『レファス降臨編』

第42話 レファス降臨 新たなる騒動の予感①

 せっかく考えた行動案『とにかく謝る』を、アルとギラファスの二人掛かりで却下されて、ボクは今、ちょっとだけモヤモヤしている。


 ギラファスと二人、横並びに並んで宇宙ステーションの通路を歩きながら、ボクは少し口を尖らせると、ギラファスに問いかけた。


「行動計画はできてるって言ってたけど、これからどうするんだよ?」


 ギラファスは、そんなボクの様子を横目でチラリと見ると『行動計画』の内容を語り始めた。


「まずは、館へ戻り下界の王女を解放する。次に、館の整理をしたら我輩は霊界のサイノカ街へ行く。そこで——」


 『サイノカ街』の名前を聞いた途端に、アルのボルテージが一気に上がるのを感じ……たかと思った次の瞬間、唐突に、ボクの意識を押し除けて、アルが歓喜の大声を上げた。


「えぇえっ!! サイノカ街ですってぇぇ!? ブッ……うっ、ア、アル! 落ち着いてっ! ショッピングに行くわけじゃ無いと思うよっ!」


 このままショッピングトークに突入しそうな予感がしたから、先手を打って強引に話に割り込んだわけだけど、その甲斐あって、無事に話を遮ることに成功した。……ふぅ……


 にしても、王妃の記憶に目覚めても、やっぱりアルはアルだった……(センスはともかく)買い物にかける情熱は計り知れない……


「無論、遊びに行くわけでは無い。そこで王妃アルの延命に役立ちそうなアイテムが無いか探す」


 ギラファスのその言葉に、今度はボクの方が反応する番だった。


「えっ!! そ、そこに行けば何かあるのっっ!? ぶっ!……待って宰相ギラファス! 私は、そんなことしてもらいたくなんてな、うブッ、……っ、何言ってんだよ!? アル! ダメだからね!?」


 ボクの言葉を遮り、ギラファスの提案に拒否感を示したアルの言葉を、またしても、ボクは強引に遮った。


 アルにすれば、敵視しているギラファスの力を借りるような真似はしたくないんだろうけど……それでも、ボクはアルに消えて欲しくないんだ。


 ボクは、仕切り直すように一呼吸置いてからギラファスに向き直ると、期待を込めて聞いた。


「……それで、ギラファス。何か、心当たりでもあるの?」

「今のところは無い。だが、あの商店街は、ありとあらゆる商品が取り揃えられたアイテムの坩堝るつぼと呼ぶに相応しい場所だ。何かしら見つけられるのでは、と考えている。逆に、そこで見つけられなければ打つ手は無いと言ってもいい」


 結局のところ、現地に行ってみないと分からないってことか……


 消滅者について詳しそうなギラファスに期待する一方、そのギラファスに、打つ手なしの烙印を押されるのではないかという不安が、ボクの胸に押し寄せてきた。


「……ボクには、消滅者治療の知識がない。でも、できる限りのことはしたいんだ。何かボクに手伝えることはない? 何でも言って!?」


 アルの治療なのに、ボクには何もできない……

 そんなもどかしさを感じていたから、何か手伝えることがあればと思って聞いたんだけど……


「我輩が自由に活動できるよう、レファス様に掛け合ってもらいたい」

「ゔぐっ、……そ、そうだった……あなたは指名手配されているんだった……」


 ……ギラファスが要望する『手伝い』の難易度が、かなり高かった。


 でも、『何でも言って!?』なんて言ってしまった手前、無理だなんて言いにくい。


 いや、考えてみよう! やっぱり事前のシミュレーションが大事だと思うんだ!


 まずは、ボクの『完璧な謝罪スタイル』で謝るでしょ?……それから、アルがこのままでは消滅しそうなことを報告するでしょ?


 その『治療法模索』のために、専門知識のあるギラファスに協力を……って、ダメだ!

