第36話 誘拐に次ぐ誘拐で大変な目に遭いました③

 ボクは今、古い洋館の廊下を複数の教団員に取り囲まれて、追い立てられるように歩かされている。


 憂鬱ゆううつなボクの気持ちとは裏腹に、初夏の空は晴れやかに澄み渡り、眩い陽の光が元は真紅であっただろう廊下のカーペットを照らしていた。


 歩みを進めるたびに、色褪せたカーペットから舞い上がったホコリが陽の光に照らされ、キラキラと光って見える。


 (うわっ、綺麗だけど汚いな……)


 完全防御パーフェクトバリアがあるから大丈夫だけど、気分は良くないや。


 そんなことを考えながら、光の差し込んでくる窓に顔を向けた。


 チラリと窓の外を伺っただけで、ボクを取り囲む教団員たちが警戒の色を強める。


 前回アジトに潜入した時と違い、遥かに統制の取れた動きを見せる教団員たちには、とても手刀を仕掛けるような隙がない。


 以前のように闇に紛れて制圧することもできず、かといって姫さまを残して逃げ出すこともできないし。


 なにより、背後から受けるギラファスの圧が凄くて……迂闊に行動できないよ。


 だからといって、姫さまにかけた完全防御パーフェクトバリアを解くつもりはもちろん無い!


 にも関わらず、ボクが大人しく従っているのはなぜかって?

 ふふっ、それは姫さまを保護するためなのだっ!


 姫さまに触れられさえすれば無駄な争いなんかはせずに、ボクはこの場から全力で逃げ出すつもりでいる。


 名付けて『姫さまを連れてトンズラ大作戦』だ!


 ……にしても、階上へ上がったり、階下へ降りたりと、さっきから複雑に進路をとっていて、この廊下を歩くのはもう三度目だ。


 時間稼ぎ? それとも、何か他に意味でもあるのかな……?

 まっ、最終的には姫さまの元へ行くんだから問題ない……よね?


 そう判断したボクは、このまま先導する教団員の後ろについて進むことにした。


 ほんの少しだけ、不安を感じながら……



 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 無言のまま、大きな屋敷の中を上がったり下りたりと複雑に歩かされ、異質な感じのする大扉の前までやって来た。


 中から、心配になるほど泣きじゃくる姫さまの声が聞こえてくる。


「さあ、そこに手のひらを当ててみるがいい」


 ギラファスが、ドアノブの脇にある四角い枠を顎で指し示した。

 そこは一見すると大扉に施された装飾にしか見えない。

 だが、これは……


「ボクがこのパネルに触れたとしても、エラーになってしまうだけなんじゃないの?」


 これは、魂認証機能付きの自動扉のタッチパネルだ。

 なので、予め登録している人物以外は扉を開けることができないはずだ。


「……いいから触れて見るのだ」


 (うっ、そんなに睨まなくても……)


 ギラファスが、挑むような鋭い目でこちらを凝視してきた。

 やっぱりギラファスの、この視線には慣れそうもない。


 二の腕に立った鳥肌を摩りながら、ボクは大扉へと近づいた。


 何故だかギラファスは、ボクにこのパネルを触れさせたいみたいだけど、その目的が今ひとつ分からない。

 このタイプの扉は一度エラーが出ると、しばらくの間、ドアロックがかかってしまうはずなのに。


 (こんなことで時間を無駄にしたくないのに……)


 そう思いながら、半ばヤケクソ気味にバンッと音がするほどの勢いで、パネルに右の手のひらを押し当てた。すると……


 不意に、ブンッという機器の作動音と馴染み深い感覚がボクを包み込んだ。

 それは、霊界でボクがよく利用する移動手段の……


 (てっ、転移ゲート!?)


 しまった、と思う間も無く、ボクはどこかへと飛ばされてしまっていた。



 ◇◆◇◆◇



 周囲の景色がガラリと変わった。


 どことなく閉塞感の漂うその場所で、最初に目に入ってきたのは、船などでよく見かける特徴的な丸い窓だった。

 そして、たった今、ボクの目の前に現れたその船窓は、信じられないような景色を映し出していた。


「ええっ! う、嘘!?」


 遥か彼方に、弱々しく瞬く小さな星を確認することができる。


 慌てて駆け寄って覗き込むようにして見た外の景色。それは……漆黒の闇が広がる宇宙空間だった。


 慌てて部屋?の中に視線を戻して周囲を見回した。


 曲線アーチを描きながら左右に伸びる金属質な通路には、魂認証機能のついた自動扉がズラリと並んでいた。


 その覗き窓から室内を覗くと、培養カプセルや用途不明の装置などが多数あって、ここが何かしらの実験施設だということが分かる。


 宇宙空間に浮かんだ、こんなドーナツ状の構造物、といえばひとつしかない……

 そう、ここは、どこからどう見ても、何らかの研究のために作られた『宇宙ステーション』だ。


 中世風の館から、いきなり近未来的な宇宙ステーションに舞台が変わってしまって……ボクはすっかり面食らってしまった。


 (あれっ? というか、さっきまで聞こえていた姫さまの泣き声がまったく聞こえない!?)


