第44話 トルカ教団のアジトにて②

——『使徒ではなく……レファス様が結界に攻撃を加えている』——


 ギラファスから、そう聞いた直後の事だった。

 爆発音と共に、凄まじい衝撃波が、館全体に襲いかかった。


「ぐっ!?」

「うわぁっ!?」

 (キャアァッ!?)


 館に保護魔法がかかっていなければ、半壊していてもおかしくないほどの衝撃に見舞われ、少なくはない窓ガラスが、爆ぜるように一斉に割れた。


 一瞬にして、ガラスまみれになった室内の惨憺さんたんたる有り様に、しばし茫然としてしまった。


 突然のことでビックリしたけど、これは……間違いない。

 この衝撃は、結界に影響が出たことによるものだ。


 それにしても、すごい威力だ。

 レファスが攻撃しているって言うのは本当らしい。


「……っ!! み、皆んな、大丈夫!?」


 ハッとして、アルとギラファスに声をかけた。


「大……丈夫よ、それより、本当に、レファス……なの? レファスが下界に……?」


 口籠もりがちに、レファスのことに触れたアルからは、喜びと悲しみと安心と不安がゴチャ混ぜになったような、とても複雑な感情が伝わってくる。


 ええぇ……アルは今、一体どういう心境なの?

 ボクは単純だから、この気持ちが何を思ってのものなのかよく分からないよ……


 アルは「ううん、何でも無いの……」と、呟いたっきり、すっかり黙り込んでしまった。


 一方、ギラファスは難しい顔をしながら「想定より若干早い……」と、一言呟き、サッと部屋を飛び出だして行く。


 散乱するガラス片を物ともせず、それをバリバリと踏み締めながら窓際まで走り寄って、そこから空を見上げたギラファスが、うめくような声を出した。


「くっ、結界が……」


 そして、すぐに腕を振って館のコントロールパネルを呼び出すと、素早く何かを入力し始めた。


「離脱を少し早める……このままでは、世界の崩壊に巻き込まれかねん」

「ええっ!? 」


 ボクも慌てて窓際へ駆け寄ると、ギラファスの隣に立って空を見上げた。


 さっきまで、初夏の爽やかな青空が広がっていたはずなのに、そこには世界の終末期を思わせるような、赤黒いマーブル模様が広がっている。


 ボクは、この空の模様を、過去に一度だけ見たことがあった。


 その、過去の記憶と妙に合致する今のシチュエーション……

 とても、嫌な予感がする……


「ちょっと待って!? もっ、もしかして、この結界って、時空軸に絡めて造られているんじゃ!?」

「……ある程度の知識はあるようだな。なら、この結界のデメリットについても知っているだろう?」


 コントロールパネルから視線を外すことなく、ボクの質問に肯定と取れる返答をしたギラファスは、ボクがこの結界のデメリットについて知っている体で話を振ってきた。

 まあ、知ってはいるけど……


 時空軸を利用したこの結界は、耐久性を上回る衝撃を受けると、時空が歪んで亜空間が開いてしまう危険性があるんだ。


 ギラファスが言うデメリットはコレ。


 そして、今、ボクの目の前の空には、そのデメリットの兆候がバッチリと浮き出ていて……


「大変だっ! 早く修復しないと!!」

「っ!? 待てっ!」


 ボクはギラファスが呼び止めるのも聞かず、窓枠だけになってしまった三階の窓に足をかけると、そこから勢いよく外へ飛び出した。


 前庭に、スキル『重力操作』で軟着陸すると、空に赤黒く浮かび上がる、今にも亀裂が入りそうな時空軸に向かって両手をかざ……そうとしたのだが、後を追って来たギラファスに左腕をグッと引っ張られてしまった。


「一度、崩壊が始まった時空軸を修復するのは不可能だ! 館ごと転移でここから離脱する。早く中に戻れ!」


 そう言いながら急ぎ足に歩き出したギラファスに引っ張られ、ボクはそのまま館に連れ戻されそうになった。


 確かに、一般的には時空軸の修復は不可能だけど……

 だけど、そう! ボクには秘策がある!


