第40話 ギラファス VS アル&僕②

 ギラファスに嵌められる形で転移した、この宇宙ステーション。


 その周囲には、惑星や小隕石は愚か、宇宙ゴミスペースデブリ一つ見当たらない。


 生活感の無い船内は、実験装置の無機質な電子音が薄っすらと漏れ聞こえてくるだけで、目立った変化もなく静かなものだ。


 そんな、時の流れが曖昧なこの宇宙ステーションは、周囲に何らかの結界が張られていると考えて間違い無いだろう。


 ということは、外界から隔絶されたこの場所を、天界政府が見つけ出せる確率はかなり低い。

 なら、自力でここから脱出するには、どうすればいいんだろうか……


 今、ボクは、この無機質な通路の真ん中で、虚な瞳をこちらに向けているギラファスと対峙しながら、相手に気づかれないよう、脱出のための状況確認をしている真っ最中だ。


 それもこれも、会話を重ねたことで少しは打ち解けたと思っていたギラファスの態度が、急変してしまったためだ。


 現在ギラファスは、時を戻してしまったかのように、冷ややかな表情でこちらを見据えている。


 ——『そもそもの事の発端は、王家に霊界人の血が入ったことだ……』——


 抑揚のない、ヒヤリとするようなギラファスのその声で、この場の空気が張り詰めてしまっていた。


「あの時、我輩は、王家の伝承にのっとり、その危険性を回避しようとしたに過ぎなかった。すべては王家の、ひいては天界のことを思っての行動だった」


 ギラファスは、かつての天界の統治者……『王家』に対する自身の思いを語り出した。


 血とか伝承とか……そんな時代錯誤な単語が出てくる辺りから、ギラファスはかなり、封建的ほうけんてきな考えの持ち主なのかもしれない。


 ところで、ボクは、『天界の王女様がギラファスに攫われた』という、大まかな説明しか受けていない。


 だから、細かい事情を知っているていで語るギラファスの話に、半分以上ついていけないでいた。


 王家のことを思っての行動? それって……天界の王女様を攫ったことを言っているのかな?

 伝承が何かは分からないけど、危険性って……?


 つまり、ギラファスは『王家に危険が及ばないように王女様を連れ去った』……って言っているのかな? うーん……


 まるで、攫われた王女様が危険人物みたいに聞こえるんだけど……まさかね……


「王家のため、なんて言ってるけど、それは貴方の独りよがりだわ。レファスは、そんなこと望んでいなかったもの」


 王妃としての記憶が蘇ったアルは、その辺りの事情を知っているようで、ギラファスの話にしっかりと反論している。


 (でも、どうしてレファス様がここで出てくるの?)


 ちょっとした疑問はあるけれど、ここでボクが口を挟むと話の腰を折りそうだから、黙っていることにした。


「我輩の考えは王家のためのものであって、のためのものではない」


 ギラファスの返答は『個人の気持ちは考慮しない』といった、なんとも冷たいものだった。

 だけど、それよりも、ギラファスのその言葉から、驚くべき事実が判明した。


 (え、えぇぇっ!! レファス様って、天界の王様だったの!?)


 かなりの高官だとは思っていたけど……まさか、元・王様だなんて、思いもしなかったよ。


「王家のため、ひいては天界のため、国家存亡に関わる事態に陥らぬよう、あの時、我輩はあえて、汚れ役を買って出たに過ぎん」


「それこそが、独りよがりというものだわ。王家の伝承は知っているけれど、未来のことは誰にも分からないものよ。だからこそ、皆と協力して、見守っていくべきだったのよ」


 衝撃の事実に、ボクが唖然としている間も、アルとギラファスは、お互い引くことはなく、激しい攻防戦を繰り広げていた。


 その内容も、とても王女誘拐に関するものだとは思えないような、物騒な単語が並んでいる。


 こ、国家の存亡!? それが王女誘拐の理由!?

 そんなに、スケールの大きな事態を懸念してのことだったの!?


 ますます、『王女危険人物説』が有力視されるんだけど……


「王妃、……もし、繁栄ではなく、破滅へ傾いたとしたら、貴女は自身の子に対して、決断を下すことはできるのか?」


「っ、それは、……」


 ここで、アルは言葉に詰まってしまった。

 ギラファスは、その隙を逃すことなく、ここぞとばかりに畳み掛けた。


「無理であろう? だから、我輩は連れ去ったのだ。天界人ではなくなるが、生かしてやれるすべがあったからだ」


「だからって、あんなふうにーー」


「しかも、我輩が『天界人の誇り』にかけて、王女の命を保証したにも関わらず、王妃。貴女は、消滅してしまった」


「…………」


 一度均衡が崩れると、アルは、一気にギラファスに押され気味になり、ついには、言葉を失ってしまった。


 うーむ……さすが、やり手の訪問販売員ギラファスだ。あのアルを、やり込めてしまうなんて……


 ところで、ギラファスが言った『天界人の誇り』だけど、どうやら『約束事を頑ななまでに守ろうとする、天界人特有の気質』のことみたいだ。


 なるほど、だから王女の魂を、あんなに必死になって探していたんだ。


 王女に対して、さほど、思い入れがあるように見えなかったギラファスが、王女にこだわった理由が『天界人の誇り』だと分かり、何だか妙に納得してしまった。


「貴女が消滅してしまったことで、レファス様は、長年続いた王家の歴史を『王政の廃止』という形で終わりにしてしまった」


「……当然よ……レファスにすれば、王家の伝承のせいで、私と娘を失ったようなものだもの」


 アルは、憂いを帯びた表情で、ここではない、どこか遠くへと視線を向けた。

 深い悲しみの感情が、ボクの心に伝わってくる……


 あ、そうか……考えたらアル王妃は、出産したばかりの子を、ギラファスに連れ去られたんだ……

 それで、その時のショックで消えてしまった、と……


 で、欠片になって『ボク?』になった……のかな? 信じられないけど……

 それから、ボクの『分身』スキルで、アルは復活した……ってことかな?


 (っ、……アル、……)


 アルの過去を知って、なんとも形容しがたい悲しみを感じてしまい、ボクは、無意識のうちにアルの手を握っていた。


 (……ガーラ……フフッ。大丈夫よ、ありがとう)


 傍から見れば、自分の手を握ったようにしか見えないだろうけど、アルには、ボクの気持ちが伝わったみたいだ。


「貴女が、消滅さえしなければ、レファス様は、王家を途絶えさせるようなことは、しなかったはずだ……」


 ギラファスの、アルの消滅が王家を途絶えさせた原因であるかのような、そんな物言いに、ボクはムッとしてしまった。


 レファスにしてみれば、喜びの絶頂にいただろう時に、ギラファスに子を攫われ、妻を消滅という形で失ったんだ……

 きっと、筆舌に尽くし難いほどの、深い悲しみに見舞われたに違いない。


 その原因が、ギラファスのこだわる『王家の伝承』だというのなら『王家』そのものを、無くしてしまおうと思うに決まってる。


 王家が無くなったことを責めるような、ギラファスの言い方にも腹が立ったけど、この後の、あまりにも自己中心的な発言に、さすがのボクもキレてしまうことになる。


「いや、……今からでも、遅くはないはずだ。レファス様に『王妃の復活』と『王女の件』を持ち掛ければ、『王家の再興』も叶うはず……」


 ギラファスの、その言葉を聞いた瞬間、ボクの頭に一気に血がのぼった。


 同時に、両目が熱を持ったように熱くなった。


「何が再興だっっ! いい加減にしろっ!! さっきから聞いていれば王家、王家って! 何が伝承だよっ! アルが消滅しそうなのも、王女が行方不明になったのも、ましてや王家が無くなったのも、ギラファス!! 全部、あなたのせいじゃないかっ!」


 ボクは、ギラファスに詰め寄ると、その顔の前にビシッと人差し指を突き出しながら言い放った。


 指差した勢いで、レファスから貰ったブレスレットがシャランと音を立てて揺れた。


 王妃モードのアルから一変、急に粗暴な感じで現れたボクとの落差が激しかったのか、ギラファスはギョッとしたように目をくと、ボクの突き出した指先を寄り目になりながら凝視した。


 一喝してもなお、怒りの収まらなかったボクは、キッと目力を込めるとギラファスを再び攻め立てた。


「それに、ボクはアルを呼び出す前に言ったよね!? アルの嫌がることはしないでって! アルは、下界の姫さまが犠牲になるような施術は受けたくないって言っているんだ! もちろん、このままにするつもりはないけれど、あなたにそれを解決する術がないのなら、もうボクたちを解放しろ! そして、約束通り自主するんだ!」


 今までの鬱憤うっぷんを晴らすかのように、ボクは一気に捲し立てた。


 あとは相手ギラファスの出方を待つだけだ。


 フーフーと肩で息をしながらギラファスを睨んでいると、何だか、ギラファスの様子がおかしくなっていることに気がついた。


 ギラファスが、強く目を閉じて、何かと戦っているかのように歯を食いしばっている。


 あ……あれ? もしかして……ショックを受けちゃった?

 ちょっと……強く言いすぎた?……とか……? 


 人に対して、こんなふうに、強気に出たことなんてなかったから、力加減を誤ってしまったのかもしれない。


 少しドキドキしながら、その様子をうかがっていると、ギラファスが急にうつむいて、拳を硬く握りしめたかと思うと、小刻みに震え始めてしまった。


 ボクの前で項垂れて、プルプルと震えているギラファス……


 な、何!? このシチュエーションは!?

 まるで、ボクが、ギラファスをいじめているみたいじゃないか!


 人目の少ない校舎裏で繰り広げられる、『いじめっ子といじめられっ子の構図』みたいになっているんだけど!?

 何だか……なんていうか……その、罪悪感が半端ないんだけど!?


「ガーラ……あなた、いったい宰相ギラファスに何をしたの?」

「な、何って……別に何もしてないよっ!? アルも見てたでしょ?」


 あらぬ疑いをかけられそうになって、ボクは急いで潔白を主張したけれど、なんだろう……

 何故だか、アルにジト目を向けられたような気がした。

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