第37話 ギラファスとの直接対決①

 軽い電子音と共に開かれたラボの二重扉を潜ると、ギラファスがゆったりと壁にもたれかかった姿勢で待ち構えていた……

 しかも、誰かに憑依した姿ではなく、天界人としての姿で……


 ボクは首だけで振り向いた不自然な姿勢で、身じろぎするのも忘れてその人物から目が離せないでいた。


 (な……何でここにいるの?)

「ふ、封印は……?」


 いろいろと言いたいことはあったはずなのに、頭の中が疑問符だらけで、この一言を発するのが精一杯だった。


「見ての通りだ……」


 ギラファスは腕を組んだ姿勢のまま、顎をしゃくるようにしてラボの二重扉を指し示しながらそう答えた。


「え……えぇぇ……それって、いったい……」


 ギラファスの言葉が足りなさ過ぎて、何が何だか分からない。


 ギラファスは今、どういった状況なの?

 アジトで泣いているであろう姫さまは、今どうなっているの?

 そもそも……ここは、どこなんだ!?


 それらの情報が何一つ分からない。そんな状況では迂闊に行動することができない……


 (い、いったい、どうすればっ!?)


 ギラファスが探るような目をこちらに向けていたが、すっかり混乱して固まってしまっていたボクには、その視線の意味について深く考える余裕はなかった。



 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 ——(ギラファス視点)——


 やはり、思った通りだった。

 この者こそが、『封印の鍵』であったのだ。


 (見つけられんはずだ……そもそもの設定から間違っていたのだ)


 それは、王女の魂を直に見たことがある我輩だからこその思い込みだった。


 真っ白な魂にピタリとくっ付いていたオレンジの輝きを放つ『王妃の欠片』。


 その影響を色濃く受けていると推測したからこそ、捜索基準を『女子』に限定してしまったことが、そもそもの間違いだった。


 まさか、男子に転生しているとは思わなかった。

 しかも、これほどまでにLv.を上げているとは……


 元々、高Lv.だったとはいえ、転生期間はヴァリターとほぼ変わらないはずだ。


 ヴァリターは前回の転生でやっとLv.45を越え、ついに天界のスキル『状態異常無効』を魂に刻んでやれるところまで成長した。


 これで封印していた体に戻してやれそうだが、今までの転生期間で上げられたLv.は『10』ほどだ。


 そのことから考えても、この者のLv.上昇率は尋常ではない。


 一体、どのようなやり方をすれば、それほどまでにLv.を上げることができるのか、不思議でならない。


 それにしても、さっきから視線を彷徨わせているこの者は、どうやら現状の理解ができていない様子だ。


 『封印室』の扉を開けられたことの意味を少し考えれば、自身の出自くらいすぐに分かるであろうに……察しが悪い……


 そういうところは、父親に似たのかも知れん。


 (どうやらレファス様は、このことに気が付いておられんようだな……)


 気が付いていれば、下界に派遣などしなかっただろう。


 ならば、気付かれる前に全てを終わらせなければ……



 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇



「……お前に提案がある」


 ギラファスが唐突に、平和的な雰囲気を漂わせながら、そんな言葉を口にした。


 どういう風の吹き回しで、こんな謙虚な態度を見せているのかは分からないけど、これまでのことを考えると信用はできないな……

 きっと、姫さまのスキル解除を迫ってくるだろうから気を付けないと。


「な、何だよ……姫さまのことなら……」

「お前が『我輩の提案』を受け入れるのなら、下界の王女には二度と手出ししないと誓おう」


 ギラファスは意外なほどあっさりと、姫さまから手を引くことを提案してきた。


 あ、あれ? ボクの予想とはまるで違った。

 絶対、スキルの解除を迫られると思っていたのに、あれほど迫っていたスキル解除を諦めてもいいと言っている……


 ……怪しい、怪しすぎる……絶対、何か裏があるような気がしてならないよ。


 何だか嫌な予感がして、ボクはいつでも通路に飛び出せるように身構えた。


「……いったい……何を企んでいるんだ?」

「我輩は長年、消滅者を復活させる研究をしてきた。論理的には可能なそれを実践に移すためには『消滅者の欠片』が必要なのだ」


 ギラファスはそう言うと、ジッとこちらを見つめてきた。

 何だか、全身を隈なく検査されているみたいで、ゾワゾワしてしまった。


 (ゔゔっ? そんな探るような目で見ないでほしいんだけど……)


