第46話 レファスの誤解が止まりません②

 この状況の打開策を知っていそうなアルは、どうやらだんまりを決め込むことにしたようだ。


 ボクも、これ以上、聞いちゃいけないような気がしていたから、それはそれで良かったんだけど……


 でも、そうなると正直、手詰まり感が否めない。


 話し合いで平和的に解決できると思っていたこの件は、肝心のレファスに『僕の言葉が伝わらない』……というか、『聞く耳を持ってもらえない』という、まさかの事態に陥っている。


 ボクの口下手が原因かと思ったけれど、どうも違うみたいだし……

 ちょっと見積もりが甘かったのかも。


 いずれにしても、この事態をどうにかしないといけない。

 どうやって収拾すれば良いのかと、思わず頭を抱えてしまった。


「ガッロルを盾にして、この場から逃れようとしていたんだろうけど、そうはさせない。僕が来たからには、このまま逃げられるとは思わない方がいい」


 ボクたちの様子をジッと見つめていたレファスが、ギラファスに鋭い視線を向けながらそう言うと、グッと腰を落として本格的な攻撃の体制を取った。


 一気に緊張感が高まり、ピンと空気が張り詰める。


「あわわっ! レファス様、待って! やめて下さい! ギラファスは逃げたりしませんから!」


 ボクはギラファスを背中に庇う形で、急いでレファスの前に立ち塞がった。

 でも……


 (……ん?)


 レファスとギラファス、この二人が対峙するこの状況……

 何かこう、心に引っかかるものがあるんだよね……何だろう……


「あっ!……あ?……あれ?」


 その違和感の正体に気付いて、思わず声を漏らしてしまった。


「……どうした?」


 ギラファスが、レファスから目を逸らすことなく問いかけてきた。


 どう説明すればいいのかと、ちょっと逡巡しゅんじゅんしてから、今、気が付いたばかりの疑問を、ボクはギラファスに話した。


「えっと、その……今更なんだけど、レファス様はどうして下界にいるのかなって思って……」


 もちろん、レファスがボクを助けに来てくれたってことは分かる。


 しかし、よく考えたら、レファスがここ下界にいること自体が変なのだ。


「それは……どういうことだ?」


 ギラファスには、ボクが疑問に思う理由が分からなかったみたいで、説明を求めるようにチラッと目配せを送ってきた。


「何て言ったらいいのかな……今のこの状況って、ボクが下界に派遣されることになった理由と矛盾するっていうか……」

「矛盾?」

「うん。そもそも、天界人同士でぶつかり合うと、スキルの衝撃波が発生してしまうってことで、そうならないように、ボクが下界に派遣されることになったんだ。……なのに……」


 なのに……レファスは、今、下界ここでこうして、ギラファスと対峙している。


 こういう事態にならないよう、ボクが雇われたはずなのに……


 ボクが下界へ派遣されることになった経緯いきさつを聞いたギラファスは、ピクリと眉を動かした。


「なるほど、確かに矛盾する……」


 ギラファスはそう言って、レファスをジッと見つめていたが、やがて……


「レファス様は……気が付かれた……のか……?」


 ……と、意味深で、よく分からない独り言を呟いた。


「一体、何の話を……って、ぁああああっ!!」


 意味深発言の真相を聞こうとした時、ボクはそれどころではない、大変な可能性に気が付いて、大声を上げた。


 ギラファスが、大きくビクつきながら『ぬぉっ』と、驚きの声を漏らしているが、それに構っている余裕はない。


 (そうだっ! 衝撃波!! 何で気が付かなかったんだ!)


 レファスは、この館の周辺を取り囲む結界をして、今、ここにいる!

 ということは、その時、衝撃波が発生したんじゃないのか!?


 下界は!? ルアト王国は!? 騎士団の皆んなは!? 下界の家族シューハウザー家は!? 姫さまは!? それに……それに……ヴァリターは!?


 最悪の状況が脳裏を掠め、顔から血の気が引いた。


「レレ、レファス様!! 外はっ!? 下界は無事ですかっ!?」


 震え声になりながらも急いで問いかけると、レファスはゆっくりと視線をボクに移した。


 ギラファスに向けていた険しい目つきから一変、レファスはその表情をパッと和らげた。


「ん? あぁ、衝撃波のことかい? 確かフィオナが使徒たちに命じて、二重結界を展開していたような気がするね。まあ、大丈夫だったんじゃないかな?」


 レファスはにこやかに、そして、呑気な感じで告げた。まるで、下界のことなど眼中に無いかのような気軽さで……


 その説明からは今ひとつ、下界の様子が分からない。


「き、気がするって……レファス様……」


 普段のレファスなら、こんな無謀なことはしないはずだ。

 一体、何がこれほどまでに、レファスを駆り立てているのか……


 笑顔を浮かべるレファスのその瞳の奥に、何かに取り憑かれたような怪しい光が見えた気がして……ボクは思わず後退ってしまった。


 しかし、ボクのその行動が、レファスの何かに火をつけてしまった。


 レファスは途端に、その瞳をスッと細めると、迫るような低い声を出した。


「ガッロル?……いや、ガーラ? なぜ、僕から離れて行こうとするんだい? 僕は君を助けるために下界まで来たんだよ?」

「あ、いやその……それは、とっても有難いし、感謝もしているんですけど……」

「では、なぜ、君はギラファスの後ろに隠れているんだい?」

「……えっ?」


 レファスに指摘されて気がついた。

 ボクはいつの間にか、首だけを覗かせた姿勢でギラファスの後ろに隠れていた。

 おまけに、縋り付くようにギュッとギラファスの服を掴んでしまっている……


 あぁっ! ボクの悪い癖がっ!

