第48話 天界の王女の行方②

「ガーレリアッ、ガーレリア、ガーレリアッ!」

「まままま、待って下さいぃぃぃ!」


 ボクは今、『ガーレリア』なる謎人物の名を連呼しているレファスに、ガッツリと拘束……もとい! ガッツリと抱き締められている。


 『絶対、離さない!』と、言わんばかりのその拘束……いや、抱きしめから抜け出そうと、さっきから必死にもがいているのだが、ボクが抵抗すればするほど、レファスは、ますますボクのことをギュ〜ッと抱きしめて、その拘束を強めてしまう。


 そんな具合で、ボクとしては、どうにもならないお手上げな状態が続いている。


 レファスが、こんな風になってしまった理由を、さっきからずっと考えているんだけど、本当に何が何だか……


 一方、ギラファスはといえば、ボクたちのその様子を、落ち着き払った態度で静かに眺めているだけで……

 すっかり傍観者のポジションをキープしている。ず、ずるい……


 ただ、その落ち着き切った様子から察するに、レファスがこうなってしまった理由をギラファスは知っているみたいだ。


 ということは、何も知らないのはボクだけってことで……まず、その辺の事情を教えてもらわないと!


 大きく深呼吸して気持ちを落ち着けると、ボクはレファスを刺激しないよう、静かに話しかけてみた。


「あのっ、レファス様……? これってどぅ、ブフゥッ!!」


 ボクの発言は、『ボクの頭を抱き込んで胸に押し付ける』といった、レファスの行動によって、呆気あっけなくさえぎられてしまった。


「ガーレリア、すまない……すまない……」


 ボクがレファスの胸元で、モガモガとくぐもった声を上げていると、感情をたかぶらせたレファスが謝罪の言葉を口にし始めた。


「今まで、見つけてあげられなくて悪かった。苦労をかけたね、全て僕の責任だ。……でも、もう大丈夫だよ。今まで、一人でよく頑張ったね。生きていてくれてありがとう。これからは、……これからは『』が全力でガーレリアを守るからね」

「モ、モガガッ!? (な、何ですと!?)」


 レファスが感極まった声で告げたその内容に、ボクはピタリと動きを止めた。


 ここまで言われると、さすがのボクにも察しがつく……

 レファスが、ボクのことを “娘” だと…… “王女の魂” だと思っているということに!


 たしかに 考えると、レファスの、この不可解な行動にも説明が付く。


 だけど、ボクはアルの分身体だ。(まあ、実感はないけど……) だからボクは『王女の魂』……つまり、レファスの娘じゃあない……はっ!!


 そこまで考えて、ボクは顔を青くした。


 そ、そうだ!……『娘が生きていた!』って、こんなに歓喜しているレファスに、『違います、人違いです。残念ですが王女様は……』なんて、とても言えないよ! どっ、どうしよう…… 


 ボクの頭を抱き込んでいたレファスが、優しい手つきでボクの頭を撫で始めてしまった。


 (ヒエェェ!)


 レファスの、我が子に対するこの愛情が絶望に変わる様を想像してしまい、思わず身震いしてしまった。


 (と、とにかく、今は無心だ無心、……天界に帰るまでは、とりあえず ”反応薄め“ でやり過ごして、後はフィオナさんに頼むって形に持っていけば……)


 何だか、面倒ごとをフィオナに丸投げするみたいで気が引けるが、今はそうするしかない。


 (フィオナさん、ゴメンなさい……)


 ボクは心の中で謝ってから、悟りを開こうとする修行僧のように半眼になると……


 (無心……無心……『無我の境地』発動!)


 ……と、『無我の境地』を発動させた。


 あ、ちなみに、この『無我の境地』は、経験値を稼ぐための補助スキルだ。


 主な効果は精神の集中で、滝行や坐禅などの修行、各種スキルと合わせて使用すると、その経験値が二倍になる!という優れものなのだ!


 レファスのなすがままに身を任せ、ひたすらに合掌ポーズでジッとしている半眼のボク……

 自分で言うのも何だけど、視覚的にはちょっと怖いかもしれない。


「その様子では、どうやら突拍子もない発想にいたっているみたいだな……」


 今まで観客と化していたギラファスが、呆れたように呟いた。

 横目に見ると、眉間に寄った皺を揉みほぐしながら深いため息を吐いている。


 いつものボクならムッとするところだけど、今のボクは『無我の境地』発動中……

 そう! 無心状態の今のボクはそんな小さなことで、心を乱したりはしないのだ!