「っ、どういうこと!? 姫さまの所へ行くんじゃなかったのか!?」


 ギラファスに対するボクの叫び声が宇宙ステーションの通路に虚しく響き渡った。


 何かしらの反応を求めて、神経を研ぎ澄ませ、耳をそばだてて気配を探ってみたが、やはり、ここには誰もいないみたいで……


 こんな宇宙空間に、ボクを放り出すギラファスの意図が分からない。


 (姫さまにかけたスキルを解除させるためにボクを連れて来たんじゃなかったの?)


 そう思ったが、そういえば館の中でギラファスがずっとボクのことを背後から探っていたことを思い出した。


 完全防御パーフェクトバリアがあるから大丈夫だと思っていたけれど、スキルの力が及ばない別の部分から、ギラファスに何かを悟られてしまったのかもしれない。


 (もしかして、ボクの考えていた『姫さまを連れてトンズラ大作戦』を読まれてしまったんじゃ……)


 だから……なのか? 姫さまから引き離すために、ボクを……ここへ?


——『勘違いするな……このまま放置していれば飢えていずれ魂が体から離れる。こちらはその時まで待つこともできるのだぞ?』——


 不意に思い出されたギラファスの言葉が、鋭い刃のようにボクの心に突き刺さった。


 (そ、そんな……)


 ショックで足から力が抜けてしまって、ボクはその場にペタンとへたり込んでしまった。



 ◇◆◇◆◇



 しばらくの間、呆然としながら冷たい通路に座り込んでいたが、いつまでもこうしているわけにはいかない。


 早く館へ戻って姫さまを保護しなくっちゃ……今、ボクがこうしている間にも、どんな扱いを受けているか分からない!


「しっかりしろ! 帰りのゲートを探すんだ!」


 パンッと両手で頬を叩いて自分自身に発破を掛けると、ボクは気合を入れて立ち上がった。よしっ!


 ボクは改めて周囲を観察する。


 (まず、無機質な通路にラボ特有の機密性の高い二重扉が続いていて……うん、電気系統こそ生きているけど、まったく生活感を感じない……)


 そんな施設内の様子から、人気ひとけが無くなって久しいことが窺えた。


 きっとここは、ゴーストタウンならぬゴーストステーションといった、誰からも忘れ去られた場所なのだろう。


 船窓から見た限りでは、付近には惑星どころか、小隕石一つなかった。

 こんな所で大人しくしていても、誰も救助には来てくれないだろう。


 (なんとか自力で脱出しないと……)


 とはいえ自力で脱出するにしても、まずはここがどういった場所なのかを調べる必要がある。

 ということで、船内を探索してみることにした。


 何か使えるものがあるかもしれないしね。


 通路を進みながら、ラボのタッチパネルをダメ元で触ってみた。

 当然の結果、軽いブザー音と共にエラー表示が現れて扉にロックがかかってしまった。


 (うん、まあ、そうだよね……)


 予想通りの反応に納得し、それでもちょっと落胆しながらも、『さっきみたいな転移ゲートの仕掛けがあるかもしれない』と、自分を励ましながら次の扉に向かう。


 パネルに触れると、少し遅れて鳴るエラー音。


 そんなロスタイムも無駄にしたくなくて、エラー音を待つことなく、次の扉へと向かい、次々とタッチパネルに手を当てた。


 背後から、追いかけてくるように響くエラー音を聞きなから、ふと思う。


 (これ、……ピンポンダッシュに似てない?)


 ピンポンダッシュハ犯罪デス……

 えっと……Lv.下がったりしないよね?


 通路に並んだ自動扉に次々と触り、一定のリズムを保ったまま背後を追いかけてくるブザー音を聞いていたが、半分を過ぎた辺りで、そのリズムが突然乱れた。


 ポーン、という入室を許可する優しい電子音と、シュンッ、と摩擦なく軽やかに開く扉の音が後ろからボクを呼び止める。


 振り返った先にはポッカリと口を開いた扉が!!


 (!? や、やった〜!!)


 『ここには誰もいない』……そんな先入観もあって、よく考えもせず、ボクはその部屋の中に飛び込んでしまった。


「やっと来たか、待ちくたびれたぞ」

「ウヒャッ!?」


 室内に入るなり、すぐ傍から声を掛けられて体が跳ねた。


 (け、気配を全く感じなかった……)


 だけど、こんなふうに気配を隠すことに長けた人物を、ボクは一人知っている。


 グギギギッ、とぎこちない動きで横を見ると、紫色の髪をした人物と目が合った。


 “冷たい眼差しをした神経質そうな壮年の男性”が、腕を組み、壁にもたれた姿勢でこちらを見ている。


「ギ、ギラファス……な、なんで……」


 3Dホログラム装置で見た、天界人姿のギラファスがそこにいた。

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