第32話 予想外の人が現れました②
仮死状態……そうフィオナから告げられて、ヴァリターの置かれたあまりに危うい状況に、ボクは大きな衝撃を受けてしまった。
(そんな! それじゃ『生きている』って言っても、死の一歩手前ってことで、時間の問題ってことで……こ、このままじゃ……一体、どうしたら……)
ボクが、グルグルと終わりのない思考の渦に飲み込まれそうになった時……
「俺は、ガッロル様と共にいられるのなら気にしない」
仮死状態の宣告を受けた当人であるヴァリターが、まったりとした様子で、平然とそんな発言をした。
「いやいや! そんな呑気なこと言っている場合じゃ……」
ボクはそう言いながら、慌てて隣に座るヴァリターをバッと仰ぎ見た。
するとヴァリターは場違いなほど、とてもくつろいだ表情でボクのことをじっと見つめていて……その真っ直ぐな視線に、思わずドギマギしてしまった。
で、そのうち自分でもよく分からない羞恥心に襲われてしまって……
赤面して俯いてしまったそんなボクに構うことなく、ヴァリターはボクの肩を抱き寄せると、ボクの頭の上に顎を乗せ、甘えるような雰囲気を醸し出しながらボクに寄りかかってきた。
「はわわっ、……ちょ、ちょっと、ヴァリター」
ボクをすっぽりと包み込む形で、ボクに体を預けてくるヴァリター。
その様は、まるで、かまって欲しくて主人にちょっかいをかける大型犬のようで……
(あ、あれ、……な、何だろ?……ちょっと可愛……いかも?…………って、ハッ! い、いやいや、そうじゃない! こんな時に、なに考えているんだよ、ボクはっ!)
ヴァリターが醸し出す不思議な雰囲気に、思わず流されそうになってしまった……
ボクは、急いで思考を元に戻すと……
「ま、待ってヴァリター、まずはフィオナさんの話を聞かないと……」
そう言って、今度は『拒絶』にならないよう十分気をつけながら、このまま『甘えモード』に突入しそうなヴァリターを優しく
すると、ヴァリターはちょっと考える様子を見せてから、素直に頭上から離れてくれた。
だけど、ボクの肩には手を回したままで……
うっくぅ……こ、これ以上は、離れてくれなさそうだ。
「いえ、どうぞ私に構わず続けて下さいっ!……っと、言いたいところですが、……少し急がなければなりません……」
フィオナは一瞬、その瞳を煌めかせながらそう言いかけたが、すぐ、残念そうな表情を浮かべると取り消しの言葉を告げてきた。
フィオナもアルと同じで、こういった展開に目がないってことは昨日の一件でよく分かった。
それなのに先を急ぐということは……それほど『時間が無い』ということなんだろう。
「はい、お願いします。続けてください」
肩に手が回されたままだったけど、ボクは背筋を正してフィオナの話に耳を傾けた。
「先ほども言いましたが、ヴァリター君は、就寝中に受けたスキルの効果によって、
なるほど、霊界到着がやたらと早いと思ったら、これは
「残された体に対して攻撃の痕跡が無いことからも、犯人は『危害を加える』というより『霊界に魂を送る』ことが目的だったのではと考えられます」
「……霊界に? 一体……何のために……」
「犯人の目的は今ひとつ分かりませんが、現在、下界では容疑者の洗い出し作業を行なっております」
ボクの質問とも独り言ともつかないような小さな呟きに、フィオナはきちんと返事をしてくれた。
しかも、既に容疑者を調査中らしい。
この短時間の間に、ここまで手際よく業務をこなすなんて、さすがはフィオナさん! 仕事にそつが無い!
「続いて、ヴァリター君の様子がおかしくなった原因ですが、こちらは、ガーラ様の神気によって『暴走状態』に陥ったことが原因かと思われます」
「エッ……?……?」
サラリ、と告げられたフィオナの話に、何を聞かされたのか頭がついていかなかった。
一泊の後、徐々に染み込んできたその情報に、ボクは……
「っ、そんなはずありませんよ! だって、昨日まで普通だったじゃないですか! フィオナさんも一緒だったから知っているでしょ!?」
……と、つい、大きな声を出してし反論してしまった。
昨日、神殿まで一緒に来て、見送りまでしてくれたヴァリターが暴走なんて!
