第51話 事件の真相②

 予想外のギラファスの告白に、黙り込んでしまったレファスと精鋭使徒部隊。


 静まり返った空気の中、突然……


「必ず身分と血統が釣り合う者をに迎えるべし。さもなくば、天界は破滅か、大いなる繁栄か、どちらかの道を選ぶことになるだろう」


 ……と、ギラファスが予言めいた言葉を朗々と口ずさみ始めた。


 さっきから、ちょくちょく耳にするこの言葉。

 どうやら、これが『王家の伝承』というものらしい。


 こう言っちゃ悪いけど、確かに安っぽい作り話にしか聞こえない。

 レファスが信じていないって言うのも納得できてしまう。


 でも、ギラファスの話ぶりでは、これは作り話ではないらしい……


 話の流れ的に、これから『王家の伝承』の解説が始まるんだろうけど、それよりボクとしては、


 “心身のバランスが悪い息子” っていうはヴァリターのこと? とか……

 息子と言いながらも何故ヴァリターは下界人なの? とか……


 すごく、ヴァリターのことが気になっている。


 えっ? いやその……体は大丈夫なのかなって……

 それに、もっと、ヴァリターのことを知りた……い、いや、何でもないんだ……ゴホン……


 とにかく! 今はそれを質問するタイミングではないってことで!


 下手に口を挟んで話の邪魔してはいけないと自分に言い聞かせて、ボクはギラファスの言葉に耳を傾けることにした。


「……『王家の伝承』に記されたこの いましめの言葉……」


 厳かな雰囲気を醸し出しながら、厨二病的なセリフを唱え終わったギラファスが、おもむろに話し始めた。


「我輩は、その戒めの言葉の中に、息子がこのように生まれついた謎が隠されていると考えた。紛らわしい言い回しを読み解き、科学的検証による裏付け作業を何度も行った。その結果……」


 ギラファスはここで一旦言葉を切ると、押し黙ったままのレファスの顔をジッと見つめながら……


「天界人が異種族との間に子を成した場合、生まれてくる子は天界人となるが、その魂はの種族特性を引き継ぐ……という事実を突き止めた」


 ……と、重大そうなことを発表した。


「……っ!!」


 レファスは、ギラファスの話に何かを感じ取ったのだろう。

 僕を抱き上げる腕に、グッと力が込められた。


「……それは、つまりどういう……」


 レファスは、絞り出す様な声で更なる説明を求めたが、その姿はなんだか動揺しているように見えた。


「つまり、異種族間の婚姻は母親がポイントとなる。下界人なら下界人の、霊界人なら霊界人の魂を宿した子が生まれる。……故に『王家の伝承』では、身分と血統が釣り合う者をに迎えなければならないとされていたのだ」

「……」


 ギラファスによって語られた『王家の伝承』に隠されていた新事実。


 それは、『異種族(母親)との間に生まれる子に現れる影響』という、結構、重めの内容だった。


 衝撃ショックを受けてしまったのか、レファスは再び黙り込んでしまったが、ギラファスは続けて、僕が気になっていたヴァリターのことを語り始めた。


「結局、『王家の伝承』からは、息子の治療法を見出すことはできず、我輩は独自に治療法を研究することとなった。対処療法として考えたのは、『息子の魂を鍛え上げる』ことで心身のバランスを取る方法だった」 

「えっ!?」


 大人しく耳を傾けていた僕だが、その言葉を聞いた瞬間、バッ! とギラファスの顔を凝視してしまった。


 (魂を鍛え上げる!? 下界人の魂を、天界人並みに!?)


 フィオナから、暴走者について説明を受けた時に教えてもらったのだが、下界人と天界人との間には、超えられないLv.の壁があるそうだ。


 一般常識として聞いた新生下界人の平均Lv.は20、最高でもLv.40……対する天界人は、最低でもLv.は55。

 その差が越えられない壁と言われるものなのだ。


 え? 僕? 僕は参考にならないよ。

 だって、初めてLv.を測定した時には、既にLv.57だったから。

 まあ、そのことは置いておいて……


 下界人が、このLv.差を埋めるのは容易なことでは無い。

 しかし、『ギラファスは鍛え上げる』と言っていた。


 ということは、何か、特別な方法があるのだろうか。

 しかも、は幼少期から取り組めるもののようだし……


 Lv.オタクとしては、絶対に聞き逃せない!


 一体、どんな裏ワザ的な方法!? と、ワクワクしながら聞いていると……


「写経、坐禅に始まり、断食に滝行、極寒の雪山登山、灼熱の砂漠を水分の補給なしで踏破させたりと、……我輩は息子の魂を鍛え上げるため、精神に良いとされる修行を息子に施した」


 ……う、裏ワザでも何でもなかった!!


 ギラファスは、オーソドックスで、しかも、メチャクチャ過酷なメニューをヴァリターに実行させていた。


 しかも、天界人の体に釣り合うほどの修行ということで……


 (後半に出てきた『修行』って、確か “地獄” の『Lv.リセットメニュー』じゃなかったっけ……)


 確かに、地獄のリセットメニューは、精神修行効果があるよ?

 ただ、下界人が生身でやると死んでしまうってだけで……って、ダメでしょ!?


