第45話 レファスの誤解が止まりません①

——『ギラファス!! その子から離れるんだ!!』——


 そんなレファスの怒声に振り向けば、鬼気迫る表情でギラファスを睨みつけているレファスがそこにいた。



「あっ……」


 アルが、思わず……と、言った感じに声を漏らした。

 そして……両手を胸の前でギュッと握り込むと、ジッとレファスのことを一心に見つめ始めた。


 あっ、そうか。

 王妃としての記憶を取り戻したアルにとっては、久しぶりのレファスとの再会になるんだっけ。


 何も語ることなく、ただ、ひたすらにレファスのことを見つめ続けるアルからは、悲しいような、……胸が締め付けられるような、……そんな、切ない感情が伝わってくる。


 そんなアルボクの様子に気が付いたのか、レファスがこちらに目を向けた。


 レファスは、たちまちその目元を和らげると、とても優しい声で……


「大丈夫だよ。今、助けるからね?」


 ……と言って微笑んだ。


 ズッキュウゥゥゥン!!

 (ッ、キャアァァッ!! レファス素敵っ! カッコいいぃ!!)


 アルが心の中で、大はしゃぎし始めた。

 その途端に、ボクの胸まで激しく高鳴り始めて……


 いっ……いやいやいやいや!! ちょっと待ってぇっ!? この感情はボクのものじゃないんだっ!!


 なのに、さっきから、こ、鼓動が……胸がドキドキと煩いんだけどっ!?


 う、うぐぅぅぅぅ……『一心同体』の弊害がこんな所にあったとはっ……!


 両手で顔を覆い隠しながら、体と感情のギャップに悶え苦しんでいるうちに、レファスはいつの間にか視線をギラファスに戻していた。


「さあ、無駄な抵抗はやめて、大人しくその子を解放しろ」


 レファスが、鋭い目つきをギラファスに向けながら、片腕を突き出して攻撃の姿勢を取った。


 さっきの突風でギラファスに突っ込んでいたボクは、今、ギラファスに後ろから支えられるような格好で立っている。


 見方によったら……ボクは、拘束されている様に見えるかもしれない……


 はぅわ! ダ、ダメだ! 唯でさえ、ギラファスは心象が悪いのにっ!


 もう降伏しているってことを、早く説明しないと!


「レファス様、ギラファスのことでお話があります! 実は……」

 (ガ、ガーラ! レファスには、私が王妃だってことは言わないで!!)


 突然、アルからストップがかかってしまい、言葉に詰まってしまった。


 ギラファスがボクの信者になったことと合わせ、アルが王妃だってことも説明しようと思っていたところだったのに……


 (な、何で? レファス様はアルの旦那さんでしょ? アルのことを知ったら絶対に喜んでくれるよ?)


 レファスは、記憶が戻る前のアルとだって、あんなに仲が良かったんだ。

 アルが王妃だって知ったら絶対喜ぶに違いない。

 早く教えてあげないと……


 ボクはそう思っていたけど、アルの考えは違っていた。


 (だから……よ。レファスには、ぬか喜びなんてさせたくないの。……私は既に消滅寸前の欠片で、残留思念のようなものだから……)

 (なな、なに言ってるんだよ!? そんな弱気でどうするの!? だから、ギラファスが治療してくれるって言っているんじゃないか!)


 まるで、もうすぐ消滅してしまうかのような……それを受け入れているかのような、そんなアルの発言に、ボクはすっかり慌ててしまった。


 (実はね、さっき下界の私下界の王女の声を聞いた瞬間、強く惹かれてしまったのよ。早く元に戻らなきゃって気持ちになって……何とか踏みとどまりはしたけどね……)

 (ッ!! そ、そんな…!)


 館の中で姫さまが泣き出した時、確かにアルの様子が少し変だったけど、まさか引っ張られていたなんて……


 もし、あの時、ボクが姫さまに近付いていたらと思うとゾッとした。


 (私は、こんなにも不安定な状態なのよ……だから、レファスには言わないでね? あの人に、二度も悲しい思いをさせたくないの……)


 アルの、レファスに対する想いが切なすぎて、ボクは少し涙ぐんでしまった。


 (…………アルぅ……)

 (フフッ、そんな悲しそうな顔しないの……)

「ギッ、ギラファス!! 貴様っ、その子に何をしたんだ!!」


 突然、レファスが怒声を張り上げた。


 ゔ?……ん?……はっ! あ、ああっ!!

