第35話 誘拐に次ぐ誘拐で大変な目に遭いました②

 ——(ギラファス視点)——


 あの頃と違い、すっかり古ぼけてしまったこの館。

 保護魔法をかけているにもかかわらず、これほどの傷みが生じるほどの歳月が過ぎてしまった、という証拠だ。


 そんな館を見るたびに、我輩は無為に時間を過ごしてしまったのではないかという焦燥感に駆られる。


 しかし、今度こそは間違い無いと信じたい。なぜなら……該当する魂はこれで最後なのだから……

 だが、もし違っていたら、その時は……いや、どちらにしても、これで……やっと終わらせることができる。


 新人天使を追い立てるようにして、我輩はルアト王国の王女がいる部屋へと向かう。


 先程から、新人天使は廊下を進みながらも窓の外をチラチラと見ているが、どうやら救援がやって来るのを待っているようだ。

 しかし、残念ながら既に対策済みだ。いくら天界政府といえどもこの場所を見つけ出すことは叶わぬだろう。


 (それにしても……)


 改めて、前を歩かせている新人天使……ガッロル・シューハウザーを見つめた。


 (この者はいったい何者なのだ?……)


 我輩でも解析できぬ高度な防御スキルを操り、下界の一部分を聖域化してしまうほどの神気を有している。


 (これが覚醒したばかりの者だと? とても信じられん……)


 少なくとも以前から……前世の時点から高Lv.であったことは明白だ。

 で、あるにも関わらず、我輩の『検索サーチ』には引っかからなかった。


 今も『鑑定』を試みているのだが、王女と同じスキルを自身にも使っているようで、靄がかかったようにハッキリせず、その正体を見破ることができない。


 我輩は『鑑定』を諦め、改めてその後ろ姿をしげしげと眺めた。


 見れば見るほど、不思議な雰囲気を漂わせている……


 それに、この者は何とも独特なオーラを放っており、眩い白銀の光の中にオレンジ色の光がチラチラと瞬いて……二種類の気配、とでもいうのだろうか?


 まるで一つの体に二人の魂が宿っているかのような……


 窓の外を見やるガッロル・シューハウザーの横顔を見ていたら、ふと、妙な既視感を覚えた。


 (何だ……?)


 少し考えて思い出した。

 その者は、今よりはるか昔、我輩が封印される前の記憶の中に存在していた。



 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 王妃が精神のバランスを崩して消滅してしまったと聞いたのは、王女を下界の館に連れ帰った直後だった。