 (そ、そうか、体は天界人だから、死ななかったってだけだ……うわぁ……)


 擬似体に宿った今だからこそ分かるけど、天界人だからといって、苦痛に鈍感という訳ではない。

 痛いものは痛いし、苦しいものは苦しい。


 逆に感覚が鋭いから、それ以上かも……


 ヴァリターがギラファスのことを、『父親だと思っていない』と言った意味が、具体的に分かった気がした。


「もちろん、根治のための研究も続けたが、『魂が丈夫にならなければ、どうにもならない』ということが分かっただけだった。以後、訓練に重点を置いた生活を送らせ、何とかやり過ごせてはいたのだ……だが」


 ここで、何かを思い出したのか、ギラファスはグッと言葉を詰まらせた。


 そして、気持ちを落ち着けるように大きく深呼吸すると静かに語り出した。


「息子が、成長期を迎えた頃だ。急速に大きくなり始めた体と比例するように、その身から溢れ出る神気量も大幅に上がってしまった。その結果、精神修行でやり過ごすことができなくなり、ついに……息子は暴走状態に陥ってしまった」


 (えっ!? ヴァリターはその時、暴走したの!?……そ、それで?)


 ヴァリター少年の冒険たんに、僕は手に汗を握り締め、ハラハラしながらギラファスの話に身を乗り出した。


「暴走した息子は、我輩の下から全力で逃げだした。そして、行方を眩ませてしまった」


 (ア、……ウン、ソウダロウネ……)


 残念ながら、そこに冒険は無かった……


 暴走を防ぐためとはいえ、抑圧されていたことを考えると、その反応は当然と言うか、何と言うか……


 とにかく、その反動が凄そうだ。


「おかげで、息子を探し出すのに手間取ってしまったが、数日後、下界の一画に潜伏しているところを見つけ出すことができた。しかし、時すでに遅く、息子は銀河の一つを消滅させてしまっていた後だった」


 ふわぁぁっ! やっぱり反動が凄かった! 銀河が消滅って……


 その時、ふと、ギラファスに転移させられた宇宙ステーションのことが思い浮かんだ。


 見渡す限り何も無い虚無空間に、ポツンと浮かぶ宇宙ステーション……


 はっ!?……ま、まさか、あの場所がなの!?


 抑圧から解放され、力任せに大暴れするヴァリター……

 高速で振り回される手足から生まれた衝撃波が、ビックバンさながら周囲に広がり、大小の岩石や惑星や恒星がチリも残さずに消え去っていく……


 ボクの想像だけど、きっと、こんな感じだったに違いない。


 ……いや、コレ、癇癪で暴れるってレベルじゃないよね!?


 あまりのスケールの大きさに言葉を失ってしまった。


「我輩は、下界で大暴れする息子を力尽くで取り押さえると、すぐさま魂を『霊魂分離スキル』で抜き取り、神気の上書きを行った後、霊界へと送って下界人として転生させた」


 流れるようにヴァリターを霊界送りにしたギラファスのその話から、ヴァリターが下界人になった経緯が明らかになった。


 そっか、だからヴァリターは下界人なんだ……ということは、ヴァリターもボクと同じで、転生を繰り返してたってことだよね?


 ボクとヴァリターの境遇が似てるような気がして、何だか嬉……って、いや! ヴァリターは大変な目にあったんだから、喜んじゃダメだよね……でも……


 不謹慎だと自身に言い聞かせるも、それでも、ニヤけてしまいそうな頬をムニムニと揉んで、ボクは自分の表情筋と戦った。


 今のボクは、ちょっと挙動不審な感じに見えるかもしれない。


 ギラファスは、一区切りついたと言うように小さくため息をつくと、話の内容を少し変えてきた。


「さて、我輩が暴走してしまった息子の捜索やら確保、荒らしてしまった下界の後始末にと、多忙を極めていた丁度そんな時だった。レファス様がアルガーラ様を連れてこられたのは……」


 その言葉に、レファスがピクリと体を揺らした。


 ボクの方も、『うわぁっ、間が悪い!』と、つい心の中で叫んでしまった。


「……あの頃か……どうりで……」


 レファスはポツリと呟くと、その時のことで何か心当たりがあったのか、バツが悪そうに目を伏せた。


「当時の我輩は、暴走してしまった息子の治療や下界の修復作業に追われ、婚姻に反対する理由を十分に説明することができなかった。そうするうちに、お二人は、我輩の反対を押し切って結婚してしまわれた……」

「ぐっ……」


 あまり表情の動かないあのギラファスが、ほんのちょっとだけ恨みがましい目をレファスに向けている。


 それを受けて、レファスが小さく呻き声を漏らした。


 当然のレファスは『王家の伝承』の『異種族(母親)との間に生まれる子に現れる影響』なんて知らないから、ギラファスに逆らったはずだ。


 その時のレファスの様子は、何となく想像がつく。


 ギラファスのていする苦言をサラリと聞き流し、ドンドンと結婚準備を推し進めていたのではないだろうか。

 ……もしかすると、その日のうちに結婚式まで上げていそうだ。


 だとすると、ギラファスとしては、さぞかし頭が痛かったことだろう。


 (でも、二人がその反対を押し切ったからこそ、ボクがいるって事なんだよね……)


 今でもまだ、自分がレファスの娘王女の魂だなんて信じられないけど、レファスとアルの二人がギラファスの反対を押し切ったからこそ、ボクは生まれてこられた……


 そう思うと、感謝の念でいっぱいになった。


 ギラファスの口撃で、ちょっと落ち込んでいるレファスに、ボクは慰めと感謝の念を込めて、ギュッとハグをしてみた。


 ハグなんて、ボクのガラじゃないんだけど、他に思いつかなかったんだよ。


「……えっと、その……あ、ありがとう……」

「っ!……ガーレリア……」


 苦しげな顔をしていたレファスが、すーっと穏やかな顔になった。


 その目元には、何か光るものが……ってあまり見つめちゃダメだよね。

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