やらかしてしまって下界が大変なことになりました②

 ボクが発動させてしまった『完全防御パーフェクトバリア』によって、宰相の放った『雷電』は宰相自身に向かって跳ね返された。


 宰相が『雷電』にどれほどの力を込めていたのかは知らないが、この『完全防御スキル』は、受けた攻撃をそっくりそのままお返しする『反射』の機能が備わっている。


 そんな訳で、どう見ても手加減なしで放たれた自身の『雷電』をまともに食らった宰相は、車寄せの向こう側まで派手に吹っ飛んでいき、そこにあった植え込みに頭から突っ込む、という形でやっと止まった


 丸く綺麗に手入れされた植え込みから触覚のように突き出している宰相の足が、その場の空気に合わない、何ともシュールな光景を作り出している。


 ボクは放心状態のまま、しばらくその滑稽こっけいな景色を呆然と眺めていたのだが、あることを思い出してハッとした。


「ぁ……ああああっ! ど、どうしようっ!?」


 あれほど、『神気が溢れ出してしまうから下界でスキルを使ってはいけない』と言い聞かされていたのに、ボクは思わず『完全防御スキル』を使ってしまった。


 しかも、依然としてボクの体からは、多量の神気が溢れ出し続けている。


 せ、せめて今からでも抑えないとっ……!


 神気を抑えるために気持ちを落ち着けようと、ボクが深呼吸をした時だった……


「ガッロル様!? どうかしたのか!? どこかに怪我でもしてしまったのか!?」


 頭上から、ボクを気遣うヴァリターの慌てた声が降ってきた。

 予想外にすぐ近くから聞こえてきたその声に、ドキッとボクの心臓が跳ねた。


 アレ? ちょっと待って?……ボクは今、どういう状態? お、落ち着け、落ち着いて……落ち着くんだっ。


 急に早まり始めた鼓動に言い聞かせながら、まずは自分がどのような状況にいるのかを確認した。


 まずボクは今、ヴァリターに、だ、抱きしめられている!? グキッッ……こっ、これくらいは、そ、そそ、想定内だっ。

 きっとヴァリターは、宰相からボクを守ってくれようとしたんだっ。


 そう自身に言い聞かせたところで、ボクは、はたと信じられないものを目の前にして固まってしまった。


 ボクの目の前には、ヴァリターの胸元をガシッと鷲掴んでいる自身の手があった。


 指が真っ白になるほどに、力強く握り込まれたそれを見て、一瞬、思考が停止してしまったが……


 (そ、そうだ! あの時!!)


 宰相が『過去の侵入者』と被って見えたあの時、ボクは自分からヴァリターにすがりついて行ったということを鮮明に思い出した。


「うっ!!」


 ッキャァッ! 何てことしてるんだよっ、ボクは! いくらパニック状態だったとはいえ、これじゃあ……

 で、でも、でも、あの時の精神状態は、過去と現在があやふやになってたからでっ、冷静じゃなかったからでっ。


 心の中で、あれこれと言い訳してみても、皺だらけになったヴァリターの服が、ボクがどれだけ強く縋りついていたのかを物語っていて……


 慌ててヴァリターの服から手を離したけど、さらに動悸は激しくなるし、ますます神気は溢れ出すしで……ホント始末に負えない。


「だだだ、だい、だいじょぶっ、何ともないからっ」

「すまない……俺の力が足りないばかりに、貴方を危険な目に遭わせてしまった……」


 そう言うと、ヴァリターがボクの頬にそっと手を添えてきた。


 その手に導かれて視線を上げると、ひどく真剣な眼差しを向けるヴァリターと至近距離で目が合った。


 その瞬間、さらに心臓が跳ねて……なぜかヴァリターから目が離せなくなった。

 心臓がドキドキして痛いから、視線を逸らさなくっちゃと思うのに……


 ……すると……


 (あ、あれ? ちょっと近くない? え?)


 ヴァリターの顔が、どんどん近づいてきているような……って、いや、近づいてきているっ! な、なんでっ!?


「ま、まってまって、ヴァリターッ、ち、近いよっ」

「俺は、もっと貴方に近づきたい」


 そう言うと、ヴァリターはさらに顔を近づけてきた。


 (こ、こ、コレはっ!?……こ、このままでは……!)


 いくら鈍くても、経験がなくても、ヴァリターが何をしようとしているのかはボクにだって想像がついた。


 (まさか、そんな、こんなことっ!? そ、それに、いくらなんでも速すぎない? い、いや、違う違う。速さが問題なんじゃなくって! こ、こんなのっ、すでにボクの許容範囲を超えているっ!!)