「ええ、確かにヴァリター君は、ガーラ様の一番近くで、聖域と化すほどの神気を浴びながらも、
正常性を認めながらも、何だか含みのある言い方をしているのが気になった。
「だったら何で……」
「彼が正常でいられたのは『状態異常無効』のスキルを持っていた
フィオナは、ヴァリターの
「ヴァリターが、そのスキルを持ってることは知ってます。下界では、それで助けてもらいましたから。だから、なおさら暴走なんて考えられません」
転生課のランスがそうだったように、状態異常無効がある限り、ヴァリターは神気の影響は受けないはずだ。
そう思っていたのだけど……
「ところが、ヴァリター君の状態異常無効スキルですが、どうやら『肉体に付随するタイプ』、つまり『下界のスキル』だったようです。『魂付随タイプ』なら問題なかったのですが」
……えっと? それはつまり、今のヴァリターには『状態異常無効』のスキルが無いってこと?
だから今は『暴走状態』だってこと?……でも……
「ちょっと待ってください。そうだとしても、神気は下界で浴びたのであって霊界では……ほら! きちんと神気は遮断してますから大丈夫なはずですよ?」
「ガーラ様、下界では神気の影響が半永久的に持続する、とお話ししましたね」
フィオナが、ボクの顔をジッと見つめながら、急に昨日の話を持ち出してきた。
「はい、それが……って……ん? えっ、ちょっと待ってください……ま、まさか、」
ーー下界では神気の影響が半永久的に持続するーー
フィオナの真剣な眼差しを受けているうちに、フィオナが言いたかったことを理解してしまった。
「はい、その“まさか”です。下界で神気の影響を受けた魂は、霊界に来てもその影響が残ったままなのです」
「えええええっ!?」
ボクは本日、二度目の衝撃を受けた。
肩に手を回されていなかったら、派手に立ち上がっていたかもしれない。
じゃあヴァリターは、これからずーっとボクの神気の影響を受けたままってこと?
その影響を受けた魂のまま、これから先、ずーっと転生を続けて……?
ど、どうしよう!? ヴァリターの魂に
「ゔゔ……ヴァリター、本当にゴメン。どんなに謝っても謝りきれないよ……」
「俺は、むしろ嬉しく思うが?」
ガクリと項垂れながら謝罪したボクを、ヴァリターが慰めるように優しく抱きしめた。
そんなヴァリターの様子が、ボクの中の申し訳ないと思う気持ちを更に増幅させる……
「私としては、ず〜っと、この状況を眺めていたいのですが、……さすがに時間がありません。急いで下界へ戻りませんと、本当に死んでしまいます」
フィオナに声をかけられたことで、ハッとした。
(そうだ、時間! それに……)
ヴァリターの腕の中にすっぽりと収まり、抱きしめられている現状と、それを何の抵抗もなく受け入れている今の自分の心理状態を認識して……愕然とした。
(うわあぁぁっ! そ、そうだ、人前だったっ!)
「は、はい! それではヴァリターのこと、お願いします!」
ボクは、慌ててヴァリターの腕から抜け出すと、赤面しながら頭を下げて、ヴァリターのことをフィオナに頼んだ。
(ずっとヴァリターと密着していたから、ちょっと感覚が麻痺しているのかも……気を付けないと……)
そう思ったばかりなのに……
「な、なぜ……」
ヴァリターの震え声が、隣から聞こえてきた。
振り向くと、ボクを抱きしめていた時と同じように、輪の形に腕をキープしたまま固まったヴァリターが、ワナワナと体を震わせている。
しっ、しまったぁぁっ!
「ヴァ、ヴァリター……い、嫌で抜け出したわけじゃないんだよ? ちょっと急いでただけ……」
「ぐわぁぁぁぁっ!! 俺はこれほどまでに、ガッロル様に疎まれていたのかぁぁっ!!」
ヴァリターは、天を仰ぎながら凄まじい雄叫びを上げると、掻きむしるかのように頭を抱え込んだ。
「あわわわわっ! ゴ、ゴメン、ゴメン、ゴメン、ボクが悪かった!」
今のヴァリターは病人みたいなものだから、十分気を付けてあげなくてはいけなかったのに!
