やらかしてしまって下界が大変なことになりました③
ボクは今、清らかな空気を胸いっぱいに吸い込みながら、フィオナに手を引かれ、ルアト自然公園を横切る形で神殿へと向かっている。
振り返れば、付き従うかのようにボクのすぐ後ろをヴァリターがついて来ている。
初夏の暖かな日差しを受けつつ周囲を見渡せば、淡く輝く神気の粒がそこかしこに広がり、生きとし生けるもの全てに力を与えている。
木や花はもちろん、雑草の一本に至るまで青々とした輝きを放っていた。
心地よい風に髪を撫でられて、まるでピクニックにでも来ているかのような気分になりそうだけど、ボクはこれから天界へ強制送還されるんだよね……はあ……
あの後すぐに『今すぐ天界へ戻りましょう!』と、フィオナに詰め寄られ、サッと手を引かれて流されるようにここまで来たんだけど、そんなに緊急を要する事態だとは思わなかったから本当にビックリしている。
確かに、周辺の環境が大きく変わってしまったけれど、それによって危険が迫っているような感じはしないんだけどなぁ。
「フィオナさん、あの……この状況って、そんなに危険なんですか?」
ボクの手を引いて黙々と歩き続けるフィオナに、ボクは恐る恐ると話しかけてみた。
「今は、まだ大丈夫ですが、早急に対策しなければなりません。ですから、ガーラ様には天界へ戻っていただく必要があるのです」
対策するためにボクが天界へ帰らなければならない……ってどういうことだろう?
ボクが首を傾げていたら、フィオナは補足するように話し始めた。
「まず、ガーラ様はスキルを使われたとのことですが、それにしては、溢れ出ている神気量が尋常ではありません! その辺のところを検査する必要があります。次に、ガーラ様の神気で、先ほどの施設とその周辺が『聖域』と化してしまっています」
フィオナが、ボクが天界へ帰らなければならない理由を分かりやすく説明してくれたのだが……
い、今、何て?……『聖域』?……えっ、『聖域』!? えええっ!? 今、『聖域』って言った!?
つまり、ボクは、下界に『小さな天界』を創っちゃったってこと?
た、確かに、空気感も大地から立ち上る浄化の気配も天界にそっくりだけど……
「ボ、ボクの神気で『聖域』ですか!? いや、さすがに『聖域』なんて……何かの間違いではありませんか?」
確かに、ボクは神気漏れを起こしてしてしまったけれど、いくら何でも聖域になってしまうほどでは……ま、まあ、一時的には大量に噴出しちゃったかもだけど……ゴホッ……
「いいえ、間違いありません。『聖域』と呼ばれる地点の中でも、三本の指に入るほど『神聖で完璧な聖域』ではないかと」
フィオナに、『間違いなく聖域である!』と、太鼓判を押されてしまった。
改めて周囲を見渡すと、大気中に広がった神気の粒がキラキラと瞬きながら周辺を浄化し、更に『聖域』の範囲を広げ続けていた。
ウワー、キレイダナー……って、これ、どうすればいいの?
「しかし、ガーラ様の『聖域』は治癒効果が強すぎて、下界の理から大きく外れています。大きすぎる力は『時空の歪み』を生みかねませんから、早急にその効果を薄める必要があるのです」
そのためには、聖域の生みの親で、エネルギー源でもある『ボク』がこの場にいては上手くいかないんだそうだ。
「フィオナさん、ゴメンなさい。ボクがもっと気を付けていれば……」
たくさんの使徒を動員して今回の作戦に挑んだのに、こんな初歩的なミスで台無しにしてしまった。
しかも、ボクにできることが、この場から離れることしか無いなんて……
「ガッロル様は悪くない。こうなったのも全て俺が悪いんだ」
がっくりと落ち込んでいたら、今まで黙ってボクたちの話を聞いていたヴァリターが急に話に入ってきた。
ボクのことを庇ってくれようとしているんだろう、けど……ち、ちょっと待って?……ま、まさか、『あの時のこと』を話すつもりなんじゃ!?
ヴァリターは生真面目過ぎるところがあるから、『あの時のこと』を赤裸々に話しかねない。
まだ、まともにヴァリターの顔は見られないけど、『あの時のこと』を話されるよりはマシだっ。
「ヴァ、ヴァリターッ、い、いいからっ余計なこと言わないでっ!」
ボクは真っ赤になりながらヴァリターに向き直ると、必死に口止めを試みた。
結果的に、そんなボク自身の様子が、フィオナの好奇心を煽ることになってしまったんだけどね……
「どういうことですかっ!?」
フィオナが、ボクの言動とヴァリターの発言に激しく反応してその歩みを止めると、瞳を輝かせながら結構な圧でヴァリターに詰め寄っていった。
フィオナさん!? 比喩じゃなく、リアルに瞳が輝いているんだけどっ!?
