第33話 予想外の人が現れました③
ルアト王国随一の大通りであるこの道はいつも人通りが絶えず、今日も朝から多くの人たちが行き交っている。
そんな神殿へと向かう大通りの真ん中で、ピリピリとした空気を漂わせながら睨み合いを始めたボクたちを、事情を知らない人々が遠巻きに取り囲み始め、辺りはいつのまにか黒山の人だかりができていた。
フィオナはその瞳をギラつかせ、いつギラファスに飛び掛かって行ってもおかしくないほどに緊張感を高めている。
もし、こんなところで二人がぶつかり合ってしまえば、衝撃波だけでたくさんの人たちが巻き添えを食らってしまう……
「フィオナさんっ、待ってください! ここで暴れたら下界の人たちが一溜りもありません!」
「ガーラ様っ、しかし、目の前にギラファスがいるのです! 今、捕らえなければっ!」
「この人は憑依しているだけですから物理的に取り押さえても意味がありませんよ!」
「くっ、……」
フィオナは悔しそうに顔を歪め、ギラファスを睨みつけた。
「ほう、レファス様の使徒を説き伏せてしまうとは……」
小声だが、感心したようにギラファスがそう口にした。
ボソリと呟かれたギラファスの言葉の意味がよく分からない。
まるでフィオナが、レファス以外の人の言うことを一切受け付けないかのような物の言い方だ。
「ギラファス! 王女様の魂はどこだ!」
フィオナがその瞳を黄金に輝かせながら、ギラファスに鋭く問いただした。
擬似体の影響だろうか、フィオナの瞳に込められた『力の意図』を感じとることができる。その輝きは『嘘を暴き真実を見抜く』というものだ。
これなら、ギラファスがどんな答え方をしようとも、そこから真実に辿り着くことができるはずだ。
さすがはフィオナさんだ! そつが無い!!
「知らぬ」
「えっ……」
ギラファスは一言、端的にそう答えただけだったが、それを聞いたフィオナが思わずといったふうに声を漏らして驚愕している。
「……ん?……え?」
状況がよく分からなくて、ボクは二人の顔を交互に見つめて説明を求めた。
しかし、頼みの綱のフィオナは呆然としていて、とても説明ができるような感じではなかった。
詳しい経緯は分からないが、ギラファスが『王女の魂の行方を知らない』ってことは確かみたいだ。
仕方ない。今、ボクが理解できる範囲で話を進めてみよう。
「し、知らないって……ちょっと無責任なんじゃ?……王女様の魂を引き剥がしたのって赤ん坊だった時なんでしょ? たとえスキルを解除したとしても、肉体との繋がりが稀薄だから一人じゃ体に戻れないのに」
幼い子どもが迷子になると一人で家に帰れないように、魂も幼すぎると自力じゃ自分の体に帰れないんだ。なのに……
「我輩とて、それくらい知っておる。だから、探しておるのであろう?」
「?……探して?……あっ!」
ギラファスが昨日話していたあの時の言葉が、不意に脳裏に浮かんできた。
——ある魂の持ち主を探しておる。それが王女である可能性が高いのだ。だというのにあの謎のスキルが邪魔をしてその確認ができん——
その後に起きた『宰相ファラス』とのドタバタで、すっかり忘れていたけれど、そうだ、確かに言ってた。『ある魂の持ち主』を探してるって。
そして、ボクのスキルが邪魔で確認ができないって……
「じっ、じゃあ、あの時、姫さまの魂を確認したいって言ってたのは、その魂が天界の王女様のものかも知れないと思ってのことだったの!?」
「!? ガーラ様っ!! どういうことですか!? 王女様の魂が下界人として転生しているということですか?」
ボクたちの話から、王女の魂の行方に希望を見出したフィオナが、俄然、気力を取り戻すと、ものすごい気迫で詰め寄ってきた。
「え、ええっと、その辺りはボクにもよく分からなくて……」
本当に、ボクにもよく分からない。
仮に、王女様の魂が下界人として転生しようと思えば、一度、自力で霊界を訪れて、各種手続きを行った上で、転生用のゲートを潜らなくてはいけない。
果たして、介添人も無しにそんな複雑なこと、赤ん坊の魂にできるのだろうか?
「一体、何故あなたは姫さまの魂が天界の王女様の魂だと思ったの?」
分からないことは事情を知っていそうな人に聞けばいい。
そう思ってギラファスに話しかけた。
ここには、『真実を見抜く目』を持ったフィオナさんもいるから、ギラファスが何を言ったとしてもそこから正解へ辿り着けるはずだし。
「……ただの、消去法だ」
「……消去法?」
ギラファスが、ボクの質問の意図とは少しズレた答えを返してきた。
王女様の魂が、下界人(ルアト王国の王女)として転生しているその『根拠』を聞きたかったんだけど……
あと、その消去法の定義ってのもよく分からない。
もちろん、消去法は知っている。
条件に合わないものを取り除いて、最後に残ったものを選ぶって方法だ。
それは分かるんだけど、はたして何をもって王女の適否を判断をしているんだろう?
もしかして、王女の魂は天界人特有の何かを発しているってことのかな?
「我輩の下からいなくなった王女の魂は高Lv.であったのだ」
「?……えっ?……お、王女様の魂かも知れないって思った理由が『高Lv.だったから』なの? も、もっと、何かないの? 例えば天界人の気配が漂っていた、とか、特徴的な何かがある、とか!」
あまりにもザックリとした理由でビックリした。
せめて、王女が転生していた痕跡がこの辺りにっ!なんてのはないの?
