第47話 天界の王女の行方①

 (お、おかしい……なぜこんな状態に……)


 レファスの放った『雷オヤジ』だが、コレは本来、父親が子に対してのみ効果を発揮する能力スキルだ。


 なぜ、ボクがその攻撃を感受してしまったのかは大いなる謎だが、受けてしまったものは仕方ない。

 こうなってしまっては、只々、恐怖心が収まるのを待つしかないんだ……


 ということで、ボクはプルプルと震えながらも、少しでも早く心を落ち着かせようと深呼吸を繰り返していた。


 そんなボクの側へ、レファスがオロオロと狼狽えながら近づいてきた。


「……いや、すまない……怒鳴って悪かったね……」


 謝罪の言葉を口にしたレファスが、腫れ物に触るかのような優しい手つきでボクの頭を撫で始めた。


 つい体を硬くして身構えてしまったが、何度も頭を撫でられているうちに、不思議と張り詰めていた気が緩んできた。


 で、体から緊張感が抜けると、今度は目頭に熱いものが込み上げてきて……


 慌ててうつむいて顔を隠したけれど、足元に次々と落ちる涙で号泣していることはバレバレだろう。


 (恥ずかしすぎるっ、止まれ、止まれ!)


 コレは『雷オヤジ』の副作用の一つなのだが、まさか、この歳で泣きじゃくることになるとは思わなかった……


 拭っても拭っても、なかなか止まらない涙に悪戦苦闘していたら、頭上から困ったようなレファスの声が降ってきた。


「ギラファスは、僕にとって妻と娘の仇なんだ……そんな奴の言うことなんか信じて欲しくなかったんだよ。……分かってくれるかい?」


 レファスが寂しそうに、ギラファスに対する苦しい胸の内を語った。


 もちろん、理解できない訳じゃない。

 理解はできる……だが、


 ボクの中で『部下(?)ギラファスに庇護を与えなければ!』という気持ちが強く迫ってきて、とても引き下がることができそうもない。


 そんな心境の変化に驚きつつも、これが『王者の洗礼』の効果なんだ、と納得した。


「ゔっ、……ゔっ、……でもっ……でもぉ……本当にぃぃ」

 (うぁっ、駄々をこねる子供っぽい口調に……)


 何とか、ギラファスが降伏していることを伝えようと、声を振り絞ってみたが、嗚咽混じりの声になって上手く喋れない。


 ちなみに、この症状も『雷オヤジ』の副作用だ。


 それでも何とか話を続けようと、しゃくり上げながら口をパクパクさせていたら、レファスが降参とばかりにため息をついた。


「はぁ、……分かった、分かったから。ギラファスと一度、話をしてみる。だから、もう泣かないで? いいね?」

「…………グスッ、……」


 困ったような笑顔を見せながら、レファスがボクの頭をポンポンっとした。


 泣き落としで、無理を通した形になってしまった……

 けど、よかった。これでやっと話が進められる。


 レファスは、ゆっくりとギラファスへ近づくと、”パチン!“と軽く指を鳴らして神気を消した。


 場の空気が一気に軽くなり、ボクの中に残っていた『雷オヤジ』の効果がサッと無くなった。

 これには心底ホッとしたよ。


 重圧から解放されたギラファスが、肩で息をしながらヨロヨロと立ち上がった。


 レファスは、その様子を冷めた目つきで眺めていたが、ギラファスの呼吸が整うと、早速、尋問に取り掛かった。


「ギラファス、お前はガーラが言うように降伏しているのか?」

「……そうとも言えるし、……少し違うとも言える」


 せっかく話し合いの場を設けることができたのに、ギラファスがまた、紛らわしい物言いを始めてしまった。


「ギ、ギラファス!? そんな誤解されるような言い方——」

「我輩が!」


 ギラファスが、言葉を強くしてボクの発言を遮った。


 これは……『ギラファスが主導権を持って話を進める』って意味で受け取って良いのかな?

 だったら、このまま沈黙していようかな……


 だってギラファスは、ボクより弁が立つ。

 きっと巧みな話術でもって話をまとめてくれるはずだ!


 そう結論を出し、この件をギラファスに丸投げすることに決めたボクは、事の成り行きを見守ることにして、素早く存在感を消した。


「我輩がこの身を捧げ、支えることを誓ったのはだけだ。だから、完全降伏とは言い切れない」


 ギラファスがボクを顎で指し示しながら、騎士の誓いめいたセリフを口にした。


 『 王者の洗礼スキル』の特性上、そんな心理状態になってしまうのは分かる気がする。


 だけど、セリフと態度のギャップが『この契約(王者の洗礼)は本人の意に反している』ということを表している様で……何だか……申し訳ない。


「それは、ガーラにしか……と言う意味か? 」


 レファスが、ピリピリとした空気を漂わせながら問いかけた。


 ……あっ!

 さっきのギラファスの返答は、裏を返せば『天界政府には従わない』とも取れる。


 (ヒ、ヒェェ、……)


 一触即発な状況だが、ギラファスは不思議と落ち着いていた。その様子から察するに、きっと何か思惑があるんだろう。


 これも計算の内で、ボクには思いつかない様な秘策があるに違いない……うん。


おおむね、その考えで間違いない。我輩はこの先、『』をかけて、『』の『』として仕え続けることになったのだ。そうであろう? 我が主よ」


 ギラファスが、妙に一部を強調した物言いをしながら、わざわざ『我が主』なんて言い方をしてボクに話を振ってきた。


 (ヒ、ヒエェェェ!?)


 急に話の矛先を向けられて、ボクは心の中で悲鳴を上げた。


 (それって『親分!!後はお願いします!』的な!?)


