第38話 ギラファスとの直接対決②

 ギラファスの巧みな話術によって、この場の空気が、アルを呼び出す流れになってしまった。


 なんだか騙されているみたいな気もするけど……こうなったら、ボクもアルの身に危険が及ばないように、事前にしっかりとした条件を付けさせてもらうよ!


 ん? 口約束だけだと条件が守られないんじゃないかって?

 まあ、そう思っちゃいそうだけど、でも多分、大丈夫だ!


 特性って言ったらいいのかな?

 天界人は、一度約束したことに対して、それを頑ななまでに守ろうとするところがあるんだよ。


 それはきっと、ギラファスにも当てはまるはずだ。


「呼び出すにあたって条件をつけさせて欲しい! まず、アルの安全を保証すること! それと、下界の姫さまの解放と安全も保証してもらう。あ! もちろんアルのことは譲ったりしないよっ!? あと、この件が終わったらちゃんと自主してほしい。えっと、あとは……と、とにかく! アルの嫌がることはしないって約束して!」


 上目遣いにギラファスを見据えながらキッと目力を込めると、ボクは強気に条件を突きつけた。


「むっ!? そ、そんな目で見ずとも心配いらん!」

「??」


 ボクの『睨み』を受けたギラファスが、なぜかひどく慌てだした。

 ソワソワと落ち着きがなくなり、視線を彷徨わせている……

 ボクの睨みがそんなに怖かったのかな?


「? じゃあ、ちょっと待ってて。まずはアルに説明するから」


 胸に手を当てて精神を集中すると、ボクの中でスヤスヤと眠るアルに向かって優しく呼びかけた。



 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 ——(ギラファス視点)——


 今、危うく『王者の洗礼』を受けてしまうところであった。

 いくら油断していたとはいえ、この我輩をここまで慌てさせるとは……


 『王者の洗礼』は下界人、霊界人はもちろん、天界人ですら『信者』として従わせることのできる『王族特有の能力スキル』だ。


 まさに、選ばれた王者にのみ受け継がれる能力スキルなのだが、そのスキルをこの者が持っていようとは思わなかった。


 それも、擬似体の状態で、しかも、無自覚にその能力スキルを発動した……


 (もしかすると、この者はレファス様をも凌ぐ力を持っているやもしれん。……だとすると、言い聞かせるには少々骨が折れそうだ……)


 我輩は、『欠片』を呼び出すために瞑想に入ったこの者を見つめながら思った。


 (どちらか一つを選べと言ったら、この者はどう出るのだろうか……)



 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇



「アル、ちょっといいかな?」


 ボクの呼びかけに、アルがピクリと反応した。

 アルの意識がどんどん浮上してくる。


 十分覚醒したことを確認してから、ボクは心の中でアルに話しかけた。


 (アル、実は今——)

「クゥ〜、ガーラやっと呼んでくれたのね! さあ、聞かせてもらうわよ! 彼とは、あれからどうなったの!?」


 アルは一つ大きな伸びをすると、待ちかねていたかのように矢継ぎ早にヴァリターとのことを興奮気味に聞いてきた。


 くわぁぁっ、やってしまった!

 一人二役の大いなる独り言を、よりにもよってギラファスの前で披露してしまった!


 きっとギラファスからは、ボクが突然、女子っぽく(女の子だけど……)体をくねらせ出したように見えたことだろう。


「……っ、ア、アル、ちょっと状況確認くらいしてよ……」


 驚愕に目を剥いたギラファスの、その視線が痛い……


「な〜に?……あ、ああっっ!!」


 アルはギラファスと目が合うと、大きな声を上げて、突然、ボクのことを強く抱きしめた。


「!? ア、アル!?」


 アルの感情がこれまでにないほどに昂っている。


 いつもと違うアルのその様子に驚きつつも、冷静になってもらおうと思ったボクは、冗談めかして心の中で必死にアルに呼びかけた。


 (どうしたんだよっ、アル!? 『ナルシストスタイル』になってるよっ!?)