 使徒たちに、問答無用で拘束されるギラファスの姿しか思い浮かばないよ……


 ああでもない、こうでもないと、悩みながら歩いていたら、ギラファスが不意に、あるラボの扉の前で歩みを止めた。


「あまり期待はしていないから、そんなに気負わなくてもいい。説得に失敗したその時は、我輩は逃げるが研究は続ける。だから心配はいらぬ」


 そう言いながら、ギラファスは認証パネルに手のひらを押し当てた。


 軽快な音と共に開いた自動扉の向こうには、ドンと配置された巨大な転移ゲートが!


「ええっ!! 逃げちゃうの!? だ、ダメだよ、逃げちゃ!」

「何も、永遠に逃げ続けるわけではない。近いうちに出頭もしよう。ただし、やり残したことを全て終わらせた後になる……」


 ボクと会話しながらも、さっさと室内に入ってしまっていたギラファスは、ゲートの起動作業をしたり、座標の設定をしたりと忙しなく動き回り、あっという間に転移の準備を整えてしまった。


「さあ、まずは館に帰ることにしよう」

「う、うん……」


 振り返ったギラファスから、ゲートを潜るよう目で合図を送られて、釈然としない気持ちを抱えたまま、ボクはゲートを潜った。



 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 ——(フィオナ視点)——


 ルアト王国の外れ。隣国との国境に面する大森林。


 国土の1/4を占め、その過酷な環境ゆえ人の侵入を許すことの無いこの密森は、ルアト王国にとって、他国からの侵略を防ぐ天然の防壁としての役目を果たしている。


 その密林を切り裂くように、一筋の光が閃いた。


 森の奥へと一直線に放たれたその光を追いかけるように、強烈な衝撃波が森の中を駆け抜けた。


 周囲の木々を巻き込みながら大爆発を引き起こしたその力は、密林に即席の一本道を作り上げていた。


「くっ!!……レファス様。さすがに、やりすぎではありませんか!?」


 降臨ゲートから現れたレファスに、ガーラガッロルが連れ去られた経緯と、トルカ教団の潜伏先を報告するや否や、一直線にここまでやって来たレファスが、まず最初に行なったのが、先ほどの『神のいかづち』を森に向かってブッ放す、という行為だ。


「これでも抑えているんだ。本気ならここ世界は無くなっている……」


 我があるじレファスは、返答もそこそこに、出来上がったばかりの道を『高速移動』し始めた。


 移動に特化したその『高速移動スキル』のスピードに遅れないよう、私はフェニックスの姿に戻り、必死について行く。


 本来なら『天界人』で、しかも『元・王族』であるレファス様が、ここに来る下界に降臨することなど、考えられないことなのだ。


 私自身、レファス様に直接、緊急連絡を入れはしたが、以前の……王女様の救出時もそうであったように、レファス様は天界から支持を出すものだとばかり思っていた。


 しかし、レファス様は『ガーラがギラファスに攫われた』という報告を聞いただけで、すぐに、この場下界に降臨して来た。


 それほどまでに、ガーラ様のことを特別視していると言ってもいい。


 (やはり、レファス様は今も王妃様のことを……)


