第43話 トルカ教団のアジトにて①

 転移ゲートを潜ると周囲の景色が一変し、ボクは中世ヨーロッパを彷彿とさせる館の通路へと送り出された。


 眼前には、両脇に二体の甲冑鎧が飾られたアンティーク感満載の大扉が、ドンと聳え立っている。


 見覚えのあるこの大扉は、まさにボクが騙し討ちを受けたあの転移ゲートだ。


 転移前はこの扉の向こうから、姫さまの絶叫のような泣き声が廊下にまで響き渡っていたのだが、さすがに姫さまも泣き疲れてしまったのだろう。

 今では、しんと静まり返っている。


 転移の影響で淡く光っている大扉を見つめながら、ボクは今後のことを考えた。


 まずは、ギラファスとの戦い?が終わったことを、早急に天界政府へ知らせないといけない。


 何しろ、ボクは、護衛フィオナの目の前で、ギラファスに連れ去られてしまったものだから、今頃、天界政府は大騒ぎになっているはずだ。

 フィオナさん、心配してるだろうなぁ……


 図らずも、ギラファスがボクの信者(部下)になってしまったことも話しておかないといけないだろうし、はぁ……


 ……ん? 待てよ?

 ということは、これからはボクもトルカ教団の面倒を見なくちゃいけない……ってことなんじゃ!?


 えぇっ!? もしそうなら、トルカ教団員たちにはきちんと罪を償わせないといけないし、ルアト王国にも事情説明に行かないといけないし……


 あと、姫さまの護衛騎士たちが、警備体制の不備を問われて罰を受ける、なんてことにならないよう、魔法についての説明もしないといけないだろうし……


 うあぁっ……やることがたくさんで頭が痛くなりそうだ。


 だけど、何はともあれ、ギラファスの件はこれで一段落ついたと言ってもいいだろう。


 フゥ、とボクは大きなため息をついた。


 そんなボクの背後に、不意に青白い輝きを放つ拳大の光の球が現れた。


「ん? 何だろう……コレ……」


 稼動時の転移ゲートに似たその輝きからは、危険な感じは一切しない。

 だけど、警戒するに越したことはない。


 ボクは、急に現れたその光に対して軽く身構えると、ジッと見据えて様子を窺った。


 突然現れたその光球は、滑らかな動きでカーテンのように薄く広がった。


「アッ! これって『アプローチポイント』だ!」


 ボクが、この光の正体に気が付いたのと同時に、その光の幕を突き破って、勢いよくギラファスが飛び出してきた。


「おぉぅ……」


 思わず感嘆の声が漏れてしまった。


 誰かがこうして『アプローチポイント』から現れる様を見るのは、これが初めてだ。


 『アプローチポイント』とは、手動入力した任意の転移先に現れる、『ゲート出口』の名称なんだ。


 この方法での転移は『どこにでも転移できる』『位置を特定されにくい』という利点がある。


 その一方、『帰還を考慮しない一方通行』で『座標の設定が複雑で困難』である、といった欠点も併せ持っている。


 目の前に立派な固定ゲート(大扉)があるにも関わらず、なぜギラファスがこの方法で館に帰還したのかは分からない。


 けど、ボクとしては良いものを見せてもらった気分だ。


 静かに感動しているボクの横を、ギラファスは素早く通り過ぎ、大扉の認証パネルにサッと掌を当てた。


 ガゴン……とロックの外れる音が響き、大扉がゆっくりと左右に開いて行く。


 もどかしいといった感じに、扉の隙間をすり抜けたギラファスが、室内に向かって早口に命令を飛ばした。


「聞け! 目的は達成された! よって、王女を解放する! 直ちに王女を王宮へ送り届けろ!」


 室内で待機していたらしい教団員のどよめきが、扉の外にまで伝わってきた。

 きっと、天界人姿のギラファスの登場に驚いたのだろう。


 ここ廊下からでは室内の様子は分からないけど、『ああぁ、ギラファス様!』とか『おお、何と尊いお姿なのだ!!』とか……

 熱狂に沸いている声が、ここ廊下にまで響いて聞こえてくる。……うわぁ……


 ギラファスの後に続いて入室しようと思っていたんだけど、室内から聞こえるその声を聞いて、二の足を踏んでしまった……


 すると、額に青筋を浮かべたギラファスが、ついに教団員たちを怒鳴りつけた。


「聞こえなかったのか!? 二度も言わせるな! サッサと行動に移れ!!」


 よほど頭にきていたのか、ギラファスの覇気が軽い衝撃波となって辺りに広がった。


「フンギャァァァッ!」


 それと同時に、ビックリして目を覚ました姫さまが、耳に突き刺さるような激しい泣き声を上げた。


 (あっ……)


 アルが心の中で、ポツリと声をこぼした。


 そういえば、アルは姫さまに会うのはこれが初めてだっけ。


 (アル、どうかした?)