「ガーラのことイジメたら、私が許さないわよっ!!」


 アルは、ボクの言葉が聞こえていないようで、強い口調でギラファスを牽制すると、ボクのことを庇うかのように、壁を走るパイプの影に飛び込んで身を隠した。


 驚いたことに、アルに体の主導権を奪われてしまっていて自由が効かない!?

 こ、こんなことは初めてだ!


「ア、アルッ落ちっ、……また、私からガーラを取り上げるつもりなのっ!?」


 焦りながらも、なだめようとしたボクの声を遮って、アルはギラファスに向かって抗議の声を上げた。


 (と?……取り上げる?)


 意味は分からなかったが、その言葉がなんだか妙に引っかかった……


「……我輩のことが分かるのか?」


 緊張した面持ちでギラファスが問いかけると、アルがはたと動きを止めた。


「あ、……えっと、……私、何言っているんだろ……?」


 アルはそう呟いて体から力を抜くと、深く考え込んでしまった。

 そこでやっと、体の主導権が戻ってきた……


 その事実に少なくない衝撃を覚えなから、ボクはゆっくりと立ち上がり、パイプの影から通路へと戻った。


 その間も、アルの心は不安定に揺れていて……


「ア、アル? 大丈夫? 落ち着くまで、もう一度眠る?」

「それは、やめておいた方がいい。引っ張られて消滅してしまう危険性がある……」

「えっ……?」


 ボクは、大きく見開いた目をギラファスに向けた。


「今のような、不安定な状態で休眠に入ると、安定した欠片の方に吸収されてしまう可能性が高いのだ」


 ギラファスが、消滅者理論に基づいた説明で休眠の危険性を指摘してきた。


 (しょ、消滅……? 吸収……?……あっ、)


 ギラファスの言葉を反芻していたら、アルの状態についてフィオナから聞かされていたことをふと思い出した。


——『アルちゃんはガーラ様に守られていたからこそ、今も存在し続けていられるんだと思います』——


 不意に脳裏に蘇ったその言葉。


 確か、アルの心か弱い部分を、ボクの心逞しい部分で守っていたから消滅を免れていた、的な話だったと思う。


 フィオナが語ったアルの状態が、ギラファスの語る『消滅者の定義』と妙に噛み合っているような気がしてならない……


「お前のスキルで見通すことはできないが、今のその反応で分かった。『消滅者』の欠片で間違いない」


 ギラファスは、確信に満ちた瞳をボクに向けた。


「そう言い切る根拠は、アルが……『またボクを取り上げる』って言ってたことと関係している?」

「…………」


 ボクの質問をどう受け止めたのか、ギラファスは無言になってしまった。


 だけど、今もまだ物思いにふけったままのアルが心配だったボクは、ギラファスのそんな様子には構うことなく言葉を続けた。


「あなたは、アルのさっきの行動について何か心当たりがあるんでしょ? だったら……」

「我輩は昔、王妃……『アルガーラ妃』から王女を奪い取った……」


 ギラファスが無表情のまま、過去の話を簡潔に語った。


「それはレファス様から聞いて知っ……て……」


 そこまで口にしてハッとした。


「ち、ちょっと待って……? そ、それじゃまるで、アルが……アルが、王妃様みたいに……」


 そこで、言葉に詰まってしまった。


 レファスから聞いていた事件のあらまし……

 アルがギラファスに見せたあの言動……

 それを裏付けるギラファス本人の証言……


 その全てが、一つの結論に結びついている気がして……


 視線を彷徨わせているボクに、ギラファスが止めの一言を放った。


「”みたい“ではない。その欠片は王妃本人だ……」


 今日だけで何度目だろう……ボクは、ガンッとした衝撃を受けた。


 (ア、アルが王妃様だって!? で、でもアルはボクの分身体で……)


 そこまで考えて、ギクリとした。

 ついさっき、アルに体の主導権を持っていかれたことを思い出してしまったから……


 (まま、まさか……本当はボクは……ボクの方が……)


 嫌な汗が頬を伝って床に落ちた。


 (『アル』の方が『主人格』で『ボク』の方が『分身体』だったってことぉ!?)


