第41話 ギラファスとの決着! また、やらかしてしまいました!

「ガーラ……あなた一体、宰相ギラファスに何をしたの?」

「な、何って、別に何もしてないよっ、アルも見てたでしょ?」


 慌てて無実を主張したけれど、明らかに様子のおかしいギラファスを前にして不安が募り、落ち着かない気分になった。


 ボクは無意識のうちに、何か仕出しでかしてしまったのだろうか?

 確かに、柄にもなく、感情まかせに怒鳴りつけてしまったけれど、ただ、それだけのはずだ……


 そうは思ったけど、興奮し切って冷静さを欠いていたのも事実だ……


 なので今一度、ボクは、ギラファスに詰め寄った時の状況を思い返してみることにした。


 (ええっと……ギラファスが、無神経に『王家の再興』なんて言い出したから、頭に血が上って……それと同時に、両目が熱くなったっけ…………あっ! この時、瞳に神気が宿っていたような気がする!?)


 思い当たる節があったことで、ギクリとしてしまった。


 (で、でも、相手は天界人のギラファスだ。多少の神気ならきっと大丈夫……)


 ボクは、自分にそう言い聞かせると、続きの状況を思い返した。


 (それで、感情のままに怒鳴りつけてしまったんだけど……ほんの少し……その……言葉にも神気が混ざってしまったかもしれない……っで、でも、そのくらいなら大丈夫……だ……よね?)


 ほんの少しだから……と、そのことについては、あえて見て見ぬふりをし、ボクは最後の場面を思い返す。


 (最後に、ギラファスのことを睨みながら『解放しろ!』とか『自主しろ!』なんて命令口調で……って、ん? アレ? 『言葉に神気の混ざった状態で命令』って……これって “言霊„ になってるんじゃ……?)


 さらに、この時、ボクは眼力に神気を込めて、容赦なくギラファスにその力を叩きつけてしまったような気が……しないでもない……

 マズイ……心当たりがどんどん出てくる……


「えっと、その……ギ、ギラファス? 大丈夫?」


 罪悪感に苛まれて、具合の悪そうなギラファスに近づくと、ボクはその二の腕にそっと触れた。


「ぐぅっっ!!」


 途端に、ギラファスは苦しそうな呻き声を上げたかと思うと、服の上から心臓の辺りを鷲掴んで、片膝をついてしまった。


「うわあぁっ!! た、大変だっ! アルっ、どどど、どうしよう!?」


 いくら天界人が長寿とはいえ、下界人に例えると『初老』といえる年齢のギラファス。

 しかも、ギラファスの肉体は、ついさっき封印から目覚めたばかりだ。


 寝起きに冷水を浴びせかけられたのと同じで、ボクの神気が、ギラファスの体に大きな負担となったのに違いない。

 きっとそれで、心臓がビックリしてしまったんだ!


「そ、そうだ!『回復』っ!!」

「あっ! ガーラッ、ちょっと待って!? もしかしたらコレはっ——」


 アルが何か言いかけてたけど、心臓発作の救命活動は一分一秒を争う。急病人を目の前にして、じっくり話し込んでいる場合ではない! 処置が遅れれば、どんな後遺症が残ってしまうか分からないんだ!


 ボクは、急いでギラファスの頭上に手のひらをかざすと、『回復スキル』を発動した。

 

 手のひらから降り注ぐ黄金の光を浴びて、強張っていたギラファスの体から、徐々に力が抜けていく。ふぅ、なんとか間に合ったみたいだ……


 安堵に胸を撫で下ろしていると、片膝をつき、うつむいたままだったギラファスが、その顔をゆっくりと上げた。

 そして……


「うっ……!?」


 何を思ったのか、真剣な眼差しでボクの顔を真っ直ぐに見つめてくる……


 そのまま、一向に動きを見せないギラファス。

 そんな彼と、こうして向かい合っているのは……とても居心地が悪い。


 無意識とはいえ、ボクが『神気』や『言霊』をぶつけてしまったから怒っているのかな……? でも、謝るのも何か違う気がするし……


「えぇっと……ぐ、具合はどう?」


 そんな空気感に耐えかねて、ボクは視線を彷徨わせながらも、一言だけ、そう声を掛けてみた。

 そして、ギラファスの出方を待った。


「………………はぁ、」


 長い沈黙の後、突然、ギラファスは目を伏せると、諦めたように深いため息をついた。


「我輩の負けだ……」

「ま、負け??」


 体調を聞いただけなのに、勝敗を告げられてしまった。

 そして、ボクが勝利しているらしい。


 ギラファスの言う『負け』が何なのか、今ひとつ分かりかねていると、アルまでもが諦めたような深いため息をついた。


「はぁ、ガーラ……あなた、これから大変よ? 信者暴走者だけじゃなく、ギラファスの面倒も見ないといけないんだから」

「ど、どういうこと!?」


 ギラファスの面倒って!?


 ボクが目を白黒させていると、アルが、ちょっとだけ真剣な声色で話し出した。


「あなたが、スキル『王者の洗礼』を使って、ギラファスを信者にしちゃったってことよ」

「は!? 信者!?」


 信者と聞いて、下界での出来事が蘇った。


 平伏した人々で埋め尽くされた騎士団宿舎前……ボクを熱狂的に賛美する皆んな……その有り様は、まさにカオスと呼べるものだった。


 しかし、目の前のギラファスは至って平常だ。ボクの知る信者とは似ても似つかない。


 だから、アルの言っていることがよく分からなくて、跪いたままのギラファスに、説明を求めるように視線を送った。


「お前が我輩に、『王者の洗礼スキル』を叩きつけてきたのではないか」

「えっ、叩きつけて……」


 そこまで呟いて、はたと気がついた。


 (ギラファスに、『解放』と『自主』を要求した時だ! 確かにあの時、ボクは眼力に神気を乗せて、ギラファスに叩きつけた! おまけに『言霊』まで飛ばして……アレって『スキル』だったの!?)