 まさか、消滅してしまうとは思ってもみなかったが、それは王妃の精神力の弱さゆえ起こったこと。

 やはりあの者は王妃の器ではなかったのだ。

 よって、王妃の消滅に関しては我輩の預かり知らぬことだ。


 そう思っていたのだが……


「なっ!? 何ということを!?」


 王女をその胸に抱いた妻が、悲鳴に似た声で叫んだ。


「出産直後の母親から赤子を奪い取っていらしたのですか!?」


 そう叫ぶと、ハラハラと涙を流し始めた。


「何をそこまで悲しむことがある? 我輩は、命まで奪うつもりは無いと告げてきた。勝手に消滅してしまった王妃個人の問題であろう?」

「……何を……何をおっしゃっているのですか……?」


 我輩の言葉にサッと顔色を変えた妻が、迫るような低い声を出した。


 いつも従順な態度を崩さなかった妻が、この時、初めて我輩に不満の感情をぶつけてきた。

 涙の跡の残る顔で睨む姿は、名状しがたい迫力に満ちている。


「母と子には切っても切れない繋がりがあるのです! ましてや出産直後ならと言っても過言ではありません!」


 強い口調で告げられて、そういうものかと知識として頭の中に入れた。


「きっと王妃様は自身の身を二つに引き割かれるほどの苦痛、いえ……それ以上の苦痛であったことでしょう……」


 再び涙を流し始めた妻を、黙って見つめながら我輩は考える。


 妻が言うように『一心同体』というのなら、『命まで奪うつもりは無い』と告げた言葉は王妃にも当てはまることになり、我輩の発言が嘘になってしまう。


「……王妃に関しては我輩が何とかしよう……」


 そう告げると、ハッとしたように顔を上げた妻が期待に満ちた熱い眼差しを向けてきた。


 我輩の研究で、最近分かったことがある。


 それは、一般的に『消滅』と呼ばれているこの現象が、消えて無くなったわけではないということだ。

 単純に言えば、この世界全体に広がってしまった状態になっているのだ。


 だから、ほんの少しの手がかりさえあれば、理論的には元に戻せるはずだ。


「だが、王女の件は別だ。ヴァリターと同じように体は『封印』する」


 期待の眼差しを向ける妻に、釘を刺すように我輩は告げた。

 途端に悲しみの表情を浮かべた妻へ向け、言葉を続ける。


「異種族の間に生まれた子は肉体と魂のバランスが悪い。自身の神気に当てられて暴走状態になることはお前も知っているだろう?」


 我輩との間に生まれた息子のヴァリターは、『天界人の体』に『下界人の魂』を持って生まれてきた。


 幼少期は良かったのだが、思春期を迎える頃、その言動に変化が見え始めた。

 年齢的なものと重なっていたため発見が遅れてしまい、気づいた時にはヴァリターは下界を崩壊寸前の状態にまで追いやっていた。


 急いで修繕、修復作業を行い事なきを得たが、ヴァリターをこのままにしておくこともできず、『霊魂分離スキル』を使って魂を抜き出した。

 そして体を封印し、暴走してしまった魂を我輩の神気で上書きした後、霊界へと送り転生させた。


 このままでは、王女もきっと同じように暴走してしまうことだろう。


「で、ですが、まだ生まれたばかりだというのに……せめて数年だけでも一緒に過ごさせてあげては?」


 妻が、王女を慈しむように見つめながら言った。


「それは、ただ問題の先送りをしているだけに過ぎぬ。それに処置が遅れれば暴走してしまう危険性も増す。そうなれば手が付けられん」


 『天界人我輩』と『下界人』の間に生まれたヴァリターでさえ、下界を危機に陥れるほどの力がある。


 だというのに、『王族の血を引く王女』が暴走となると、どうなってしまうか分からない。

 下手をすると、天界が無くなってしまいかねない。


 だから迅速に『霊魂分離処理』して『下界人』として転生させるのが一番なのだ。


「ならば、そのことを正直におっしゃって、王女様が暴走しないように気を付けて差し上げてはいかがですか?」


 妻は、天界の医療チームに任せてみてはどうかと提案してきた。

 確かに、そうすれば暴走を防ぐことができるかもしれない。


 しかし、……そういうことではないのだ。


「我輩は、そもそも王家に霊界人の血が入ることを良しとしていない。今回のことは、そのきっかけに過ぎん」

「そんな……」


 偏見に満ちた発言に妻はショックを受けたかもしれないが、王家には古くから伝わる伝承がある。


 その内容は『必ず身分と血統が釣り合う者を王妃に迎えるべし』というものだ。

 続きの文言には『さもなくば、天界は破滅か、大いなる繁栄か、どちらかの道を選ぶことになるだろう』となっている。


 古臭い伝説じみた伝承だが、古くから伝わるものには何かしら理由があるはずだ。

 なので、そんな二択の賭けに出るような真似をする者など、今まで誰もいなかったのだ。


 しかし、レファス様はその伝承を破り、現在の王妃と結婚した。


 開かれた王室といった印象を与えることができたおかげか、二人の婚姻は快く国民に受け入れられた。

 そんな折、タイミングの悪いことに、我輩はちょうどヴァリターのことで手一杯になっており、二人の婚姻を阻止し切れなかったのだ。

 

「我輩は王女の体を封印する準備に取り掛かる……良いな?」

「…………」


 我輩は、苦しそうな表情で王女を見つめる妻に言葉をかけた。

 妻の返事は無かったが、我輩は構わず三階の角部屋へと向かった。



 ◇◆◇◆◇



 『王女専用の封印室』を作成設定し終わった我輩は、王女の世話をしているであろう妻を探して館の中を歩き回った。


 (館の中に気配を感じない……もしや表に出たのか?)


 今、我輩は天界から追われる立場である。

 だから、館の外には出ないよう言い聞かせていたのだが……


 (いったい、何を考えておるのだ。使徒たちに見つかったら霊界送りにされてしまうぞ)


 心の中でブツブツと文句を言いながらも、二階の窓から表の庭園の様子を伺った。


 そこで目に入ってきたものは、王女を抱いて自らの足で結界の外へと向かう妻と、臨戦体制をとる天界の使徒たちの姿であった。


「何をしておる!! 早く館の中へ戻れ!」


 壊れんばかりの勢いで窓を開けると、大声で妻を呼び止めた。

 その我輩の声に、ゆっくりと振り返った妻が寂しそうな顔でこちらを仰ぎ見た。


「あなた……私はやはり封印は反対です。ですので、使徒の皆様に王妃様を救い出せることをお伝えして、あなたの罪を軽くしてもらえるよう頼んでみます」


 そう言うと、妻はこちらに背を向け、臨戦体制の使徒たちに向かって再び歩き始めてしまった。


「ま、待てっ! 彼奴らは命じられた通りにしか行動せぬ。交渉は無意味だ!」


 使徒たちは、あるじの言葉には忠実だが融通が効かない。


 仮に『王女救出のためなら手段は問わない』と言われていれば、たとえ降伏したとしても攻撃の手を緩めることはない。


 階段を使っていては間に合わない!