「そんなものはない……ただ、その可能性に賭けるしかないから、そうしているだけだ」
「可能性……?」
「……っ!!」
『真実を見抜く目』を使いながら話を聞いていたフィオナが、突然、ヒュッと息を呑んだ。
どうしたのかと、慌てて隣を見ると、フィオナは心配になるほど青い顔をして冷や汗を流している。
ギラファスの言葉から何かを感じ取ったみたいだけど、それが、とても良くないことだというのは一目瞭然だ。
「…… 下界人として転生している可能性に賭けるって、一体どういう意味?」
ギラファスに視線を戻すと、なんとなく嫌な予感を感じながら『賭ける』の意味を訊ねてみた。
「お前は霊界での滞在期間について知っておろう? 下界もアレと同じだ。転生していないようであれば、既に……魂は消滅している」
「な、何だってぇぇ!?」
ギラファスが眉ひとつ動かさず告げた内容は、とてもショッキングなものだった。
フィオナが、顔面蒼白になっていた理由はこれだったのか!
霊界での滞在可能期間は一週間。
下界も同じだとすると……既に、王女の魂は……
「しかし、自力で転生している可能性は十分ある。我輩から逃げ果せるほどの自我と機転を持ち、頑丈かつ屈強な魂をしていたからな」
「おっ、王女様は自力で逃げ出したの!?」
ボクは、いなくなったと聞いた時、てっきりギラファスがどこかに置き去りにしてしまったんだと思っていた。
それで、後になって慌てて探しているものだとばかり……
「暴れに暴れ回った挙句、我輩の顎に体当たりを食らわせ、不覚にも気を失っている間にいなくなってしまった」
つ、強い、……強すぎる。
か弱い王女様のイメージだったのに、想像の斜め上すぎる……
本当に生まれたばかりだったの?
まあ、ギラファスも相手が赤ん坊だったから油断していたんだろうけど……
とにかく、聞いた感じ、確かにたくましそうだから王女の魂が転生している可能性はあるかもしれない。
「転生している可能性は分かったけど……でも、その条件だと該当者が多すぎて、消去法になってないんじゃないの? 調べるのも大変——」
「この国の王女の確認で最後だ」
「っ!! 該当者を全部調べたの!?」
凄すぎる……
世界はここだけじゃ無いから、きっと天文学的な数になったはずだ。
時間も労力も尋常じゃなかっただろうし……
ここまで考えて、ふと思った。
そもそも、ギラファスは何のために天界の王女様を誘拐したのだろう。
恨みを伴ったものなら、魂が行方不明になった時、ここまでしないような気がする。
身代金? それも違う気がするし……
「あの……そもそも、あなたはなぜ天界の王女様を誘拐したの? しかも、
「…………」
これまで、こちらの問いに答えてくれていたギラファスが押し黙ってしまった。
その件に関しては黙して語らずの姿勢を貫くようだ。
ボクの隣では、少し気力を取り戻したフィオナが、『真実を見抜く目』を発動させながらギラファスを睨んでいる。
ギラファスにとって、何か知られたくない事情があるのだろうか……
「ガッロル・シューハウザー、我輩はお前に用があって、今、ここにいる」
「!! ガーラ様! 私の後ろに隠れてください!」
ギラファスが、今までの会話を打ち切るように、ゾッとするような低い声で話し出した。
纏う空気が重くなり、目つきが鋭くなっている。
ギラファスの態度が変わったのと同時に、何かを感じ取ったフィオナが、ボクを背中に庇うとギラファスと対峙した。
「さっきも話したように、ルアト王国の王女の魂を確認せねばならん。王女にかけられたあのスキルを解除するのだ」
ギラファスが、言葉に何かの力を込めながら、その瞳を真紅に怪しく光らせ始めた。
またしても、『洗脳』と『自白』なのか?
昨日と違って、あまり力は感じられなかったが、それでもボクはグッと口を固く結んで構えを取った。
「魂の確認なら、我々天界政府が行う! ギラファス! 貴様は大人しく縛に就け!」
ボクと同じように隣で身構えていたフィオナが、急に空気が震えるほどの大声を上げてギラファスを牽制した。
(しまった! ボクじゃなくてフィオナさんにっ)
これは『洗脳』じゃなくて『挑発』だ。
スキルの影響を受けたフィオナは、フェニックスの名に恥じない苛烈な炎を身に纏ったかと思うと、あっという間にギラファスに踊りかかった。
「あぁっ! ダメだ、フィオナさん!! ここで戦っちゃ!」
周りには多くの一般人。
さらに、4、5人の見物人が至近距離まで近づいてきていた。
「ふんっ!」
ギラファスは鋭い掛け声と共に、切り裂くような動きで腕を斜めに振り下ろした。
激しい衝突音が響いたかと思うと、フィオナがボクの頭上を越えて吹っ飛んで、ドサッと鈍い音を立てて地面に叩きつけられた。
それに被せるように、近くの見物人が悲鳴を上げた。
「フィッ、フィオナさんっ!!」
飛んでいってしまったフィオナに駆け寄ろうとした時、前を一人の男によって遮られてしまった。
気付けば、ボクはいつのまにか、見物人だと思っていた男たちに周りを取り囲まれてしまっていた。
「お前は、人の心配なぞしている場合ではないのではないか?」
至近距離(背後)で告げられたギラファスの声に、ビクッと体が跳ねる。
そして気がついた……
これは、転移の
ゾクリと、背筋に冷たいものが走った。
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