「あの時、……」
「あわわわわわっ!」
フィオナに促されたヴァリターが、『あの時』のことを話し出してしまった。
ボクは、急いでヴァリターの口を(物理的に)塞ぎに向かったんだけど、なぜかフィオナに手を引かれてしまってそれは叶わなかった。
「俺が、……」
「ワアーッ! ワアーッ!」
ならばと思い、ポツポツと話しだしたヴァリターを邪魔するように大声を出してみた。
だって、フィオナにガッチリと手を掴まれていて身動きが取れないから、これしか思い浮かばなかったんだよ。
「ガッロル様に……」
「ワアーッ! ワッ……ムグッ、ムヴヴー!」
ヴァリターの言葉を聞き取られないようフィオナの耳元で騒いでいたら、今度は、フィオナに口を抑えられてしまった。
そのせいでどう頑張っても、くぐもった声しか出せなくなってしまった。
ゔゔ、万事休す……
「手を出したばっかりに……」
「ブフォォォーーーー!」
誤解しか生まないヴァリターのその発言に、ボクは変な息を噴出してしまった。
ヴァリターッ、頬に手を添えたことを言っているんなら違うから!
……そうだった。ヴァリターも、ボクと同じで口下手だった。
というか、ヴァリターの場合は言葉足らず?かもしれない。
こんなことなら、最初から素直に『キスされそうになったけど未遂でした』って言ってたほうがマシだった!!
「そ、そんなことが……」
フィオナが、ヴァリターのその言葉を聞いて、衝撃を受けたかのようによろめいた。
でも……なぜだろう。
手で口を抑えたその姿が、喜んでいるように見えるのは……気のせいだろうか?
そ、それよりも、早く訂正しないとっ!
フィオナの中で間違った認識で定着してしまいそうで怖いよっ。
「フィオナさんっ、違うからっ! 誤解しないで! 頬に手を添えられただけだからっ」
「頬に手……ですか……」
ボクの補足情報を聞いた途端、なぜだか急にフィオナのテンションが下がってしまった。
理由はよく分からないけど、でも、誤解は解けたみたいでホッとしたよ。
そう思っていたのに……
「……頬に手を添える、ということは……ハッ! お二方はお互い向かい合っていた、ということですか!?」
フィオナは独り言のように呟いた後、ハッとしたように顔を上げ、その瞳に輝きを取り戻すと、今度はボクへと向き直って強い口調で聞いてきた。
フィオナの圧が凄いんだけどっ!? っていうか、そもそも、この質問って今回の作戦とは何の関係もないよねっ!?
「も、もういいじゃないですかっ、ボクの不注意で神気漏れが起こったことに変わーー」
「いいえ! 原因の究明には当時の詳しい状況を知る必要があります!!」
フィオナはボクの言葉を遮って、かなり食い気味に話に入ってきた。
一見、
「なるほど、そういうことなら……」
ボクとフィオナの話を聞いていたヴァリターが、ポツリと呟く声が聞こえてきた。
なんだか、嫌な予感が……
と、思う間もなく、ヴァリターがサッとボクの前に立ったかと思うと、素早く頬に手を添えてきた。
もちろん、左手はボクの背中へ回されている。
アッという間に、『あの時』と同じように、ヴァリターと見つめ合う形になってしまった。
フィオナがハッと息を飲んでいる気配を傍らに感じた。
「あの時、俺はこうしてガッロル様に手を添えて……」
「あわわっ、ヴァリターッ、やめっ、やめっ……」
ヴァリターはボクの静止を無視して、『あの時』の再現をするかのように、ゆっくりとその顔を近付けだした。
「キ、キャアアァッ!!」
こうしてボクは、本日二回目の神気大放出を起こしてしまったのだった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
あの後、ボクはフィオナに連れられて何とか天界へと帰って来たわけだけど、フィオナには、色々と恥ずかしいところを知られてしまったこともあり、この際にと思って擬似体の不調についても聞いてみた。
ボクとしては、かなり深刻な問題だと思っていたのだが、フィオナは(比喩じゃなく)瞳を輝かせながら『大丈夫です!』って言うばかりだった。
そんな訳で、当初予定していた精密検査も必要ないらしく、ボクは、天界政府の『従業員専用カフェテリア』へと連れてこられたんだけど……本当に、検査しなくて大丈夫なのかな?