 アルと (心の中で) 話し込んでいて、すっかり忘れていた!!


 ボクからレファスに話しかけたのに、ほったらかしにしちゃってたよ!


 レファス視点だと、ギラファスについて何かを話そうとしていたボクが、急に口ごもったかと思うと、哀愁を漂わせた表情で涙ぐんでしまったように見えたはず……


 ウギャー! 何だか、凄く誤解を招くような行動を取ってしまった!


「ああっ! ち、違うんです! ちょっと、か、考え事をしてしまっていて!」

「思い出すのも辛くなるようなことがあったんだね? 大丈夫、無理に言わなくてもいいんだ」


 レファスはそう言うと、痛ましいものを見るような視線をボクに投げかけてくる。


 ち……ちがぁぁう! そうじゃないんだぁぁ!


「誤解ですっ、何も無かっ……たわけではありませんが、レファス様が考えているような酷いことは何もありませんでした!」


 アルが王妃の記憶を取り戻したり、ギラファスがボクの信者になってしまったりと、大きな変化があった。


 だから、何も無かったとは言えなかったんだけど、そんなボクの言い回しから、何かを感じ取ったレファスが、探るように問いかけてきた。


「……それでも、何かはあったんだね?」


 いつもより、ワントーン低い声で尋ねてくるレファスの瞳が、一瞬、鋭くなったような気がした。


「ま、まあ、そうですね。色々とありはしました。ちょっと言えない部分もありますが……」

「要するに、人には言えないようなことがあったと……そういうことかい?」


 レファスは、瞬く間にその瞳に怒りの炎を灯し、その矛先をギラファスに向けた。


 はわああっ!? 失敗した!! ボクの答え方が悪かったみたいだ!


 言えない部分ってところは『アルは王妃だった』ってことが言えないって意味での発言だったんだけど……


 ギラファスに対する心象を、少しでも良くしようとしているのに、さっきから逆に悪くなっているんだけど!?


「い、いいえっ! そうではなく、お願いされたっていうか、レファス様の耳に入れないほうがいいっていうか……」

「つまり、君は、僕の耳に入れない方がいいようなことをされて、その事を他言しないよう、ギラファスに口止めされた……ってことだね?」

「全っっ然、違いますっ!!」


 な、何でこうなるんだよっ!? 喋れば喋るほど状況が悪化している!?


 誤解が誤解を生み出すこの会話の悪循環に、ボクは体をひねり動かしながらグシャグシャと頭を掻きむしった。


 ギラファスが、呆れたようにため息をつきながら、ボクにだけ聞こえるような小声で話しかけてきた。


「口下手にも程があるだろう?……そんな言い方では、ますます誤解されてしまうぞ?」

「ゔゔっ、だってアルが、『王妃だったことは言わないで』って言うんだよ。レファス様には、アルの治療に貢献することを条件にして、あなたの減刑を求めるつもりだったんだ」


 ボクも、ギラファスの声のトーンに合わせて、ヒソヒソと囁き返した。


「王妃の件以外にも、減刑を求める方法はあるだろう?」


 ギラファスが、ボクの耳元まで顔を寄せるとボソボソと囁いた。


 そうは言うけど、アルのことが言えないとなると、残った交渉カードはギラファスがボクの信者になったことだけだ。


「それって、あなたがボクの信者になったことを言ってるの? それで減刑を訴えるのはちょっと弱いと思うんだけど。何せ……あなたが誘拐した『王女様の魂』は、既に消滅してしまっているんだし……」


 そう。ギラファスが最後の可能性だと言っていた『王女の魂』候補の姫さまは、結果的に王女ではなく王妃アルだった。


 ということは、気の毒だけど王女の魂は既に……と考えるのが妥当だ。


 で、ギラファスの罪状は障害と誘拐だけど、王女の魂が既に消滅しているとなると、減刑どころか、逆に罪が重くなる可能性の方が…… ゔゔ〜ん


「ちょっと待て! さっきも言ったが……まだ、気付かんのか?」


 どうしたものかと頭を悩ませていたボクに、呆れとも驚きとも取れるような声音で、ギラファスが問いかけてくる。


 そして、再びボクの耳元まで顔を寄せると……


「いま一度問うぞ? 我輩の封印を解いたのは誰だ?」


 ……と、意味ありげに問いかけてきた。


 その口調はまるで『こんな簡単な問題がなぜ解けないんだ?』とでも言いたげだ。


 にしても、封印を解いた?