 擬似体に宿ったガーラ様は、消滅してしまった王妃様によく似た見目をしていた。

 レファス様はその面差しに、消滅してしまった王妃様の姿を重ねているのだろう。


 『真実を見抜く目』を持つ私だからこそ、分かっていたことがある。

 それは、ガーラ様の中に『王妃の名残り』があるということだ。


 ガーラ様と王妃様では、『魂』的に見ても『全くの別人である』ということは分かっていた。

 だが、ガーラ様の分身『アル』は、消滅してしまった王妃と全く同じ『魂』をしていた。


 そのことから、私は『ガーラ様は、王妃様の生まれ変わりなのではないだろうか』と思っている。


 そして、『アル』はガーラ様の中に僅かに残った『王妃であった部分』が寄り集まったモノなのではないか、とも……


 そんな『アル』だが、彼女は『分身体』としても『魂』としても、存在し続けるには霊魂量があまりにも少なすぎ、いつ消えてしまっても不思議ではない。


 であるにも関わらず、今も存在し続けていられる理由の一つが、『転生時の休眠』だと、私は考えている。


 ガーラ様の話によると、『アル』は、霊界へ帰還した僅かな間しか目覚めていない。


 しかもそれは、霊界へ到着したその日のうちに転生する、といった、ガーラ様のライフスタイルに合わせた短い間の覚醒で……


 『アル』にとっては、不満だらけのその覚醒時間は、結果的に劇的な延命措置としての役目を果たしていたのだろう。


 しかし、その延命にも限界がある……


 その当人アルはといえば、王妃だった頃の記憶も無く、レファス様とは無邪気な様子で接していた……


 そのため、私は、この事実をレファス様に報告しないでいた。


 やっと、表面的には落ち着きを取り戻したあるじに、記憶も無く、消滅秒読みの『アル王妃』の存在を報告するのは、あまりにも酷だと思ったからだ。


 だが、この事実をレファス様が知ってしまったら……一体どうなるのだろうか……


 王妃の生まれ変わりと思われるガーラ様と、分身体として辛うじて存在できている王妃のアル。


  その二人生まれ変わった王妃が、再び、ギラファスの手によって攫われた。

 そんな事実が明らかになってしまえば……


 (ガーラ様……どうか、レファス様のためにも何事もなく無事でいて下さい……)


 神気が溢れることもいとわず、『高速移動スキル』を使って移動するレファスあるじの後ろ姿を見つめながら、私は切に祈った。



 ◇◆◇◆◇



 そこは一見すると、森の中のちょっと開けた場所にしか見えない、ごくありふれた地点だった。


 しかし、レファス様の放った『神のいかづち』が、この地点でピタリと止まっている。


 ここに、『王族の攻撃スキル』を食い止めることができるほどの、強力な結界が施されている、という証拠だった。


「『幻覚』のスキルが使われておりますが、ここで間違いないかと……」


 ザッと周辺を見回して状況を確認すると、私は、レファスの傍らにサッと控えて簡潔に状況を報告した。


 レファス様はわずかにうなずくと、隊列を整えて支持を待っている精鋭使徒部隊に向き直った。


「ここに、結界に隠された教団のアジトがある! 使者ガッロルはここに連れ去られている可能性が高い! 二人一組になって捜索を開始するんだ! ただし、怪しい点を見つけたら、迂闊なことをせず必ず報告するように!」


 レファス様が精鋭使徒部隊に指示を飛ばすと、ペアを組んだ使徒たちが、それぞれの能力を使いながら懸命に周辺の捜索を始めた。


 私もまた『真実を見抜く目』を発動させ、結界の弱点を探り始める。


「っ!! これは……」


 思わず目を見張ってしまった。


 ガーラ様から前もってこの場所の情報を聞いていなければ、到底、見つけ出すことは到底不可能だったに違いない。


 そう言わしめるほど、綿密に練り上げられた術式スキルによって、この場所は秘匿されていた。


 『結界幕』にも弱点らしい部分は無く、こうして『真実を見抜く目スキル』を使っていても、油断すると、その結界自体を見失ってしまいそうになる。


「どうだ?」


 私のすぐ脇までやって来たレファス様が、見えない結界に目を向けたまま問いかけてきた。


「ただの結界ではありません……これは、時空軸を絡めた……かなり高度なモノで、下手に刺激すると時空が歪み、亜空間が開いて……周辺ごと、そこへ引きずり込まれるかと……」


 おぼろげにかすむ結界幕を前に、私は目をすがめながら、必死に読み取った情報をレファス様に伝えた。


「……そうか……」


 レファス様は静かに呟くと、視認不可能なその結界をジッと見つめ続けていた。


 その瞳に宿る怪しい光に気付きながらも、結局はどうすることもできず、ただ静かに、私はその隣で控え続けていた……

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る