集中していたその時だった……


「ダメだよ? 降臨しようとしちゃ」

「ぴぎゃぁっ!」


 後ろから抱きつくように回された手と、すっかり耳に馴染んだその声に驚いて、ボクは思わず大声をあげてしまった。


 ダラダラと冷や汗を掻かいているボクとは対照的に、門衛の職員はホッとした顔を見せている。

 うん……後ろを見なくても、それが誰なのかはもう分かる……


 グギギッと振り向いた先にいたのは、やはり、ボクの想像した通りの人物だった……


「パ……パパ……いや、その……これは……」

「んん〜、ガーレリア? 下界は危ないからダメって言ったよね?」


 ニッコリと笑顔を浮かべ、柔らかな口調で言い聞かせるような声を出すレファス……但し、その笑顔には妙な迫力が宿っていた……

 こ、怖いっんだけどっ!?


「あわわわっ……あ……遊びに行くわけじゃ無くて、その……ちょっと約束があって……」

「約束?」


 ボクが『約束』と言った途端、レファスの笑顔がいぶかしげな表情に取って代わった。


 まあ、そうだよね……最後に降臨したのが半年も前なのに、その下界で『約束がある』なんて言っても信じられないよね。


 でもボクは、確かに約束したんだ……半年前、ヴァリターに迫られる形ではあるけど『ヴァリターのことを真剣に考えておく』って……


 ヴァリターは返事は急がないって言っていたけど、どうやらこの『求婚の儀スキル』には制限時間があるらしく、それを過ぎてしまうと『求婚の儀』が『自然消滅』というスキルに変化してしまうらしいのだ。


 そうなると、その人との縁はスッパリと切れてしまうらしく、仮に顔を合わせたとしても知人程度にしか認識されなくなってしまうらしい。


 ボクは期限日の前日に当たる昨夜になって、その事実をギラファスから初めて聞かされて……

 それで慌てて、朝イチで降臨ゲートへ押し掛けてきたって次第なんだ。


 でもレファスパパには『求婚の儀プロポーズの返事をしに行く』なんて、とても言えない……


「う、うん、それがその……今日中に直接会って返事しなくちゃいけないことがあって……だから……」

「ガーレリア、……もしかしてその約束とは『求婚の儀プロポーズ』の返事じゃないだろうね?」


 ビクゥッ!

「っ!?……」


 レファスの言葉に、ボクは比喩ではなく数㎝ほど体が飛び上がった。


 (どっ!?……どうして求婚の儀スキルのことを知ってるのっ!?……ってそれよりも、何でボクがプロポーズされてるって知ってるの!?)


 レファスの問いかけは、ボクが『求婚の儀プロポーズ』されていることを知っているかのようなものだった。

 だからつい反応してしまったけれど、考えたらレファスもボクと同じように、ギラファスから『新たに見つかったスキル』として『求婚の儀』の報告を受けたんだろう。


 だとすると、レファスからは今のボクの行動が、昨日、報告されたばかりの『新スキル』の内容とリンクして見えたはず……

 ということは、ボクはレファスに鎌を掛けられた……という可能性が非常に高い。


 なのにボクは『求婚の儀スキル名』をレファスに的確に指摘された時、大袈裟なほどに体を跳ね上げさせてしまった。

 その反応だけで『求婚の儀プロポーズの返事をしに行く』と肯定してしまったのも同然だ。


 (ぐぅっ、しまったぁ! こんなことなら『求婚の儀』を受けることになった経緯から、きちんと説明しておくんだった……)


 レファスの指摘で青くなった後、遅れてやってきた羞恥心で真っ赤になってしまったボクの顔を、ジッと見つめ続けていたレファスが、突然……


「………………ダメだ……」

「えっ……? うわっ!?」


 ……低い声で否定の言葉を口にしたかと思うと、ボクをその肩に担ぎ上げてお米様抱っこして、ズンズンと何処かへ向かって歩き出した。


 どんどんと遠ざかっていく降臨ゲート……ボクは慌てて静止の声を上げた。


「パ、パパ!? 待って、止まって、お願い下ろして!」

「ダメだっ!! 結婚なんて、ガーレリアにはまだ早いっ!!」

「ファッ!?」


 いつもの温厚な姿からは想像もできないほどの荒っぽさで、レファスが語気を強めて言ってきた。


 (ええっ!? パパは、ボクがヴァリターのプロポーズを受けるって思ってるの!? だからこんなに荒ぶってるの!?)


 どうやらレファスは、ボクが『結婚を受け入れるために降臨する』と思ってしまったみたいだ。


 なら、まずはその誤解を解かなければ……


 ボクにはその気がないってことをレファスに伝えるため、ボクは今回の降臨理由を早口に説明した。


「ち、違うよっ、ボクだって、けっ……結婚なんてするつもりはないよ! ただ、期限内に何かしらの返事をしないと『自然消滅』扱いになって、縁そのものが切れちゃうって聞いたから——」


 プロポーズに関しては断るにしても、ボクはヴァリターとの縁まで切ってしまいたくはないんだ。

 だから、その辺の気持ちをしっかり説明すればきっと分かってもらえるはず……


 そう思って訴えた言葉に対して、帰ってきたレファスの返事はとても信じられないようなものだった。


「なら、それまでの縁だったってことだ。諦めなさい」

「えっ…………諦め……る?」


 レファスから告げられた『諦めなさい』との言葉……

 ボクは一瞬、何を言われたのか分からなくなってしまった。


 (諦める?って、何を?……降臨を?……ううん、違う、そうじゃない。これは……)


 これは……ヴァリターとの縁を諦めなさいって意味で、つまり、ヴァリターとの関わりは、ここで切れてしまう……ということで……


「……い、嫌だ、嫌だ!やだやだ!離して!離してってばぁ——!」


 レファスの考えに気が付いたボクは、その拘束を振り解こうと身を捩るようにして暴れた。


 しかし、レファスはボクが暴れることを予想していたようで……あっさりと手足を押さえ込まれてしまい、あっという間に身動きが取れなくなってしまった。


 そうしてボクは、レファスの肩に担がれたまま、降臨ゲートフロアから呆気なく強制退場させられてしまった。

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