「レファス様、もっと直接的な言葉でハッキリと告げてやらねば、ガーレリア様には伝わらないと思うのだが?」


 ギラファスが、ガーレリアの名を口にしながらチラリとボクの方を見た。


「そうかもしれないな……」


 レファスが自身の腕の中……半眼で合掌するボクのことを、ジッと見つめながら困ったように呟いた。


 『無我の境地』発動中のボクは、そんなことで心を乱したり……は……

 ……あ、あれ? 何だろう……凄く気になるんだけど……


「ガーレリア、君は『王者の洗礼』を発動させて、ギラファスを信者にしたんだよね?」


 スキル無我の境地で無心になっているはずなのに、レファスにそう問いかけられて、何故だかピクッと体が反応してしまった。


 アレ?……おかしいな?


 戸惑いながらも、無言でうなずいて返事を返した。


 レファスはボクの両肩を掴むと、ボクの顔をまっすぐに覗き込みながら、真剣な顔で言い聞かせるように話し出した。


「まず、初めに言っておかなければいけないことがある。気が付いているかもしれないが、実は僕は元・王様でね……『王者の洗礼』については誰よりも詳しいんだよ。いいかい? あのスキルは、誰にでも使えるものじゃない。『王者の洗礼』のスキル名からも分かるように、王家の……それこそ直系にしか発現しないスキルなんだ。これがどういう意味か分かるかい?」


 レファスは、王家と『王者の洗礼』の関係性について、自身が王族であったことと絡めて一息に告げた。


 レファスの言葉が頭に染み込むのに、少し時間がかかってしまった。


 ジワジワとその意味を理解していくにつれて、発動中の『無我の境地』が徐々に解除されていく……


 そして、全ての事情を理解したボクのこめかみから、タイミングよく一筋の汗が頬を伝って流れ落ちた。


「つまり……君は、僕の娘なんだ。君こそが、僕がずっとさがしていた王女の魂なんだ。分かってくれたかい?」

「…………えっと、……その、ボクは、……」


 突然、そんなこと言われても…………


 スキル無我の境地は完全に解除されて、落ち着きを保てなくなってしまったボクは、レファスと視線を合わせることもできずオロオロしっぱなしだ。


 アル王妃のこともあるし……何かの間違い……なのでは?