 どうやって話をつけたらいいのか分からず、口を引き攣らせていたら……


「……!? ちょっと待て!!」


 ……レファスが、焦ったように待ったをかけた。


 ボクの方へ振り返ったレファスが、何故かひどく緊張した面持ちでジッとこちらを見詰めてくる。


 只事ではない雰囲気に、ボクも思わず固唾を呑んでレファスを見詰め返してしまった。


「がっ、ガーラ……君は確か……ギラファスと契約を交わした、と言っていたね?」

「はっ、はい! そうです。ギラファスがボクの……って、はっ!」


 レファスの質問に答えていたが、突然……


 (はっ! もしかして、スキル王者の洗礼で信者にするこの方法って、人道的に禁じらたモノだったりして!?)


 ……という考えが脳裏に閃いた。


「あっ、……いや、その、えっと……部下? そ、そう、部下みたいな感じで契約しちゃって!……いえ……そのっ、ふ、不可抗力と言いますか、無意識のうちと言いますか……」


 あやふやな言い方で説明してみたけど、我ながら悪あがきをしている自覚はある。


 (もし、これが犯罪行為とかだったら……ど、どうしよう……)


 青い顔をしながら判決が降るのを待っていたが、レファスは「そうか……」と短く返事を返しただけで、再びギラファスへと向き直ってしまった。


 (これはつまり……お咎めは無しって事でいいのかな?)


 ホッと胸を撫で下ろしたボクとは対照的に、レファスは相変わらず緊張状態を維持しているように見えた。


 レファスは大きく深呼吸をすると、スッと天を仰ぎ、その晴れ渡った青空を眺め始めた。


 やがて、覚悟を決めたかの様にギラファスに顔を向けると……


「ギラファス、一応聞くが……僕の娘の魂はどうなった?」


 ……と、繊細で、デリケートで、非常に答えづらい質問をした。


 (いぃい!? 今、それを聞いちゃいますかぁぁっ!?)


 ボクは、表面上は神妙な面持ちをキープしていたが、内心では大慌てだ。


 さすがに『現在は行方不明になっていて、おそらく消滅してしまった可能性が高いです』なんて、とても言えない!!


 確かに、その問題から目を逸らせないことは分かっている。

 どんなに辛くても、何時かは知らせなくちゃいけないってことも分かっている。


 だけど……


 ボクはレファスの傍らまで歩み寄ると、服の裾を軽く引っ張ってレファスを呼んだ。


 ちょっと驚いたように目を丸くしたレファスと目を合った。


「あっ、あの……その、レファス様……その話は一度、天界に帰ってからにしませんか?」


 話の流れを変えるべく、窺うように上目遣いに話しかけると、レファスの指先がピクッと痙攣したように動いた。


「そ……う……だね…………」


 レファスは、何故かボクのことを食い入るように見詰めていて、ボクの問いかけが聞こえているのか、いないのか……

 心ここにあらず、といった感じに生返事を返してきた。


 しかし、……言質は取った!


 (よし、このまま天界に帰ろう! 後は、フィオナさんに間に入ってもらって、なるべくショックを与えないように伝えてもらえば……)


 そう思っていたのに……


「レファス様、王女様の魂ですがーー」


 突然、ギラファスが王女の話を蒸し返した。

 ヒィッ!? せっかく話を逸らせたのに!?


「ギラファスッ!? その話は天界に帰って——」

「良い、続けてくれ……」


 レファスがサッと手を上げて、ボクの言葉を遮りながら、ギラファスに続きを促すように視線で合図を送った。


 そこまで意思表示されては、さすがに、これ以上口を挟む事ができない……


 一体、ギラファスは何を言い出すのかと、ハラハラしながら二人の会話に耳を傾けた。


「レファス様、おそらく貴方は、薄々勘づいておられるはずだ」

「っ……!!」


 ギラファスのその言葉を聞いて、レファスは息を呑んでビクッと体を揺らした。


 (か、勘づいてるだってぇ!?)


 それは、レファスが『王女の魂が消滅してしまった可能性が高い』ことを察している……ってこと!?


 レファスはくぐもった声で……


「それじゃ、やはり……」


 ……と呟くと、小刻みに震え出した。


 (うぁっ、……とても見ていられないよっ)


 無慈悲な宣告に打ち震え始めたレファス。その姿がとても痛々しくて、ボクは堪らず目を逸らしてしまった。


「ちなみに、当人は察しが悪く、その事実を未だに認識していない。今も的外れなことを考えているはずだ。レファス様もご存知だろうが、隷属の反射攻撃を受けかねないから、我輩の口からは出生について、本人に伝えられていない。よって、レファス様から、そのことを伝えていただけると我輩としても助かる」


 ギラファスが、突然よく分からないことを言い出した。


 急に話が見えなくなって、今までの世界観が根底から覆された様な錯覚を覚えた。


 (んん? 当人? あ、あれ?)


 隷属の反射攻撃なんて物騒な単語も聞こえたし、何が何だか分からない。

 ボクの頭の中は疑問符だらけだ。


 ググッと首を傾けて考え込んでいたら、ボクの傾いた視界はレファスの姿でサッと遮られた。


 (ん?)


 疑問を抱く間も無く、次の瞬間、ボクはレファスに飛びつくような勢いで抱きすくめられていた。


「ガッ……ガーレリアァァ!!」

「ヒイィ!! だ、誰ですかぁぁ!?」


 レファスが『ガーレリア』なる謎の人物の名を呼びながら、ボクのことをギュウギュウと強く抱きしめてきた。


 途端に、天界政府の研究室ラボで、擬似体に入った時の出来事が脳裏に甦った。


 これは…… デ、デジャブッ!?


 ボクはしばらくの間、レファスの腕の中で強烈な既視感に苛まれながら、ジタバタともがき続けることになった。

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