『ガーレリア決断編』

第50話 事件の真相①

 攻撃体勢の解除こそしてくれたが、レファスのギラファスに対する心証は依然、最悪のままだ。


 そのせいで、ボクもさすがに『減刑して下さい』なんて言えなくなってしまった。

 でも話し合いの場はきちんと整えた訳だし、後はギラファス次第……


 さて、ギラファスはこの後、どうプレゼンセールスしていくつもりなんだろう……


「ギラファス、先の発言は僕に対する挑発……として受け止めればいいのか?」


 レファスが、ゾクッとするような冷たい声でギラファスに問いかけた。

 冷淡なその声は、思わず身構えてしまいそうなほどの威圧感を漂わせている。


 ギラファスはそれを受けてもなお、顔色一つ変える事なく、ただ静かにその場に佇みレファスをジッと見つめ返している。

 落ち着き払ったその態度が、この場の雰囲気をさらに殺伐としたものに変えていて……


 (ヒエェ……)


 ギラファスのプレゼンの邪魔をしないよう、静観することに決めたんだけど……

 初っ端からこの雰囲気なの!?


 その場に漂い始めた刺々しいその空気に、ボクは思わず体を硬直させてしまった。


 そんなボクの様子に気がついたレファスが……


「大丈夫だ、ガーレリア。パパが付いているからね」


 ……と言いながら、あやすような手付きでボクの背中を、ポンポン、と優しく叩いた。


 ……えっと……恥ずかしながらボクは現在、レファスによって子供のように『縦抱き』に抱きかかえられている。

 それはレファスがボクのことを『小脇抱き』から『縦抱き』に抱え直してしまったからなんだけど……


 小さな子供ならいざ知らず、下界人的には14〜15歳ほどに成長している今の姿で、まさかコレをやられるとは思わなかった。


 でも、ボクはちゃんと言ったんだよ? 恥ずかしいからやめて欲しいって……

 そうしたらレファスが、『こうして両手を塞いでおかないと、また何時、攻撃衝動に駆られるか分からないんだよ』なんて言うものだから……


 何だか騙されているような気がしたけれど、そんな言い方をされたら容認するしかないじゃないか。


 ……ってことで、ボクは今、殺伐とした空気の漂うこの場所には到底似つかわしくない、大変のんきな格好をさらしている。


 ギラファスは、そんなボクたち親子のやり取りを黙って見ていたが、やがて、おもむろに口を開いた。


「レファス様。先の発言に関して、我輩は決して差別的なつもりも、感情を逆撫でするつもりもなかったということを申し上げたい。……『あの時の行動』が我輩の “経験則” に基づいて考え出された『最善の対処法』だった……ということが言いたかっただけなのだ」

「……経験則?」


 レファスは始め不審そうな顔をしていたが、ギラファスの『経験則』と言う言葉に関心を示した。


 レファスがギラファスの話に関心を寄せたことで、辺りに漂っていた殺伐とした空気が少し薄れたような気がする。


 さすがは、訪問販売員ギラファスだ。相手の心を捉えるのが上手い。

 きっと、転移騒ぎでこの場が荒れていなければ、すぐ、こういう方向へ話を持って行くつもりだったんだろうな。


 でも、相手の感情を激しく揺さぶって、できた心の隙を突き、優位に交渉を進めるギラファスのこの話し方。

 ハマれば大きな成果が得られるんだろうけど、少しでもタイミングが狂うと、一瞬で窮地に立たされる諸刃もろはの剣と言える危険な話術じゃないだろうか。


 なんだか危なっかしいな……と、少し心配になってしまったが、そんなボクの考えは杞憂きゆうに終わる。


「色々と思うところはお有りかと思うが、これから話すことは、我輩が経験則に基づき、検証・研究を重ねた結果、導き出した答えゆえ、どうか最後まで話を聞いてもらいたい」


 先のような混乱を避けるためか、ギラファスは予め冒頭で断りを入れることにしたようだ。


 その辺の修正力はさすがというか……

 まあ、口下手なボクが心配するまでも無かったってことで……


 ギラファスは一呼吸おいてから、落ち着いた口調で語り始めた。


「まずは、我輩がレファス様の婚姻に反対した理由である『王家の伝承』の解説から……」


 そう言って咳払いを一つすると、グッと胸を張り背筋を正した。


 ん? ギラファスの雰囲気が変わった?

 何というか、訪問販売員から……そう、教授へと転身を遂げている?

 ……あ、何だか眠気が……


「古より伝わる王家の伝承、その中の一文に、『必ず身分と血統が釣り合う者をに迎えるべし』との記載がされていることはレファス様もご存知だろう。この伝承の “核” とも言える部分だが、我輩は以前より、ここに引っ掛かりを感じていた……」


 ここでギラファスは一旦言葉を切ると、レファスをジッと見つめながら問いかけた。


「さて、レファス様はこの一節を読んでどのようにお感じか? 何かおかしな点に気付かれないだろうか?」

「おかしいも何も。そもそも僕は、この『王家の伝承』自体を信じていないからね」

「……」


 ギラファスによって開講された、【よく分かる『王家の伝承』講座】は、レファスの素っ気ない返答により、一瞬のうちに終了してしまった……


 うわっ、あのギラファスが無言になっちゃった。

 『話術の達人ギラファス』の天敵が、まさかのレファスだったとは……


 きっとギラファスは、『えっ! この一節の、どの辺りがっ!?』とか『む!? 言われてみれば確かに……』なんて反応が欲しかったのに違いない。


 どうしよう、助け船を出した方が良いのかな?