宥めたりすかしたりと、必死に謝って、ヴァリターはようやく安定した。
だけどその反動が凄くって、ヴァリターは、すっかりボクから離れなくなってしまった。
というわけで、仕方がないから、ボクもヴァリターと一緒に下界へ行くことになった。
本来なら、聖域の効果が薄まるまで下界に行ってはいけないんだけど……
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
無事に体に戻ったヴァリターが、開口一番に発した言葉は謝罪だった。
「くっ、ガッロル様、すまない。まさか、あのような醜態を晒してしまうとは……」
体質スキル『状態異常無効』の効果で平静さを取り戻したヴァリターは、苦渋に満ちた顔でボクに謝った。
霊界でのことがよほど恥ずかしかったのか、片手で顔を覆うと横を向いてしまった。
「とんでもない! 謝るのはボクの方だよ、本当にゴメン!」
ボクは、まだベッドに横たわったままのヴァリターに頭を下げた。
半日近く仮死状態だったヴァリターの体はかなり衰弱していて、魂が戻った今現在でも、まだ起き上がることができないでいる。
そんな状態ではあるけれど、聖域の効果があるから、これでもまだマシらしい。
でも、そもそもヴァリターがこんなことになったのは、全部ボクのせいだ。
あの時、ボクが神気のコントロールさえしっかりできていれば……
「それではガーラ様、天界までお送りいたします」
「あ、……はい、……それじゃヴァリター、ゆっくり休んで早く元気になってね」
まだ、聖域の緩和作業が終わっていないから、ボクは早く天界へ帰らなければならない。
下界に来てすぐだったけど、ボクはヴァリターに別れを告げた。
「……すまない、ありがとう」
ヴァリターの、呟きのような力無い声を聞いて少し心配になったけど、フィオナに「さあ、急ぎましょう」と促されて、少し後ろ髪を引かれる思いでヴァリターの部屋を後にした。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
レッツェル家を後にしたボクとフィオナは、天界へ帰るため、ゲートのある『ルアト神殿』へ向かって大通りを歩いていた時のことだった。
「……待て、ガッロル・シューハウザー」
「!? えっ?」
ボクは突然、耳覚えのない男性の声に背後から呼び止められた。
急に呼びかけられてビックリしてしまった。何故なら……その人物の気配をまったく感じ取ることができなかったからだ。
(えっ、嘘!? 以前のボクならともかく、『疑似体』に宿って身体能力の上がった今のボクが気付けないなんて!?)
それはフィオナも同じだったらしく、彼女は一気に緊張感を高めると、ボクを背に庇うように、その人物との間に立ち塞がった。
「何者だ!」
フィオナの激しく
「ふっ、レファス様の使徒か……久しいが、お前には我輩のことは分かるまい」
向こうはフィオナさんのことを知っているみたいだけど……誰だろう。
そう思って、その中年男性の顔をジッと見つめていると、何とも不思議な感覚に襲われた。
んん? 初めて見る顔なんだけど、なぜか知っている人な気がする……とはいえ、得体の知れないことに変わりないし……
「あの……どこかで、会ったことって……ありましたっけ?」
フィオナの肩越しに、少し慎重になりながら質問してみた。
「レッツェル家に行っていたのであろう?
感情の乏しい顔で淡々と紡がれたその言葉に、ボクは衝撃を受けた。
そうだ! ヴァリターのことを『バカ息子』なんて呼ぶ人は一人しかいない!
「あああ! ヴァリターのお父さん!!」
「!? ガーラ様、どういうことですか? この者はいったい……」
「ええっと、この人はヴァリターのお父さんで、……だけど、この人は違うのであって……」
昨日は宰相に乗り移っていたけど、今日は知らない人だ。
どう話したらいいのか分からず、ヴァリターのお父さんに視線で問いかけてみた。
「その様子では、まだ『我輩の正体』が分かっておらぬようだな……」
「『正体』? だって、あなたはヴァリターのお父さんでしょ? それで今は憑依……あ、」
言いかけて、バラバラだったパズルのピースが一気にハマったみたいに理解してしまった。
王女の魂の確認をしたがったり、現在は封印中だったり、暴走者を制御者しなければならない立場だったり……
「あっ、あああ!! あ、あなたは……」
「ふん……やっと気付いたか……」
「ガーラ様? 一体、『この者』は何者なのですか?」
ボクたちの会話から何かを感じ取ったフィオナが、警戒を緩めることなくボクに尋ねてくる。
「こ、この人は、『ヴァリターのお父さん』で、現在『封印中』で、トルカ教団を『制御』しなければならない立場の人で……だから……多分、『レファス様が探している人』です」
「なっ!! 何ですって!?」
衝撃を受けたフィオナが、目の前の人物を穴が開きそうなほどに見つめ始めた。
「いかにも、我輩の名はギラファスだ」
驚愕するこちらと違い、冷淡な空気を纏ったギラファスが平然とその名を名乗った。
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