やらかしてしまって下界が大変なことになりました①
穏やかな昼下がりの騎士団宿舎前。
見上げれば、その晴天の空には数羽の小鳥達が、楽しそうな鳴き声を上げながら戯れるように飛び交っている。
そう、一見すると平和な感じだ……
「その名は邪神王ギラファス様だ!!」
……その空に向かって、声も高らかに邪神の正体を叫んだ宰相が両手を差し伸ばしてさえいなければ……
宰相は、その姿勢をキープしたままうっとりと感慨に浸っていて……ゔ〜ん、しばらくの間はトリップ状態から帰ってきそうもない。
何だか時間がかかりそうなので、ボクはその隙に今までに得た情報の整理と今後の方針について考えることにした。
まず、ボクがトルカ教団の館で受けたあの攻撃。
あれは『使い捨てスキル』に込められていた『ギラファス』のスキル『
ボクに付着していた『ギラファスの神気』とは、おそらくこれだ。
で、それを発動させたのが、現在トリップ中の『宰相ファラス』。
彼は『邪神の封印を解く』という名目で、姫さまを生贄にしようと目論んだ首謀者……つまり、『トルカ教団員』だったというわけだ。
そして、その宰相がたった今、封印されている『トルカ教団の邪神』というのが『ギラファス』であることを暴露した……ということなんだよね。
宰相が語ったこれらの情報は、驚くべきことに、ボクが
まさか、トルカ教団の信仰対象がギラファスだったなんて……
しかも現在は封印状態だっていうし。
ということは、神気探知機を仕掛けても『
当然、神力キャンセラーも本人が封印されているんだから意味がないし……
ということで、根本的に捜索方法の見直しをしなければならないだろうから、ボクは一度、天界に帰ったほうがいいんだろうな。
それに……擬似体の不調も気になるし……
そう思いながら、ボクは横目でこっそりとヴァリターのことを盗み見た。
すると、その視線を感じ取ったのか、ヴァリターが不意にこちらに顔を向けた。
(っ……!)
ボクは
……ちょっと、わざとらしかったかな?
でも、なんだか変なんだ。今みたいに目が合いそうになっただけで、胸の辺りがキュッと痛くなって……
顔も熱いし、目だって自分から逸らしておいて、『気を悪くしてないかな?』とか『変に思われてないかな?』なんて、やたらと気になるし……
そんなわけで、まともにヴァリターの顔を見ることができない上に、妙にソワソワとしてしまって……とにかく気持ちが落ち着かない。
ただ、『自白』と『洗脳』のスキルが消えた時点で、『ヴァリターの抱きしめ』からは解放されていたことが唯一の救いかも知れない……
(ダ、ダメだ、もっと目の前のことに集中しないと……)
ボクは気持ちを切り替えようと軽く頭を振ってから、少し赤くなった顔を正面に向けた。
見ると、ちょうどトリップ状態から帰ってきた宰相が、ゆっくりとその両手を下ろしているところだった。
その宰相だけど、子供のように癇癪を起こしたかと思えば、うっとりと陶酔した表情を見せ、次の瞬間には憎悪のこもった目付きになったりと……さっきから態度がコロコロ変わるから、次にどういう行動に出てくるか予測がつかない。
今は、ボクのことを忌々しそうに睨んでいるし……
(……そうだ! 先が読めないのなら、こちらから先に仕掛けるのはどうだろう? 先手必勝って言うしね!)
なかなか良い戦法ではないかな?と思い、ボクは早速ヴァリターに話を持ちかけた。
「ねえ、ヴァリター。攻撃を仕掛けられる前に、こちらから打って出てみない?」
「……あの人は何をしでかすか分からない。だから迂闊に手を出さないほうがいい」
ヴァリターは少し考えてから、このまま防御態勢を維持することを勧めてきた。
でも、ヴァリター自身は先制攻撃の姿勢に入っていて、攻撃のタイミングを見計らっている。
なのに、ヴァリターがボクには防御態勢の維持を提案してきたのは、たぶん……ボクの『騎士としての実力』を考慮しての判断だろう。
まあ……今まで実力を隠してきたから、止められるのは当然といえば当然なんだよね。
たけど、ボクは転生する度に Lv.を上げる手段として、さまざまな武術を極めてきた。
鍛錬ばかりで実戦経験は少ないけれど、それでも何とかなると思うんだ。
ということで、ボクも先制攻撃の姿勢を取ると、ヴァリターの邪魔にならないよう気を付けながら宰相の隙を窺った。
ただボクのポリシーとして、先制攻撃を仕掛けるにしても相手に怪我をさせたり命を奪ったり……なんてことはしたくない。
それがたとえ悪人であったとしてもね!
(というわけで、先日Lv.UPしたばかりの『手刀』でも放っちゃおうかな〜? 安全、安心に相手を制圧するには、やっぱりこの技だと思うんだ!)
そんなことを思いながら、やる気満々で攻撃のタイミングを窺ってたら、こちらを睨んでいた宰相の目付きが急に変わった。
それはまるで、品定めをするかのような、ねっとりとした視線で……
ヒィッ!? 何だか気持ち悪いよっ。
ボクがちょっと怯んでいたら、今度はその視線を下から上へと、舐め回すように往復させ始めた。
ヒィィッ!? 手刀は中止だ! ち、近寄りたくないっ!