 ボクが思い至った衝撃の事実に、目の前の視界がグルグルと回転し始めた。


「う、うう、嘘だっ……だってボクは……」


 ひどい眩暈で立っているのもやっとのボクに、ギラファスが追い討ちとばかりに……


「それが事実なのだ。受け入れるがいい」


 ……と、言い放った。

 その一言を受けて、ボクは、膝から崩れ落ちてしまった。


 (う、受け入れろ!? ボクの方が『分身体』で、しかも、お、『王妃』だってことを!?)


 新たに突きつけられたこの新事実に、ボクが頭を抱えてうずくまっていたら、ギラファスがやけに真剣な顔で語りかけてきた。


「一つ、お前に、言っておかねばならぬことがある」


 はっきり言って話を聞いていられるような心理状況では無かったが、相手はあのギラファスだ。

 アルが思案に沈んでいる今、ボクが守りを固めていなければどんな危険に見舞われるか分からない。


 (し、しっかりしなきゃっ!)


 ボクは頭を一振りして、無理矢理に思考を切り替えた。


「お前が先に挙げた条件。その中に、どちらか一方しか選べぬモノがある」

「どちらか……一方?」


 ギラファスの言う先の条件とは、ボクがアルを呼び出すにあたってあげた、アレのことで……って、まさか!? それって、アルと下界の姫さまの安全のことなんじゃ!?


「ッ!! そ、そんなのダメだ!」


 カッと目を見開くと、ボクは素早く立ち上がってギラファスに反発した。


「待て。それを判断するに当たって、基本的な知識として、これだけは言っておかなければならん。まずは、我輩の話を聞くがいい」


 ギラファスはボクに向かって、静止するようにその手をかざすと、ボクが静かになるのを待ってから、おもむろに語り出した。


「最初に、『消滅者霊魂』の復活には『消滅者霊魂』の『欠片』が必要だ」


 そう言うと、教授さながらに後ろ手に手を組み、胸を張った姿勢を取った。


「この『欠片』を『核』とするのだが、時折、散らばっていた『霊魂』が自然に集まり、新たな『欠片』を形成することがある」


 突然始まった『消滅者理論』の授業に、ボクは、目をしばたたかせた。

 何だか……話が長くなりそうな予感がする。


「我輩が調べたところ、王妃の『霊魂』の一部が新たな『欠片』を形成していた。現在、その『欠片』は『転生』し別人として生まれ変わっている」


 ……窓辺の暖かな日差しを受けながら、満腹で迎える午後イチの歴史の時間……

 お爺ちゃん先生の、経文を読み上げるかのようなその声に強烈な眠気を覚え、襲いくる睡魔と闘ったあの頃の、授業風景が脳裏によぎる……


「まず、お前の宿している『アル』という『欠片』。これを『核』とすれば、間違いなく『以前の王妃』として復活させられる」


 ギラファスが、ここで一旦話を切ると、ボクをジイィッ……と見つめてきた。

 虚ろな目をしていたボクは、思わずビクッとして背筋を正した。


「だが、その弊害として新たな『欠片』——」

「つ、つまりっ! 結局は、どういうことなの?」


 ダメだ! 全然、頭に入ってこない!


 ますます、専門的な話に突入していきそうな雰囲気を察知して、ボクは急いで話を遮った。


 ギラファスは、話の腰を折られて渋面を作っていたが、諦めたようにため息をつくと、一息に説明した。


「お前の中の欠片アルを核として王妃を復活させると、既に転生している新たな欠片も吸収されてしまうということだ。逆に、このままでは転生済みの新たな欠片の方にお前の中の欠片アルが吸収されてしまうのだ。ちなみに、その新たな欠片というのが下界の王女なのだ」

「!!!!」


 (つ、つまり……必ず、どちらかが消滅してしまうってこと!?)


「さあ、どちらか選ぶが良い。王妃アルか下界の姫か……」


 愕然と立ち尽くしてしまったボクの耳に、選択を迫るギラファスのその声が、やけに重く響いて聞こえた。

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