 自分としては意識せずにやったことだから、“スキルを使った” という自覚がなかった。


「あっ!……いや、その、……あ、あれはわざとじゃなかったんだっ」


 オロオロと言い訳するボクを、ギラファスが呆れたような眼差しで見つめてくる。


「えっと、無意識っていうか、何ていうか——」

「その後も、我輩の体に直接、神気を流し込んできたり、回復祝福を浴びせかけたりしたであろう? それがダメ押しとなって、我輩は完全に『王者の洗礼スキル』に掌握されてしまったのではないか」


 言い繕うボクの言葉を遮るように、ギラファスは、自身の身に起こった出来事をギラファス目線で語った。


 どうやら、具合の悪そうなギラファスに差し伸べたボクの手が、神気を帯びていたようだ。


 その手が触れた瞬間、その神気が静電気さながらに、ギラファスの身体を駆け回ったらしい。


 で、神気で痺れた体に、ボクがトドメの回復祝福を……ってことみたいだ……


 ボクには全くそんなつもりはなかったのだが、こうやって聞かされると……その追い打ち加減は情け容赦がない……


「うぐっ、さっきの『回復』は、あなたが『心臓発作』を起こしたものだと思ったから……いや、その……ゴ、ゴメンなさい!」


 ボクは背筋を正して、両腕を体の脇にピタリとつけると、腰を九十度に曲げた『完璧な謝罪スタイル』を発動した。

 ……あっ……今、『完璧な謝罪スタイル』のLv.が上がった感覚が……


「えっと、それで『信者の件』なんだけど……あなたは下界人とは違うんだから、少し距離を置いていれば、すぐに落ち着く……ん……だよね?」


 そろり……と頭を上げると、変わりないように見えるギラファスの様子を上目遣いに窺いながら、ボクは尋ねた。


 神気による『泥酔状態副作用』や『信者』については、ランスやフィオナから聞いて、ある程度の知識は持っているつもりだ。


 それらの知識と照らし合わせてみても、『天界人ギラファス』が『信者』になるなんて、常識的に考えられない。


 だというのに、なぜだろう……胸騒ぎがする……


「神気に当てられただけの『その辺の信者もどき』と、『王者の洗礼』によって『信者』になった我輩を一緒にされては困る」


 ギラファスは、そう言ってゆっくりと立ち上がると、どこか吹っ切れたように胸を張った。


「このスキルは、『強力な契約魔法』の一種といっていい。神気の上書きは不可能なうえ、距離を置いても解けたりはしない。しかも、その効果は一生涯続く」

「いっ、一生涯ぃぃぃ!?」


 静かな通路に、ボクの叫び声がこだました。


 『契約魔法で一生縛り付ける』という、想像以上に重い話に、ボクはすっかり狼狽えてしまった。


「何も、そこまで身構えることはない。このスキルの契約内容は『信者となった者はあるじのために働き、あるじは信者となった者を保護する義務がある』といったものだ。一般的な雇用関係に近い」


 ギラファスは、この契約が『非人道的なものではない』と、安心させるかのようにボクに語った。

 被害者であるはずのギラファスに、逆に説得されているみたいで……変な気分だ。


「えっと、ボクが言うのも何だけど……ギラファス、あなたはこんな事になって嫌じゃないの? ボクの信者になっちゃうんだよ?」


 合意も無く、一方的に結ばれたこの契約に、不満が無いはずがない。

 そう思って、質問したのだが……


「考えてみたが、我輩にとって『天界人の誇り』果たせそうなこの状況は悪くない」


 ギラファスは意外にも、この『王者の洗礼契約魔法』に乗り気なようだった。


「??……よく分からないけど……不満は無いってこと? なら、良いんだけど……」


 絶対、不服を唱えられる!……と思っていたから、ちょっと拍子抜けした。

 どうやらギラファスにとって、この状況は一石二鳥といったものらしい。


 そういえば、ギラファスの『天界人の誇り』にかけた『誓い』って何だったっけ? 


 アル関係の話だったような気がするけど、……今は思い出せそうに無い。

 何か引っかかるけど、……まあ、良いかっ!


「ちっとも良くないわ! ガーラ、あなたの信者ギラファスは『天界の犯罪者』なのよ!? そのことも踏まえてギラファスを保護しないといけないってことなのに、これからどうするつもりなの?」


 び、びっくりした……心の声が漏れたのかと思ったよ。

 まあ、それはそれで置いておいて……そうだった。


 信者として迎えるってことは、ボクが保護者になるってことだ。

 で、保護対象のギラファスは、かなり大きな犯罪を犯している。


 自主させることはもちろんだけど、保護者として何をするべきなのか……

 腕の良い弁護士を立てる? いや、それよりも先に……


「……と、とりあえず、ボクも一緒に『全力で謝ってみる』……とか……?」


 さっきLv.が上がったばかりの『完璧な謝罪スタイル』が、早速、役に立つんじゃないだろうか。


 ギラファスと二人で誠心誠意に謝罪して、これからはボクが監視するからって掛け合って……それで、罪を軽減してもらって……


宰相ギラファス、ガーラは、こんな感じで “お子ちゃま„ だから、あまり期待しないようにね」

「問題は無い。これからは、我輩が補佐につくのだ。既に行動計画はできている」


 せっかくボクなりに考えたのに、二人には “秒„ で却下されてしまった。

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