「だ、大丈夫だよっ、今なら、まだ大したことないから!!」


 ボクはギラファスに抵抗してその場に踏みとどまると、サッと右腕を空にかざし、今にも崩壊しそうな時空に向かって『逆行リターン』を発動させた。


 淡い光が空いっぱいに広がり、赤黒かった空が徐々に初夏の抜けるような青空へと戻っていく……


 よし、これで崩壊の危機は去ったかな?

 処置が早かったから周辺への被害も少ないはずだ!


「なっ!?」


 ギラファスがそんな声を漏らしながら、『信じられないものを見た人』のお手本のように、空を見上げたまま固まってしまった。


 修復不可能だと思っていたのなら、まあ……そんな反応になるのかな?


 でも、『時間を巻き戻した』だけだから、そんなに大袈裟な反応はしないで欲しい。


 ……よし、ここは一つ軽く流してしまおう!


「さあ! 処置は終わったよ! えっと、これからどうする? ボクとしては、ここでレファス様を待ちたいんだけど?」


 ボクはあえて明るい声で、ギラファスに話を振った。


 結界には『逆行リターン』をかけていないから、そろそろレファスが結界を破壊してここにやって来る頃だ。


 タイミング的にも、ちょうどいい頃合いだと思って話題に上げたのに、ギラファスは見事にボクの話をスルーすると……


「そうではなかろうっ!? 今、お前は、『時空の崩壊』を止めたのだぞ!? もっと他に言うことがあろう!? 今のスキルは何だ!? またしても、我輩の知らぬスキルを使ったのか!? 何故、あのようなことができたのだっ!?」


 ……と、自身の知的好奇心を爆発させて、矢継ぎ早に質問を浴びせかけてきた。


 あ、圧が凄いんだけどっ!?

 さすがは、孤高の研究者。未知への探究心が凄すぎる……


「あわわっ、い、いや、昔、これと同じようなことがあったんだよ。その時に編み出したっていうか、なんていうか……」


 ギラファスに詰め寄られ、気が動転してしまっていたボクは、つい『逆行リターン』を編み出すことになった簡単な経緯を口走ってしまった。


 ギラファスの圧に負けて、ポロリと言ってしまったこの言葉を、ボクはすぐに後悔することになった。


「同じようなことだと? 過去に起きた『時空軸の歪み』……ふむ……」


 ギラファスが顎に手を当てて、過去に起きた『時空軸の歪み』について、脳内検索をかけ始めてしまった。


 過去に起きた『時空軸の歪み』は、ボクの知る限り一つだけ。


 それも、ボクが唯一思い出したくない、誰にも知られたくない『暗黒の歴史』に関わる……


 マ、ママ、マズイッ!! 早く話を逸らさないと!!


「かかっ、過去の話はいいじゃないか!! それより、これからの話を——」

「確か……昔、ファラス暴走者の——」


 話題をすり替え切らないうちに、ギラファスの脳内検索が終了してしまった。


 ボクの言葉を遮ったギラファスは、その勢いのままに、思い出したくもなかったボクの過去に関係する話を語り始めてしまった。


「昔、 ファラス暴走者の結界が破壊された時、『時空の歪み』から『亜空間』が発生したことがあったはずだ。そうか、あの時に編み出したのか…………ん? だが、その時、結界を破壊したのは、風体が少々特殊な者だったと記憶している。……確か、……奇抜なマントと……奇怪なヘルメットを身につけた……自称、正義の——」

「うわあああああああっ!!」


 思わず、耳を塞いで大声を上げてしまった。


 だって……今、ボクの脳内には、厨二病の熱に浮かされて無双している『当時のボク』の姿がフラッシュバックしているんだよっ!