 そう否定したいが、ボクが王女の魂であるという根拠を、こうもハッキリと示されては、これ以上、反論の言葉が出てこない。


「さあ、ガーレリア、パパと一緒に天界に帰ろう! 帰ったら、直ぐに体に戻る準備にかかるからね?」


 そう言うと、レファスは自身が破壊した結界の大穴へと、いざなうようにボクの背中を押した。


 その大穴を見てハッとした。


 そうだっ、このまま天界へ帰ったら、ギラファスの減刑について話すタイミングが無くなってしまうかもしれない。

 そのまま、なし崩し的にギラファスは投獄……なんてこともあり得る話で……


 アルの治療のためにはギラファスの力が必要で、なのに、そのギラファスが投獄されるようなことになっては……


 できれば今、ここでギラファスの減刑について話をつけておかないと。

 まだまだ気まずい思いでいっぱいだけど、……交渉のためだ。


 そう、自分に言い聞かせて、ボクはレファスに向き直った。


「あ……あの、レファスさ——」

「パ・パ・だ」

「うぐっ!?」


 ボクの言葉に被せるように、レファスが『パパ』呼びを要求してきた。

 減刑交渉の前に、いきなり高難易度のミッションを課されてしまったっ。


「さあ、ガーレリア。呼んでみてくれないかい?」

「いや、それよ……り……」


 ギラファスの減刑について……と言いかけたのだが、レファスの期待に満ちた眼差しを受けて、思わず口籠もってしまった。


 そ、そんなに瞳を輝かせながら見つめないでほしい……


「ほ、他の呼び方じゃダメですか? 例えば『父さん』とか『父上』とか……」


 さすがに『パパ』呼びはハードルが高い。

 なので妥協案として、ボクが下界の父親たちに言ってきた呼び方を提案してみた。


「ん〜、やっぱり『パパ』だね。……子供にはそう呼ばそうって、二人で決めてたしね……」


 レファスは少し考える素振りを見せた後、哀愁を漂わせた顔でそう言った。


 二人でってことは……きっとアルと二人、生まれてくる子について、あれこれと語り合ったりしたんだろうな。


 木漏れ日の中、幸せの絶頂にいる二人…… アルのお腹を撫でながら、生まれてくる子供の将来について語り合うレファス。


 そんな風景を想像してしまったら、このレファスの願いを無碍むげにすることなんかできない……呼んであげるしかないじゃないか……


「……ぱ、……ぱ、……パパッ、あぁぁっ、顔から火がぁ!」

「ふふっ、何だい? ガーレリア?」


 顔面を抑えて身悶えしているボクを、レファスは顔を綻ばせて嬉しそうに見つめている。


 意を決して呼んではみたけれど……何!? この羞恥プ○イ!?


 これでもボクは、何度も天寿をまっとうした記憶を持つ立派な大人なんだよっ。

 下界人的には仙人って呼ばれるほどのレベルなのに、この歳でパパ呼びをすることになるとは思わなかった……

 でも……レファスが幸せそうだから、まぁ、いいか。


 ふぅと息をついて気を取り直すと、ボクは減刑交渉すべく話を切り出した。


「その……ギラファスのことなんですけど……」


 途端にレファスは……


「ん? あぁ、……僕たち親子の幸せを奪った張本人のことかい?」


 ……と、棘のある言い方をしながら、冷ややかな視線でギラファスを一瞥した。


 (ヒイィィ……)


 さっきまで上機嫌だっただけに、この気持ちの落差に冷や汗が吹き出した。


「そそそ……そうかもしれないですけど、ボクと契約して、既に降伏していることですし、どうか減刑して頂けないでしょうか……」

「減刑……かい?」


 レファスは、少し意外そうに尋ねてきた。


「はい、ギラファスには、……えっと……これからボクの部下として、個人的に手伝ってもらいたいこともあって……その……」

「つまりそれは、ギラファスを捕まえないでほしいってことかい?」


 こちらからは言い出しにくかった『捕まえないでほしい』ということを、レファスの方から言ってくれた。

 よかった! 話が早くて助かる!


「は、はい!! できれば、そうしていただきたいです! 今、投獄されちゃうと困るっていうか……こ、これからは、ボクがきちんと監督します。それに、本人もきっと反省しているはず——」


 このままいけば投獄は免れるかもしれない!


 そんな雰囲気で、順調に交渉を進めていたその時……


「我輩は、あの時の自分の選択が間違っていたとは思っていない……」


 突然、ギラファスが僕の話を遮って、反省の色が感じられないような発言をした。


 その発言に、ボクが呆気に取られている間、ギラファスは更にレファスの神経を逆撫でするような発言を続けた。


「結果的に、ガーレリア様は繁栄をもたらす存在であったから良かったものの、天界を破滅にいざなう存在になる可能性もあった。その治療法が確率しない限り、たとえ過去に戻ったとしても、我輩はきっと同じことを繰り返すだろう」

「ギ、ギラファスゥゥ!? なっ、何言ってんだよおぉぉ!!」


 もしかして、ボクが『本人もきっと反省している』って言ったから、それに異議を唱えるために、こんなことを言い出したんじゃ……


  もちろん、ポリシーがあるのは立派だと思うよ!? だとしても……

 それ! 今、言わなくても良くないぃぃ!?


「き、貴様……」


 案の定、ギラファスのこの発言で、レファスとギラファスの間には一触即発な空気が漂い始めてしまった。


「あわわゎ、レファスさ……ぱ、パパ! ギラファスが言いたかったのは、治療法さえ確立していればって話でっ……そのっ、これからの研究していくってことで……」


 二人の間を取り持とうと、苦しい言い訳を搾り出していたその時……突然、何の前触れもなく、目を刺すような眩い光が、カッ!と辺り一面を包み込んだ。


「ウッ!!?……えっ!?……ああっ!!」


 それは突然の出来事で……でも、予定通りの出来事で……ちょっと忘れかけていたことで……


 その光の正体——


 それは、……古びた洋館の放った『転移』の輝きだった。


 ギラファスの不在により、転移設定時間の延長が繰り返されていた館は、遂にその限界に達し、家主ギラファスを残したまま、この場から消え去っていったのだった。

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