 ボクはこんな時怖い時、誰かの背中に隠れてしまう癖があるんだ。


 それに、この構図を客観的に見ると、レファス悪役からボクヒロイン?を守るギラファスヒーロー……みたいになってしまっている。


 何も事情を知らない人がこの現場を見たら、皆んな、レファスの方を悪役だと思ってしまうんじゃないだろうか……


「あわわ、ち、違うんです! 決してレファス様が嫌だとか、怖かったとか……まぁ、ちょっとだけ怖かった……い、いえ、とにかく! そんなんじゃないんですっ!」


 慌ててギラファスの後ろから飛び出すと、敵意がないことを示すため両手を上げて降参のポーズを取った。


 あ、何だか益々ますますレファスが悪役っぽい感じに……


 そんなボクの振る舞いに、怒ったとは思わないが、レファスが突然、凄まじい神気を放出させ始めた。


「ぐぅっ!」

「っ!? ギラファス!?」


 途端に、背後のギラファスが、苦しそうな呻き声を上げた。

 振り返ると、そこには、純粋な神気の圧によって、その場に押さえ込まれているギラファスの姿があった。


 確かに、こういうやり方なら衝撃波は出ない。でも……


 漂うオーラ神気の濃さが大気を揺るがし、その振動がボクの肌にまでビリビリと伝わってくる。


「さあ、今のうちにこっちにおいで?」


 レファスは、涼しい顔で手招きしてボクのことを呼んだ。


「な、何やってるんですか!? レファス様! こんなことしなくても大丈夫ですから!」


 動揺を悟られないよう、平常心を装って抗議したボクだけど、心の中はパニック寸前だ。


 まさかレファスが、無抵抗のギラファスに、先制攻撃を仕掛けてくるなんて思ってもみなかった。


 (うあぁぁ! ア、アル! アル!! 緊急事態だ! レファス様の様子が変なんだ!)


 レファスのことに詳しいアルに助けを求めたのだが……


 (……すぅ〜、……すぅ〜、……)


 エッ!? ね、寝てる!? こんな時に!?


 やたらと静かだと思っていたら、アルは気持ちよさそうに寝ってしまっていた。

 困ったことに、眠りについたばかりのアルは、ちょっとやそっとじゃ起きない。


 そりゃ、色々あったから疲れちゃったんだろうけど……それでも、よりにもよってこんな時に!?


 ゔゔぅ……言いたいことは色々あるけど、不満をこぼしていても仕方がない……

 ここは、何とか自力で乗り越えないと。


 覚悟を決めると、凄まじい神気でギラファスを押さえ込んでいるレファスに向かい、再度、説得を試みることにした。


「ギラファスを攻撃するのはやめて下さい! ギラファスはもう、降伏しているんですってば!」


 上手く伝えることができなかった『降伏している』という部分に合わせて、両手をブンブンと振り回しながら訴えてみた。


 あまりに力説したせいで、握りしめた拳から神気が黄金の煌めきとなって溢れ出てしまったけれど、今はそんなこと気にしていられない。


 レファスは、ボクのそのちょっと子供っぽい行動に驚いたのか、一瞬だけ目を見開いて驚いたような表情を見せた。


「……そういえば、さっきもそんなことを言っていたね。でもね、君は純粋だから騙されているんだよ。ギラファスは降伏を装っているだけだ」


 そう言うと、レファスは地面に押さえ込まれたままのギラファスに、冷淡な目を向ける。


 相変わらず、“ギラファスの降伏” については信じてくれないが、今までと違ってボクの言葉に耳を傾けてくれている気がする。


 (よし! ここで諦めてはいけない!)


 その直感を信じて、負けじと言い募った。


「そんなことありません! ボクとギラファスの間で契約を交わしたんです。だから、騙されるとか……そんなんじゃないんです!」

「ギラファスは、自分の目的のためならどんなことでもする非情な奴なんだ……だから惑わされてはいけないよ」


 レファスは、ボクとギラファスの契約が、『王者の洗礼スキル』による永続的なものだとは思わなかったようで、やはり信じてはくれなかった。


 なら、そこのところ王者の洗礼を説明すれば……


 説得することにだけ集中していたボクは、この時、辛そうな表情をしていたレファスの様子にまで気が回らなかった。


 この直後、ボクは、その空気を読めなかった代償を受けてしまうことになる。


「いえ、そうではなくて本当に——」

「いい加減にするんだっ!! ガーラッ!!」

「ゔぎっっ!?」


 さらに言い募ろうとしたボクは、レファスに激しく叱りつけられてしまった。


 『温和なレファスに全力で叱りつけられる』というその体験は、その落差もあって、ボクの体の中を大きな衝撃となって突き抜けた。


 転生を重ねてきたボクには一切効かないと思っていたコレは……

 この衝撃の正体は……


 ……か、『かみなりオヤジ』!!


 その効果は……無条件に、とにかく怖い!

 当然、『完全防御パーフェクトバリア』の対象外だ。


 ボクは、そのあまりの恐怖に、生まれたての子鹿のようにブルブルと震えながら、唇を噛み締める、という醜態を晒してしまった……ゔゔっ……


 涙目になった視界に、レファスの慌てた顔がグニャリと歪んで見えた。

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