 連続少女誘拐犯たちに『正義の鉄槌を下してやる!』なんて言いながら、ポーズを決めているボク……


 そのアジトの結界に、強力なスキルを容赦なく放ちながら、ポーズを決めているボク……


 そうなんだ。アニメの影響を受けた『奇抜なコスプレ姿』でその結界をぶっ壊したボクは、その後、『時空軸の歪み』の修復や『亜空間』の後始末に追われて、『一生』という長期の期間、修復作業に明け暮れることになったんだ……


「あの時は、どうかしてたんだよぉぉぉっ!」

「…………若い頃には、そういうこともあるのだろう……」


 ギラファスは少しの沈黙の後にそう言うと、それ以上、『厨二病コスプレボーイ』の話題には触れてこなかった。


 気を利かせてくれたんだろうけど、その気遣いがさらに痛い……


「先ほどのスキル、あれはどういったモノなのだ?」


 ギラファスが、改めて『逆行リターン』について聞いてきた。


 まだ、心の傷が痛むけど……話題を変えてくれたことには感謝しておこう。


「ゔぅぅ、アレはボクが編み出したオリジナルスキルだよ。『逆行リターン』って言って、時間を巻き戻すだけの……ホントに大したことないスキルなんだ」


 時空の歪みを直してしまうほどだから、物凄く高度な技術が駆使されているに違いない!……なんて、変に勘違いされちゃうのも嫌だから、ボクは『逆行リターン』について正直に話した。


「何!? 時間に干渉したのか!?」

「うん。まあ、そう……だね」


 ギラファスは、ちょっと驚いたようにピクリと眉を動かした。


 やっぱり……思ったよりも単純すぎて、ガッカリしてしまったのかも……

 でも、これが一番効果的だったんだよ。


「時間に干渉……」


 ギラファスは、顎に手を当てると、険しい表情で何やら考えに耽り始めた。


 しばらくすると考えがまとまったのか、ギラファスが真剣な声で話し始めた。


「もしかすると、この力は王妃の治療に使えるかもしれん。だが、ここで詳しく論議する時間は無さそうだ。間もなく館が転移する。続きは、中に戻ってからにしよう」


 そう結論を出したギラファスは、ボクの腕を取ると、再びズンズンと館へ向かって歩き出した。


「そ、その事なんだけど!」


 ボクは、少し声を大きくしてギラファスを呼び止めた。


「やっぱり、ボクはこのまま、ここでレファス様を待とうと思うんだ。でさ、……ギラファスも、一緒にここで待たない?」


 今、この場から逃げ出すのは、ギラファスにとって良くないような気がして、ボクはギラファスに止まるよう提案してみた。


「…………我輩は、まだ、レファス様に会うことはできん……」


 ギラファスは少しためらった後、静かな声でそう答えた。


「それは、『アル』の事や『王女様の魂』の事があるから? 確かに……『王女様の魂』については、本当に残念だったけど……でも、逃げちゃいけないと思うんだ! ケジメを付けるためにも、天界に出頭しようよ?……あ! もちろん、ボクが保護者として全力で弁護するよ?」


 ボクはそう言って胸の前でグッと両拳を握りしめ、気合いを入れるようなポーズを取ってみせた。


?……まさか、まだ気付いていないのか?」


 ボクが『王女の魂』について述べた “残念” という単語に対して、ギラファスが少し目を見張りながら問いかけてきた。


「? 気付いて?……何のこと?」


 何だろう……ボクとギラファスの間に、少し認識のずれがあるみたいだ。


 ギラファスの意味深なその言葉に、ボクが眉を顰めた時だった。


 背後から、鼓膜を貫く強烈な炸裂音がしたかと思うと、衝撃波のような突風が、ボクの背中をドンと押した。


「うわわっ!」


 背後から不意に来た衝撃に身構えることができず、バランスを崩してしまったボクは、正面にいたギラファスに突進してしまった。


 ……え? 『完全防御パーフェクトバリア』がかかっているはずなのに、どうして影響を受けているのかって?


 それはね、今のような『攻撃』とは言えない程度の衝撃には、このスキルは反応しないんだ。


 じゃないと、日常生活に何かと支障が出てしまうからね。


「ゴ、ゴメン……」


 謝りながら顔を上げると、そこには怖いくらいに表情を硬くしたギラファスの顔があった。


 ただし、その視線はボクの背後に固定されている。


「ギラファス!! その子から離れるんだ!!」


 聞き慣れた……でも、聞いたこともないような怒声が背中越しに響いてきた。


 バッと振り向いた先には、いつもの温和な顔ではなく、鬼気迫る怒りの形相でこちらをキッと睨みつけるレファスの姿がそこにあった。

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