 (ん、……何でもないわ……)


 そう言ったっきり、アルは黙り込んでしまった。


 好奇心旺盛なアルなら、もう一人の自分……姫さまに喜んで会いたがるんじゃないかと思っていたんだけど……


 その、いつもと違うアルの様子が妙に気になった。


 根拠は無かったけど、何となく、姫さまとは距離を保っていた方が良いような……

 そんな気がして、ボクは部屋には入らないことにした。


 ギラファスの一喝で、室内の教団員たちがバタバタと慌ただしく走り始め、姫さまの大きな泣き声がフッと聞こえなくなった。


 どうやら、転移ゲートは使わず『転移』のスキルで王宮へ行ったようだ。


 それはそうと、館に帰ってきてからのギラファスは、妙に余裕がないような気がする。


 宇宙ステーションでは、そんな様子はなかったのに……一体どうしたんだろう。


「……な、何だかすごく焦っているみたいだけど……どうしたの?」


 ギラファス以外、誰もいなくなった室内に入りながら、恐る恐ると尋ねてみた。


「先の転移で固定ゲートの座標位置を察知された。転移の影響で生じた結界幕の僅かな歪みを今、集中的に攻撃されている」

「っ……!? こ、攻撃!?」


 到底、穏やかとは言えないその話の内容に絶句してしまった。


 ボクが驚きに言葉を失っている間にも、ギラファスは館のあちこちに触れて館のコントロールパネルを呼び出すと、忙しなく指を動かして何かを入力し始めた。


「我輩の結界は、そう易々とは壊れたりはせん。だが、破壊される前に館を非難させておきたい。だから、少々急いでいる」


 視線をコントロールパネルから離すことなく、早口に状況説明をするギラファスの様子から、その言葉以上に、事態は切迫しているのではないだろうか。


「あっ! 攻撃ってまさか天界政府から!? それじゃあ、ボクが外に出て——」


 ギラファスがボクの信者部下になったことを伝えれば、攻撃をやめてくれるのでは? と思い、そう言いかけたのだが……


「やめておけ。今は、誰の言葉も耳に入らないほど気持ちが昂っている様子だった。下手に出て行くと、ますます現場が荒れるだろう」


 ギラファスは、被せ気味にボクの提案を却下した。


「えぇぇ……いくら何でも、使徒の皆んなが、そこまで見境がなくなるなんて思えないんだけど……」


 確かに使徒の皆んなは、上司の言いつけには絶対的に従おうとはするけど、…… ゔゔーん、そこまで感情的にはならないと思うんだけどなぁ。


「使徒ではない……」


 考え込んでいたボクにそう言うと、入力作業を終えたギラファスは、腕を振ってコントロールパネルを消した。


 そして、ボクの顔をジッと見つめながら告げた。


「使徒ではなく……レファス様が結界に攻撃を加えている」



 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 ——(レファス視点)——


「レ、レファス様!! おやめ下さい!」

「このままでは、この国下界が無くなってしまいます! レファス様!!」


 使徒たちが、この国に被害が及ばないよう、周囲に結界を張り巡らせながら叫んでいる。


 彼らの声が聞こえていないわけではない。


 だが、糸口の見えなかったこの現状に、唯一現れたこの小さな変化を見逃すことはできなかった。


「あと少し! あと少しなんだ!!」


 叫びながら力を振るった。

 ただ愚直に、ただひたすらに、一点だけに狙いを定めて……


 (ほんの少しで良いんだ。体を捩じ込むことができる程度の隙間でいい)


 そう念じながら、さらに力を込める。

 衝撃波が地面を抉り、周囲の森の木々を薙ぎ払っていく。


「くっ!! 結界を攻撃ポイント周辺に集中展開させろ!」


 フィオナが、本来なら僕がやらなければならない陣頭指揮を取り、使徒たちに指示を飛ばしている。


 なら、ここはフィオナに任せて大丈夫だろう。


 興奮し切った頭の片隅に、ほんの僅かに残った冷静な部分でそう判断した。


 とにかく、もう、後悔はしたくなかった。


 あの時……娘が連れ去られた時、迷わずギラファスに一撃を与えていれば、娘も妻も失うことはなかったはずだ。


 ギラファスに対して攻撃しなかった過去の自分を、どれほど攻めたことだろうか……

 もう二度と間違わないと誓いを立て、僕は王政を廃止した。


 あれから、随分と時が過ぎた。


 その間、娘はスクスクと成長を続け、もうすぐ妻の背丈に追いつくほどに大きくなった。


 だが、僕は娘に対して、きちんと向き合うことができないでいた。


 娘は、部下たちが『心臓』として宿り続けることにより命を繋いでいる。

 当然、そこには、僕に対して部下のように話す娘の姿があるだけだ。


 そんな中身のない娘の姿は、ただいたずらに生かされているだけのように見えて、罪悪感さえ覚える時もあった。


 現実から目を逸らし続ける僕のことを、皆んなは冷たい人間だと思うだろうか……


 そんな、虚しい日々を送っていた僕の前に『あの子』が現れた。


 初めは『ギラファスに対する有力な手がかり』として、天界へ招いた覚醒者の一人としか思っていなかった。


 しかし『あの子』と面会し、秘められた意外性や実力の高さを目の当たりにして驚いたのは勿論、会話を重ねたことで僕の胸の中には何とも形容し難い感情が広がった。


 それは『あの子』の成長をずっと間近で見守ってみたいといった保護者のような……そんな感情が僕の中に湧き上がってきた。


 『あの子』に『心臓』として娘の中に宿ってもらえたなら、 初めて魂の宿った娘と会えるような……そんな気さえしていた。


 それなのに、またしてもギラファスによって今度は『あの子』が攫われた。


 (今度こそ間違わない……必ず取り返す……取り返す……)


 呪文のようにその言葉を繰り返しながら、僕は渾身の力を込めて館を覆う結界幕にスキルを叩きつけ続けた。

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