 体を硬くしながら次の言葉を待っていると、ギラファスがおもむろにボクを指をさしながら言った。


「お前が宿している『その欠片』を我輩に譲れば、下界の王女の安全を保証しよう」

「!!」


 ギラファスのその言葉を聞いた瞬間、ボクは反射的にラボから飛び出していた。


 バックステップで距離を取ると、肩で息をしながらギラファスの提案を頭の中で反芻はんすうした。


 (な、何だって?…… 欠片?……ボクの中の欠片?……を譲る?)


 ギラファスの言う欠片とは、『アル』のことだと直感が告げている。

 なぜ、そう思ってしまったのかは、分からないけど……


「ガッロル・シューハウザー、よく考えてみるのだ。悪い話ではないはずだ」


 ゆっくりと通路に現れたギラファスが、そう言いながら歩み寄ってくる。

 ボクは胸元をギュッと握りしめ、後退りながら大声で叫んだ。


「い、嫌だっっ! ア、アルはボクの一部だ! 譲ったりなんかしない!」

「アル? それはお前が『欠片』につけた名前か?」

「欠片なんて言うなあっ!!」

「なぜ、そこまで感情移入ができるのだ? 自我も意識もないただの欠片に……」


 アルのことを、素材か何かのように言うその物言いが許せなくて、つい、感情的になって怒鳴りつけてしまった。

 そんなボクのことを、ギラファスが軽いため息をつきながら、呆れたような顔で見てくる。


 くっ、何だか子供扱いをされているようで面白くない……って、ん? あれ? ちょっと待って? 今、ギラファスは何て言った?


「?……自我も……意識も……ない?」

「そうだ、何を当たり前なことを…………ハッ!」


 キョトンとしてしまったボクに向かって、淡々と話していたギラファスが、何かに気付いたようにハッと目を見開いた。


「ッ! 待て!!……まさかっ!?」


 そう言ったかと思うと、ギラファスは急に大股にボクに歩み寄って、一気にその距離を詰めてきた。


 その予想外の行動に驚いたボクは、後退って距離を取ろうとしたのだが、目の前までやって来たギラファスに両肩をガシッと掴まれてしまった。そして……


「お前の欠片には意識があるというのか!?」

「ゔっ!?」


 驚いたような、ひどく興奮しているような、……そんな感情を剥き出しにしたギラファスに詰め寄られてしまった。


 この時のギラファスは、特に『冷酷』という感じではなかった。


 だというのに、ボクは、目の前で感情をむき出しにしたギラファスを見た途端、どういうわけか過去のトラウマを刺激され、恐怖の記憶がフラッシュバックしてしまった。


 目の前が真っ暗になり、そこから現れた巨大な手によって鷲掴みにされる自分の姿を幻視した。


「う、あ、あぁぁっ……」


 これまでとは、比べ物にならないほどの恐怖に襲われ、体がガクガクと震えだしてしまい……


 そんなボクの異変に気が付いたのか、肩を掴んでいたギラファスの手の力が少し緩んだ。


 ボクは急いで体を捻ってその手を振り解くと、素早く飛び退しさって距離を取った。


「……覚えておるのか?」


 震える体を何とかしようと腕を摩っていたら、ギラファスにそんなふうに問いかけられた。


「…………」


 ギラファスが硬い表情で言ったが、何のことかは分からない。

 かと言って、今、について、尋ね返したりするのは違う気がして、ボクは無言を貫くことにした。


 少しの沈黙の後、真顔に戻ったギラファスが仕切り直すかのように、欠片アルについて尋ねてきた。


「……改めて問う、お前に宿った欠片は意思疎通が可能なのか?」


 そうギラファスに問いかけられて、ボクは、はたと気がついた。


 冷静に考えたらアルはスキルで呼び出したボクの『分身』だ。

 ボクはどうして、アルのことを欠片だと思い込んでしまったんだろう……


 とにかく、ボクが過剰反応したそのせいで、ギラファスはアルに強い関心を示してしまっている。

 まずは、そのことをきちんと説明して、その誤解を解かないといけない。


「あの、さっきは紛らわしい反応しちゃったけど、アルはボクがスキルを使って呼び出した『分身体』なんだ。だからその、アルは、あなたの言う欠片?なんかじゃない……と、思う……」