「……長い……天界王朝の歴史を振り返れば、女王が即位することも珍しくはなかった……」


 ボクが悩んでいる間に、ギラファスは速やかに……とは言えないけど、どうにか講座を再開した。


「にも関わらず、『王家の伝承』には、『王配に求める資質』に言及する記載は一切載っていない。……これがどのような意味を持つのか、レファス様はお考えになったことはお有りだろうか?」

「お前がそういった物の言い方をする時は、そのことに関して、既に検証も終えているし、結果も出ているんだろう? 時間がかかりそうだから、途中経過は割愛してくれ」

「……」


 ギラファスの問いに対してレファスは 、勿体振もったいぶらずに早く結論を! と言わんばかりに、ヒラヒラと手を振って話を先へとうながした。


 うわぁっ、まただ……また、ギラファスが黙り込んじゃったよ。


 わざとなのか、無意識なのか……レファスは、ギラファスの会話術をことごとく潰している。

 どっちにしても、得意の『話術』が通じないギラファスは、これからどうするつもりなんだろう……


 心配になって様子を見ていたら、またしても、ギラファスの雰囲気がフッと変わった。


 珍しく言い淀んだかと思うと……


「……結論を説明する前に…… やはり……話しておかなければならないだろう……」


 ……と、伏し目がちになりながら独り言のように呟いた。


 何だか、その姿が少し物悲しそうに見えた。


 (っ!?……ど……どうしちゃったの?……なんだか、その……らしくないよ? いや、まあ、ボクはそこまで、ギラファスの人柄を知っているって訳じゃないけどさ……)


 ボクが小さく驚いていると、レファスもまた驚いた様子を見せていて……すっかり毒気を抜かれてしまっているようだった。


「レファス様は、我輩が霊界人であった王妃様を受け入れなかった理由を、『王家の伝承』を盲目的に支持していたからだとお思いだろうが……そうではない」


 視線を上げたギラファスは、『話術』で培ってきた今までの話し方をやめて、ギラファス自身の話し方で語り始めた。


「それどころか、当初、我輩は、この迷信じみた『王家の伝承』を全く信じてはいなかった。閉塞的な考えを持った過去の王族か、もしくは側近の誰かが考えた、ただのつまらない言い伝えだとすら思っていた」


 突然始まったこのギラファスの告白に、ボクはビックリしてしまった。

 それはレファスも同様だったみたいで、その目をまん丸に見開いている。


 だけど、ギラファスは、そんな僕たちに構うことなく、続けて新たな爆弾を投下する……


「しかし、そうではなかった。古くから伝わる伝承には、きちんとした理由があったのだ。そのことに気が付いたのは、我輩が……下界人の妻との間に生まれた息子を、初めてこの手に抱き上げた時だった」

「なっ!? ギラファス……お……お前、下界人と結婚していたのかっ!? それに、むっ、息子!?」


 レファスが驚愕のあまり、大声を上げた。


 荒野に広がったレファスの大声に呼応するかのように、クレーターの端……僕たちからは崖の上のように感じられるその場所で、ザワッとした空気の揺らきを感じた。


 見上げると、そこにはフィオナと精鋭使徒部隊の皆んなが蜂の巣をつついたように大騒ぎをしていて……


 (いぃっ!? 何時からそこにっ!?)


 突然のことに驚いたが、よく考えたらきっと封印が消滅したその時から……

 つまり、かなり前から見られていたんだろう。


 (ってことは、今のこの『縦抱っこ姿』はもちろん、さっきの『なりきり大作戦』も見られていたってことで……キヒャアァァ!!)


 ボクは涙目で赤面しながら、心の中で悲鳴を上げた。


 騒つく精鋭使徒部隊に『なりきり大作戦あの時』の言い訳をしたかったけれど取り繕うにはもう遅い。完全に時期を逃してしまっている。


 今の皆んなの 注目ポイントトレンドは、すでに『悪の宰相・ギラファス! 秘密裏に結婚!? お相手は下界人!! さらには隠し子まで!?』って感じになっていて……


 かつてないゴシップに色めき立っている皆んなには、きっと、もう、ボクの声は届かない……


 しかしギラファスは、そんなざわつきなど、全く耳に入っていないかのように、ブレることなく話を続けた。


「我が息子は、異種族の間に生まれてきたゆえの弊害か、『天界人の体』に『下界人の魂』という、心身のバランスの悪い状態で生まれてきた……」


 ギラファスのその話は、思ったよりも重い内容だった。


 ゴシップに浮かれて騒ついていた精鋭使徒部隊もさすがに空気を読んだのか、次々と口を閉ざし、辺りはシン……と静まり返った。


「そのままでは、いずれ、『自身の体から溢れる神気』に当てられてしまうことは必至の状態……そんな息子を目の当たりにして、我輩の脳裏に広がったのは『王家の伝承』のあの一節だった」

「……」


 ギラファスの言葉に、今度はレファスが黙り込む番だった。

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