ちなみに、壊れてしまったブレスレットは、天界に帰ってきた直後に『
だって、レファスに頼んだら壊れた理由を説明しないといけなくなりそうで……
何故だか、絶対に知られたく無いって思ってしまったんだよね。
フィオナはボクをここまで送り届けると、「私は一度、下界の指揮に戻ります。すぐ戻りますので、こちらで気持ちを落ち着かせおいて下さい」と言い置いて、すぐ下界へと戻ってしまった。
というわけで、ボクは今、この『従業員専用カフェテリア』で一人、気持ちを落ち着かせている。
ボクが3杯目のホットココアを飲んでいた時、やっとフィオナが下界から帰ってきた。
「ガーラ様、少しは落ち着かれましたか?」
「っ、はい! この度はご迷惑をおかけしてしまい、本当に申し訳ありませんでした!」
ボクは、飲んでいたホットココアを急いでテーブルの上に置くと、素早く立ち上がって深々と頭を下げた。
「ガーラ様、頭をお上げください。幸いにも早期対応できましたので、深刻な事態にはなりません、ですので安心して下さい」
そういって、フィオナはボクの肩にソッと手を置いて微笑んだ。
「フィオナさん……!」
こんなに
そんな大人な対応ができるフィオナに、ボクは感動してしまった。
やっぱり頼れるお姉さんって感じで……いいなぁ。
「それでは改めて、何があったのかお聞かせ願えますか?」
フィオナはサッと話を切り替えて、(下界での)騒動の経緯を聞いて来た。
そうだ、報告しなければいけないことが色々あったんだ!
「っ、はい!……ええっと、どこから話せばいいかな……」
威勢よく返事をしたものの、今日は本当にいろんなことが一度にあり過ぎて……どう話せば良いのやら、自分でもよく分からない。
(えっと、まず事の始まりは、今朝、ヴァリターに求婚された……ってことからなんだけど……)
ボクは少し悩んだ末に、そのことは省略することにして、『神気探知機』をセットしたところから説明することにした。
「えっと、まずボクは、『神気探知機』を騎士団宿舎の団長室に仕掛けたのですが、その時、宿舎前で『洗脳』状態の国王から『求婚』と、宰相から『洗脳』の、『同時精神攻撃』を受けました」
下界での出来事を、そう説明し始めたのだが、何かを忘れているような……そんな違和感を感じてしまった。
あれ? 何だっけ?……ま、いっか、そのうち思い出すよね……
ボクは深く考えずに、そのまま説明を続けることにした。
「この時はヴァリターが庇ってくれて事なきを得たんですが、その後のやり取りで、宰相が『トルカ教団員』であることや、その教団の『信仰対象』が『ギラファス』であること、そして、現在ギラファスは『封印状態』であることを知ったんです」
自ら発した『封印』と言う言葉に、またしても、何か引っかかるようなモノを感じた。
何だろう……大切な何かを報告し忘れているような……
そんなモヤモヤとした違和感を感じてはいるのだが、やはりそれが何だったのか思い出すことができない。
かと言って、ここで考え込んでいても仕方ないので、ボクは一旦その気持ちを置いておくことにして、そのまま話を進めることにした。
「宰相は、『封印を解除するために、ルアト王国の王女を生贄にする』なんて、訳の分からないことを言ってたんですが、『生贄のターゲット』が急に『ボク』に変わってしまって……で、宰相が『雷電』でボクを攻撃してきて、ボクは思わず『
「なるほど、大体分かりました。それにしても『封印』ですか。いくら行方を探しても見つからないはずです」
ボクの話を聞き終わると、フィオナは納得の表情をして頷いた。
ボクの至らない話で納得してくれるということは、きっと下界でも色々と聞き込みしてきているのに違いない。
じゃないと、フィオナさんのことだから『求婚』なんて聞いたら、絶対に飛びついてくると思うんだ。
まあ、話が早くて助かるからいいけどね。
「おそらく、その『トルカ教団』とは、ギラファスの『神気』に当てられ、『暴走』してしまった者たちのことでしょう」
「『暴走』ですか?」
「ええ、下界では『神気』に触れた大半の人々は『
確かに、宰相のギラファスに対する『信仰心』や『執着心』は尋常じゃなかった。
だけど一方で、自身の崇める対象を『邪神』と言ったり、生贄を捧げようとしたり、かなり勝手な解釈で動いていたっけ……それにしても『暴走』かぁ。
「納得です。宰相も『魂を生贄にして封印を解く』なんて意味不明なことをしていましたから……」
トルカ教団の成り立ちについては理解できたけど……なんだろう、今、フィオナの言葉の中に、『ちょっと引っかかるフレーズ』があったような……
「どうかされましたか?」
ボクがちょっと考え込んでいたら、フィオナに問いかけられた。
「えっと、ボクの思い違いだと思うんですけど、『神気で信者になる』とか何とか……」
「はい、その通りです。今現在、ガーラ様の信者はルアト王国全域に広がり……」
「はい?」
下界が、ボクの想像を超えるありえないような大変な事態に陥って……頭の中が真っ白になってしまった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます