第39話 ギラファス VS アル&僕①
究極の選択を突きつけられて、ボクはぐらぐらと頭を揺らしながらその場に立ち尽くしていた。
(
どちらを選んでも、必ずどちらかを見捨てることになる。
ボクにはとても選べそうにない。
放心状態になってしまったボクに、ギラファスが淡々とした口調で語りかけてきた。
「我輩は、下界の王女が
ギラファスの話の中にアルが出てきたことで、ボクはショックで散漫となっていた意識を慌てて集中させた。
「だが、その場合、お前の中の
一般的な転生……
それは前世の記憶も人格も、すべて無くしてしまうということで……
「それだと、アルが消えちゃうってことじゃないか!」
「慌てるな、
ボクが、語気を強めて非難の声をあげると、ギラファスに制するように手のひらを向けられ、少し強めの口調で反論されてしまった。
それでも納得できなくて、不満そうな顔をしていたら、ギラファスが仕切り直すかのように咳払いをした。
「……しかし、お前の
ギラファスが、ボクの顔を真っ直ぐに見つめながら、意味ありげに問いかけてくる。
『消滅者』のことも、『欠片』のことも、ボクには全く分からない。
専門外だというのに、『分かっているだろう?』と、当然のように問いかけられても困ってしまう。
「どうって……分からないよ、『分身』で呼び出した時には、既に今の状態だったから……」
「……ったく、無自覚にも程があるだろうに……まあ良い、教えてやろう」
ボクが、少し眉を寄せながブツブツと答えると、ギラファスから、手間のかかるやつだ、とでも言いたげな目を向けられてしまった。
ギラファスは背筋を伸ばすと、一節ずつ強調するようにゆっくりと語り始めた。
「お前は不完全ながらも、消滅者を、復活させることに成功していた、ということだ」
ギラファスは、『これは歴史を揺るがす大発見だ』と言わんばかりに表情を引き締めている。
よく分からないけれど、何か凄いことが起こったってことかな?
ボクが目をパチパチさせていると、今日、何度目かの深いため息をつかれてしまった。
そして一言……
「……もう、よい」
……どうやらギラファスは、ボクに『消滅者理論』について説き聞かせることを諦めてしまったようだ。
確かにボクはその辺の知識はないよ? 基礎から教えていたら時間がかかることも理解できる。
だからといって見切りをつけたかのような態度を取られると、さすがのボクも傷つくんだけど……
「専門的な知識の無いお前に、我輩が一つ、策を提案してやろう」
「て、提案?」
静かにショックを受けていたボクに、ギラファスが色々な説明をすっ飛ばして解決策を提示した。
「お前の
「っ!? それじゃ、やっぱりアルが消えてしまうってことじゃないか!」
思わず大きな声を出してしまった。
結局は、初めに言っていた『姫さまの中にアルを組み込む』って策なんじゃないか!
そんな部品みたいな扱いは絶対にさせない!
「大声を出すな! そこは心配いらん!」
ボクの声が耳に響いたのか、顔を顰めながら片手で耳を押さえたギラファスに逆に叱られてしまった。
ちょっとだけ、体がブルッと震えてしまった……
「細かい理論は割愛するが、先の考えと違って、お前の
ギラファスは説明を大幅に省略しながらもボクの疑問に答えた。
……つまり、アルはアルのままってことなんだよね?
あと、話を聞く限り、ボクはその中には入らないっぽい。
ボクも分身なのに……いいのかな?……まあ、いいか。
一人で勝手に納得していたら、ふと疑問が一つ浮かんできた。
「……ちなみに、姫さまの方はどうなってしまうの?」
今も、館で泣きじゃくっているであろう姫さまのことを思い浮かべながら質問した。
だけど、質問しながらも、なんとなく想像がついてしまっていた。
「大きな波が小さな波を消してしまうように、
「っ!!」
予測していたとはいえ、こうしてハッキリと言葉にして突きつけられると、その衝撃は大きかった。
アルがアルであり続けるためには、きっと、ギラファスの言う通りにしなければならないのだろう。
でも、姫さまを犠牲になんかしたくない。
だからと言って、現状維持というわけにもいかない。
ギラファスの言う通りなら、アルは姫さまの魂に引っ張られ、徐々に吸収されていき、そして……最後には消滅してしまう……
そ、そんなの嫌だっ。
「何とか……何とかならないの? えーっと、あ、そうだ! たとえばボクとアルみたいに共存することはできないの?」
これは、なかなかいいアイデアなんじゃないかな?
そう思って期待の眼差しを向けてみたんだけど……
「それは無理だ。お前と王妃の関係は特別だ」
……けんもほろろ、という感じで否定されてしまった。
「そんな……」
いい考えだと思ったのに……
結局、ギラファスが言っていた通り、どちらかしか選べないのだろうか……
アルはボクにとって無くてはならない存在だ。いなくなるなんて考えられない。
なら、アルを選ぶべきなのかな……だけど……
ボクの胸の中で、フワリと笑っていた姫さまの姿が脳裏に浮かんできて、ボクを悩ませた。
やはり、どちらも選ぶことができず、黙り込んでしまった時だった。
「……別に、何もしてくれなくていいわ」
今まで深く考え込んでいたアルが、突然、口を開いた。
ボクを通して紡がれたその口調が、いつものアルと違って大人びているように感じたのは気のせいだろうか。
ボクの感じた違和感をギラファスも感じ取ったようで、切れ長の鋭い瞳を大きく見開いてこちらを凝視していた。
「私は、このままでいいの。最後の時まで
そう言うと、まるでボクを抱きしめるかのように、そっとその両手を二の腕に回した。
優しく包容するかのようなその振る舞いは、まるで慈愛に満ちた母親のようで……
妹のように思ってきたアルの、この突然の行動に、ボクはただただ戸惑ってしまって言葉が出てこなかった。
「記憶が……戻られたのか?」
「ンフフ、こういうのをショック療法って言うのかしら?」
「…………」
ギラファスが暗闇を進むかのような慎重さで問いかけると、アルは軽い感じでイタズラっぽい笑みを浮かべ、肩をすくめながらその問いに答えた。
一瞬の静寂が辺りを支配したが、気を取り直したらしいギラファスが、アルに向かって言葉を発した。
「アルガーラ妃よ。そもそも我輩は、消滅してしまった貴女を復活させるために、長年に渡りこの研究を続けてきたのだ。ゆえに。王妃には必ず復活のための施術を受けていただく」
「相変わらず頭が硬いのね〜。本人がいいって言ってるんだから構わないのに〜」
言い切る形で話を終えたギラファスに、アルは事の重大さにそぐわない気楽さでその申し出を断った。
「っ、ア、ア……ル? ちょっと待ってよ、そんな大事なこと一人で決めないでよっ。ボクは嫌だからね。このまま何もせずに消滅するのを待つだけなんて!」
今までと違って、何だかしっかり者になったアルに戸惑いながらも、ボクとしての気持ちを訴えた。
アルはボクの言葉を、ただ困ったように微笑みながら聞いているだけで、考えを改めてくれる気はない様子だった。
「下界の王女として転生した貴女の半身は幸いまだ赤子だ。融合による人格消去もさほど問題にならんはずだ」
ギラファスがボクの援護をするかのように、融合による問題点はさほど無いといった旨をアルに伝えた。
それを聞いた瞬間、アルの眼差しがスッと仏像のような半眼になった。
「宰相、……どんなに幼くても自我はあるし記憶も残るのよ。その証拠に、ガーラはあの時のことを覚えているわ」
「…………」
ヒヤリとした空気を漂わせ、ギラファスを見据えながら静かに語るアルの迫力に圧倒されて、ボクもギラファスも無言になってしまった。
アルの語る話の半分ほどは理解できなかったが、この空気感をぶち壊して質問する勇気はボクにはなかった。
「さあ、私とガーラと下界の私を解放してちょうだい! そして宰相、あなたはきちんと罪を償うべきだわ」
凛と立ち、ギラファスに命を下すそのさまは、まさに王妃といった貫禄に溢れている。
そんなアルの後ろで守られるように待機していたが、ふと思った。
えーっと、もしかして……これで一段落つくんじゃないの?
まずは、下界の姫さまに関してだけど、どう見ても、すでに
この
まあ、彼女は天界の王女の魂ではなく、
ちなみに、
うーむ、……
まあ、それはさておき、次に『復活』の話だけど、これは当人のアルが拒否している。
もちろんボクとしては、ままにするつもりはないけれど、今は、ここから脱出して、無事に天界に帰ることの方が重要だ。
最後は、ギラファスが自主してくれればそれで……
ボクがそこまで考えを巡らせた時、無言となっていたギラファスが、おもむろに口を開いた。
「そもそもの事の発端は、王家に霊界人の血が入ったことだ……」
何だか、棘のある物言いに感じてしまうのは、ボクの思い過ごしだろうか……
どうやら、すんなりとはいかない……そんな予感がした。
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