 我輩は窓枠に足をかけ、勢いよく外へ飛び出すと庭園へと降り立った。

 追いつかれてしまうと思ったのか、妻が小走りになった。


「待て! 待たぬか!」


 結界の効力で使徒たちからは、こちらを認識することはできない。

 しかし気配は感じるらしく、奴等はますます緊張感を高め出した。


 我輩が妻の腕を取るのと、妻が結界の外に足を踏み出すタイミングが重なった。


 いきなり目の前に現れた妻に向かって、緊張感を高めていた使徒の一人が反射的に攻撃を仕掛けた。


「い、いかん!」


 その腕を引き、結界の中へと連れ戻し……いや、連れ戻そうとした。


 踏ん張って抗いさえしなければ、かわせていた攻撃。

 その攻撃を受けてしまった妻が、糸の切れた人形のようにその場にくずおれた。


「王女様だ! 急いで保護しろ!」


 一番近くにいた使徒が、痛みに震える妻の腕の中から王女を強引に奪い取った。


 妻の腕から、無理やり王女を奪還する使徒を目の当たりにし、怒りで頭が真っ白になった。

 だが、同時に奇妙な既視感を感じてもいた。


「貴様ら!!」


 我輩は結界から躍り出ると容赦なく力を振るった……



 ◇◆◇◆◇



 それから後の記憶は曖昧で、気がついた時には結界に包まれた館以外、何も無くなってしまっていた。


 宇宙空間の中、惑星のようにポツンと浮かんだ館……

 我輩の腕の中には、ビチビチと激しく暴れる魂……


 薄っすらとだが、王女に向かって『霊魂分離スキル』を使った記憶がある。


——『母と子には切っても切れない繋がりがあるのです! ましてや出産直後ならと言っても過言ではありません!』——


 妻が言ったように、王女の魂には王妃の魂の欠片が宿っていた。


 (……そうだ、……王妃を元に戻すのに、この欠片が必要だったな……)


 ぼんやりとそんなことを考えながら、我輩は視線を館へ向けた。

 前庭には、霊界へと旅立ってしまった妻が横たわっている。


 (そうか……先ほど感じた既視感は……)


 膝を突き、痛みに震えながら王女を抱いていた妻の姿が王妃の姿と重なって見えた。

 そして、妻の腕から乱雑に王女を奪い取った使徒のその姿が自分の姿に変わる。


 あの使徒と我輩は似ていたのだ……

 周辺の惑星を消滅させるほど怒りを感じたあの行為を、我輩もしていたのか……


 横たわる妻の傍に膝をつくとそっと話しかけた。


「王妃のことは我輩が責任を持ってなんとかする。……モリー、それまで……我輩が迎えに行くまで、霊界そちらで待っておれ……」


 そう言って立ち上がると、我輩は世界に広がってしまった王妃を元に戻すべく、館の三階……封印室のある作業部屋へと向かった。


 早速、王女の魂から王妃の欠片を剥ぎ取ろうと手を伸ばす。


 途端に王女の魂は、今までにないほどに激しく暴れ始めたかと思うと、我輩めがけてひねりを効かせた体当たりを仕掛けてきた。

 とっさに身を引いて躱したが、逆にそのことで顎先に攻撃を受けてしまうことになってしまった。


 掠めるように顎先に入ったその体当たりは、我輩の脳を激しく揺さぶった……

 その結果、我輩は見事に意識を刈り取られてしまった。


 我輩が、『王女専用の封印室』の中で意識を取り戻したその時には、王女の魂はどこにも見えなくなってしまっていた。



 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 前を歩かせていたガッロル・シューハウザーの横顔を見て、やっと気が付いた。

 記憶の中の人物よりかなり幼いが、この者は『消滅してしまった王妃』にそっくりなのだ。

 何故、今まで気が付かなかったのかと不思議に思うほどだ。


 この者が依代よりしろとして使っている擬似体だが、これは魂の本質に近い姿になる性質がある。

 そのことから、この者が王妃の魂と何かしら、ゆかりがあるのではないかと思えてならない。

 もちろん、他人の空似という可能性の方が大きいのだが……


 我輩は改めて、このガッロル・シューハウザーという人物のことを考えてみる。


 高度な防御スキルを操り、下界を聖域と化してしまうほどの神気を有し、高Lv.者であり、二種類の気配を漂わせている……


『…………この者を『封印の間』へと誘導するのだ』

『……御意にございます』


 スキル『以心伝心テレパシー』で命令を下すと、暴走者信者たちは余計な詮索をすることなく、素直に『封印の間』へと至る順路を辿りだした。

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