「うぁっ、き、きゃあああぁっ!」


 堪え切れずに、思わず悲鳴を上げてしまった。


 そんな訳で、プチパニックになったボクは、抑えなければならないはずの神気を逆に大放出させてしまった。


 その上、レファスに貰ったブレスレットが、神気放出の勢いに負けてパンッと割れてしまい、そのせいで更に神気放出の勢いが増した。


「ハッ!? し、しまったっ!!」


 すぐに気がついて、慌てて神気を抑えようとしたんだけど……

 一度、勢いがついたものを抑えることはできなかった。


 ボクを中心に、本来なら視認できないはずの神気が、キラキラとした輝きを放ちながら至る方向へと広がっていく……


 空気が清涼としたものに変わり、辺り一面に広がった淡い光があらゆるものを浄化し、命あるものに生命力を与え始めた。


 数分もすると、周辺の環境がガラリと変わってしまっていた。


「っ、これは……」


 一部始終を見届けたヴァリターが、辺りを見渡しながら驚きの表情を浮かべ、信じられないと言わんばかりにポツリと呟いた。


 やってしまった……


 自分でも、こんなことになるなんて思わなかったんだ。

 コレ、どうしよう……


 途方に暮れながら、その景色を呆然と眺めていた丁度その時だった。


 今度は『ヴァリターのお父さん』がかけたスキル『停止ストップ』が時間切れになってしまった。


 跪いたままの国王、レッドカーペットに立ち並ぶ従者たち、右手を胸に当てた『証人』スタイルのままの第三騎士団の皆んな……

 それぞれが、一斉にその動きを取り戻した。


 そして……辺りに色濃く漂っている『ボクの神気』の影響をまともに受けてしまった。


 ボクと目が合った途端、皆が皆、ワナワナと震えだし、結構な勢いで膝からくずおれていく……


 突然始まった皆んなの奇行。

 当然、ヴァリターとの間にできていた変な空気は霧散した。


 それについては、ちょっとホッとしたかも……


 呆気に取られているボクをよそに、国王が平伏ひれふしながら恭しく口上を述べだした。


「その高貴なる御姿! 御身より醸し出される高潔さ! 貴方こそ……貴方様こそ我が神! 我ら一同、その御前にひざまずくことをお許しください!!」


 国王のその行動を皮切りに、従者の皆さんや第三騎士団の皆んなまでもがボクの前に平伏へいふくしていく。


 その有り様は、転生課での出来事を彷彿ほうふつとさせるものだった。


 祈りのポーズを取り、恍惚こうこつとした眼差しで見つめてくるルーベンとリオンの姿がボクの脳裏にチラついたが、しかし……今の状況は、あの時よりも格段に酷い。


 そんな尋常じゃない状態を目の当たりにして、レファスに『下界での騒動は天界の十倍は大変だ』と言われていたことを思い出した。


「やっ、やめてください、皆さん! ボクは『神』ではなく、ただの『使者』ですからっ」


 ボクは、地面に額を擦り付けんばかりの勢いで平伏ひれふす皆んなに訴えた。


「ああぁ、我が神が直々にお言葉をっ……」

「おぉ、何て奥ゆかしいお方なんだ」


 デジャブッ! そのフレーズ、霊界で聞いたことあるっ!! 皆んな完全に神気に当てられてるよっ。どうしよう、これ……


 この状況をなんとか打破しなければと思い、ボクは説得を続けた。


「こ、これは、神気の影響による一時的なものなんです。ですから皆さーー」

「おおぉ!! なんと慈悲深きお言葉だっ!」

「これほどまでに、我らのことを思ってくださるとはっ……」


 ……だ……ダメだ。こちらが話せば話すほど状況が酷くなっていく。

 依然として少なくはない神気が溢れ続けているから、当然といえば当然なんだけど……


 そうこうしているうちに恍惚こうこつとした表情で微笑む人々は、その頬にいく筋もの涙を流し始めてしまった。


 うあぁー、もうダメだ。ボクには手に負えないよ。一体これ、どうしたらいいのっ!?


「ガッロル様、これは……」


 ボクと同じように、皆んなの奇行に戸惑いの表情を浮かべていたヴァリターが囁きかけてきた。


 こんな状況でも、ヴァリターだけは普通でいてくれたことは救いだ。


「これは、その……ボクの神気ーー」

「ガーラ様っ!! ご無事ですかっ!?」


 ヴァリターに、事のあらましを説明しようとした矢先、神殿方面から聞き覚えのある声が聞こえてきた。


 振り返ると、数メートル上空を一羽のフェニックスが、こちらに向かって真っ直ぐ飛んで来ているのが見えた。


「フィオナさん!?」


 フィオナさんが何故ここに!?


 よく見るとフィオナの後を追うように、大勢の使徒たちが土煙を上げながら、こちらへとやって来ているのが見える。


 あっという間にここまでやって来たフィオナと使徒たちは、迅速に態勢を整えると、フィオナの命令に従って戦闘態勢を維持したまま、周囲を捜索したり、警戒に当たったりし始め……辺りは一気に騒がしくなった。


 フィオナも素早く人化すると、緊張感をほとばしらせながら淡い光に包まれた宿舎周辺や平伏している国王たちを凝視している。


 天界からやって来た大勢の使徒の皆んなは『ギラファスはどこだ!』とか『王女様の魂の保護を優先しろ!』とか、怒号を飛ばし辺りは騒然としていて……


 その様子を見て、ハッと気がついた。


「ああああっ!! 神気探知機っ!!」


 ボクが団長室に仕掛けた神気探知機が、ボクの神気に反応したんだっ!!


 あわわっ、使者たちに無駄足を踏ませてしまったっ! これが元になって、今回の作戦が失敗したらどうしようっ!?


 血の気が引いていくのが自分でも分かった。なんだか今日は、赤くなったり青くなったりで忙しい……


「ガーラ様、この有様は……一体、何があったのですか?」


 その瞳を閃かせながら周囲を観察していたフィオナが、不意にボクの方へ向き直って質問してきた。


「ゴメンなさい! スキルを使ってしまいましたっ! それで神気が溢れちゃって……そのせいで、神気探知機が作動してしまいました! 本当にゴメンなさい!」


 今のボクにできることは、正直に事実を述べて謝罪することだけだ。


 ということで、ボクは『完璧な謝罪スタイル』を発動させると、いつにも増して、深々とフィオナに頭を下げた。


「………………」


 そんなボクを、フィオナは瞳を閃かせながら黙って見つめている。


 あまりにもジッと見つめてくるものだから、なんだかとがめられているみたいで落ち着かない気持ちになってしまった。

 いや、ボクが悪いんだけどね……

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