 ボクがギラファスを見つけた時には、既に封印は解かれていたんじゃ……


 訳が分からなくて、目をシパシパさせながら、ギラファスを見つめてしまった。


「もう良い……我輩のことを『王者の洗礼スキルで信者にした』とだけ告げてみろ。レファス様なら、それで分かるはずだ」


 ギラファスは、ボクに説明するのが面倒臭くなったのか、説得案を提示することで、この話の締めくくりに入ったようだ。


 理屈が全く分かっていないのに、問題の答えだけを教えられた気分だ。


「ギラファス……さっきから間合いが近い。不必要にその子に近づくな」


 不機嫌を隠そうともしないレファスの低い声が、ボクの耳朶じだを打った。


 レファスに聞き咎められないよう小声で話すうちに、いつの間にか、かなりの至近距離でギラファスと話をしていた。


 ボクの顔のすぐ横には、耳打ちの姿勢をキープしたギラファスの顔がある……


 おぉっと、変に誤解されないように少し距離を取らなくちゃ。


「あ、だっ大丈夫です。ちょっと話をしていただけですから」


 半歩ほど横にズレて、ギラファスとの間に程よい距離を取ると、レファスを説得するために、早速、ギラファスの提案する『説得案』を試すことにした。


「それで、その、レファス様。改めてお話しておきたいことがあります。実は、ギラファスは既に降伏しているんです!」

「…………降伏?」


 レファスの視線が疑わしげに、ボクとギラファスの間を行ったり来たりし始めた。


「そ、そうなんです。だから、その、一旦落ち着きましょう!」


 まずは、その攻撃姿勢を解除してもらわないと落ち着いて話ができない。


 ボクはレファスに曖昧な笑みを浮かべながら、『まぁまぁ……落ち着いて?』と、ハンドサインを送ってみた。


「ガッロル…… 大丈夫だ。ギラファスに操られて言わされていることは分かっている。後は僕に任せるんだ。良いね?」

「い、いえ、そうではなくて、ギラファスは本当に……」


 レファスは、ボクが『返答』によって発動するスキル『洗脳』によって操られていると思ってしまったみたいだ。


 いや、確かに、さっきは状況的に、そんな洗脳された感じに見えなくもなかったかも知れないけどっ!?


 レファスの勘違いが止まらないよ!? 一体、どうしたら良いんだ!?


「……場合によっては、我輩は逃げる。その時は、追って連絡を入れる……」


 狼狽えながらも、何とか説得の糸口を見つけようとしていたボクに、ギラファスがそっと囁きかけてきた。


「!? ま、待ってよ! それだと結局、何も解決しないじゃないか!」


 ここで逃げると、更に罪が重くなってしまうような気がして、ボクはギラファスを引き止めた。


「分からぬか? 今のレファス様は、かけてもいない『洗脳』を疑うほど、冷静さを欠いている。とても、話し合いができるような状況ではない」

「ゔっ……」


 確かにそうだ。スキルにかかっているかどうかなんて、下界人ならともかく、天界人であるレファスに分からない訳がない。


 なのに、それが分からない……と、いうことは、かなり盲目的になっている証拠だ。


 (こうなっちゃうと、目標を達成しない限り、人の話が耳に入らなくなっちゃうのよ。……彼……)


 事の成り行きを静かに見守っていたアルが、ポツリとこぼした。


 そうだ! この場でレファスのことを一番理解しているのはアルだ!

 こんな精神状態になったレファスの扱いも、お手の物に違いない!


 (アルなら、こんな時、どうすれば良いか知っているんじゃないの!?)

 (………………)

 (な、何で黙っちゃったの……?)


 レファスへの接し方を聞いた途端、なぜだかアルは、貝のように口を閉ざしてしまった。


 心なしか、顔が熱くなったような……

 何だろう、あまり人に聞かせたくないようなことなのかな……?


 凄くプライベートなことのような気がして、これ以上、聞き出すことが躊躇われてしまった。

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