 話しているうちに、だんだん自信がなくなってきて、少し歯切れの悪い言い方になってしまった。


 何故なら、一般的な分身体とは一線を画すアルの存在は、やはりギラファスのいう通り、消滅者の欠片のような気がしてならない。


 だからなのか、嘘をついたわけではないのに、何だか隠し事をしているような落ち着かない気持ちになってしまった。


「分身……なれば一度呼び出してみよ。お前が言うように、それが本当に『分身』か『欠片』か判断してやろう」


 ギラファスはそう言って、今度は言葉巧みにボクのことを追い詰めにかかりだした。


 アルのことを諦めてもらうために分身体だって話したのに、なぜか呼び出す方向に話が進んでいる……


 (お、おかしいな? 逃げ場が無くなっているような気がする……)


 思わず小首を傾げて考えて……そして、ハッと気が付いた。


 (そうだっ! ボクは『話術』のLv.が低いんだった!! こ、このままでは、ギラファスのいいようにされてしまうっ)


 過去生で、自宅にやって来た訪問販売員に、必要のない布団やら健康食品を売りつけられた記憶が蘇る……


 ギュッと目を瞑ると、ボクは声が震えそうになるのを必死に堪えながら訴えた。


「悪いけどっ、ボクは、アルのことを素材のように思っているあなたとは、合わせたくないんだっ!」


 ボクには、この状況を回避できるような話術の力は無い。

 だから、思いの丈をそのままぶつけてみた。


 アルは、ただでさえ不安定なところがあるのに、ギラファスと対面させるだなんて、そんなことさせられない!


「まったく面倒な……我輩は、駄々をこねる子供を諭してやるような性分ではないというのに……」


 ギラファスは深いため息をつくと、物凄くめんどくさそうに顔をしかめながら呟いた。


 そして、厳しい顔つきになると恐ろしいことを言い出した。


「良いか? もし、お前が大事にしている『アル』という『分身体』が『欠片』であった場合、このままでは近い将来、本当の意味で『消滅』してしまうのだ」

「!!」


 ギラファスが言うその『消滅』発言に、ボクは衝撃を受けた。

 だって心当たりがありすぎる……


 アルは先日、存在感が薄れかけたばかりだ。

 あの時は何とか呼び戻すことができたけど、そうなった原因は未だに分かっていない。

 その後も不安定な時があったし……


 サァー、とボクの顔から血の気が引いた。

 心を読まれないためには、平然としていなければならないってことは分かっているけれど、アルのことを思うとどうしても取り繕うことができなかった。


「その様子では心当たりがあるのだろう? 『分身体』なら何も問題はない……だが『欠片』なら、すぐにでも処置しなければ手遅れになってしまうぞ?」


 動揺も露わなボクに対して、ギラファスが最後の一押しとばかりに語りかけてくる。


 (て、手遅れ!? それは、アルが『消滅』して行くさまを為す術もなく見送ることになるってこと!?)


「い、嫌だ…… アルが消えてしまうなんて……」


 ボクは青い顔を隠すようにうつむくと、拳を握りしめて呟いた。


「だから、さっきから言っておるだろう? もしもの時は、我輩が処置をしてやると。さあ、早く呼び出してみるのだ」

「ゔっ……」


 断るための言い訳が出てこない。もう、完全に呼び出す流れになってしまっている……

 どうして、こうなってしまったんだろう? 


 (お……おかしいな? 気を付けていたはずなのに……はっ!? ギ、ギラファスと訪問販売員の姿が被って見える…… な、何で?)


 ボクは思わず小首を傾げてしまった。

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