全身に虫唾が走り、ちょっとだけ後ずさって鳥肌が立った二の腕を摩っていたら……
今までの気持ち悪い感じから一変。宰相は、カッ!と目の色を変えると、殺伐とした、まるで暗殺者のように物騒な空気を漂わせ始め、ゾッとするほど冷たい眼差しでボクのことを見据えてきた。
獲物を見るようなその『冷酷な眼差し』が、ボクの記憶の奥底にあった『何か』に深く突き刺さった。
ブルリッ、と全身に悪寒が走ったのと同時に、その眼差しは、ボクの記憶の奥底に封じられていた『とある光景』を唐突に浮かび上がらせた……
◇◆◇◆◇
時刻は深夜。暖かな寝具に包まれ、
突然、夜の静寂を破って激しい爆発音が響き渡ったかと思うと、全身をビリビリとした衝撃波に襲われて、『ボク』はビクッと目を覚ました。
あまりの出来事に声を出すのも忘れ、固まっている『ボク』の耳に飛び込んできたのは、恐怖に震える女性たちの叫び声と、侵入者を
「「きゃぁぁっ!」」
「※※※※※様、お鎮まりを!! どうかお下がりくだい!!」
辺りを優しく照らしていたはずの常夜灯は消え、暗闇となった室内に、何かがぶつかり合う音と女性たちの悲鳴が響き渡っている。
「※※※※※様、お、おやめくださいませ……」
「お願いいたします、どうか、お下がりを……」
「グッ……何故、このような狼藉をっ!?」
爆発音の影響か、よく聞き取れない部分もあったが、狼狽えながらも侵入者に懸命に語りかけ、説得を試みている女性たちの震え声と、困惑も露わに侵入者を問い詰める男性の苦しそうな声が聞こえてきた。
それに答えるように聞こえてきたのは、場違いなほどに落ち着き払ったゾッとするような冷たい声だった。
「怪我をしたくなければ退くのだ……」
侵入者が一言、短い警告を発したかと思った次の刹那、またしても激しくぶつかり合う金属音が部屋の中に響き渡った。
当然、『ボク』にできることは何もなく、争い合う音に体をビク付かせながら、ただ聞き耳を立てて嵐が過ぎ去るのを待っていた。
真っ暗で、何も状況が分からない中、パン、パンッ!と数回の破裂音が鼓膜を震わせたかと思うと、ドサッ!と床に何かが落ちたような鈍い音と男性のうめき声、それに被せるように女性たちの短い悲鳴が聞こえてきた。
女性たちの啜り泣きしか聞こえなくなった室内に、硬質な靴音が響き始めた。
コツ、コツ、コツ、コツ、コツ……
音しか聞こえない暗がりの中で、侵入者と思われる人物の靴音がこちらの方へと近づいて来ている。
流石に、この状況で物音を立ててはいけないということは、誰に説明されなくても分かる。
ハッとして『ボク』は息を潜めると、布団の中で身を丸め、必死に気配を消した。
ただ、足音が近付いてくるに従い、バクバクと早鐘を打ち始めた自分の心臓の音が聞こえてしまいそうで……
『ボク』は只々、侵入者がこちらに気付かないことを願っていた。
コツ、コツ、コツン。
すぐ近くで止まった足音に、ギュッと身を硬くした次の瞬間、自分を覆い隠してくれていた布団が強引に剥ぎ取られ、『ボク』は、暗がりの中で妖しく光るその『冷酷な眼差し』と目が合った……
◇◆◇◆◇
宰相に『獲物を狙う獣のような眼差し』を向けられた瞬間、断片的ではあるものの、今まで思い出せずにいた『過去の光景』が、その時感じた恐怖と共に鮮明に脳裏に蘇ってきた。
その記憶のせいで真っ青になっているボクに構うことなく、宰相は、高笑いを上げると……
「ふははは! そうだった! 何も王女にこだわることなどないではないか!」
……と、言い放ち、その視線をますます鋭くさせた。
それが過去の侵入者から向けられたものと被って見えて、『早くここから離れなければ』と、ボクの本能が訴えてくる。
「ガッロル様!?」
過去の記憶に引きずられるように、ジリジリと後退りを始めたボクは、突然、ヴァリターに肩を引き寄せられた。
驚きの表情を浮かべながらも、ヴァリターが心配そうにボクの顔を覗き込んでいる。
「あっ!?……ヴァ……ヴァリター」
ボクを見つめるヴァリターの気遣うような瞳が、ボクの中の『侵入者の眼差し』を徐々に打ち消して……ボクは何とか我に帰ることができた。
しかし、たった今蘇った記憶は、ボクにとってはトラウマ級のものだった。
何時、何処で、どんな人生を歩んだ時の記憶なのかはサッパリ分からないが、その恐怖は本物で、記憶が封じられていたのも心を守るために防御本能が働いていたのだと考えると納得できる。
「随分と顔色が良くないが……大丈夫か?」
「う……うん……大丈夫……」
本当はあまり大丈夫ではなかったが、
ボクは何とか気持ちを落ち着けようと深呼吸を繰り返しながら、小刻みに震える体で改めて宰相と対峙した。
そんなこちらの気持ちなど意に介さず、宰相は一人で満足そうにほくそ笑むと……
「吾輩が求める生贄はあくまでも高Lv.の女児。まあ、多少育ち過ぎの感はあるが大丈夫であろう」
……と、よく分からないながらも、何やら不穏な内容の言葉を発し……
「天使ガッロルよ! 光栄に思うが良い。お前は我が主人に捧げられる魂に選ばれた!」
……と、とんでもなく一方的で自己中心的な発言をすると、掌にバチバチと『雷電』を宿らせ始めた。
「待て! 俺ごと攻撃を加えるつもりなのか!?」
ヴァリターが、ボクのことを庇うように抱き寄せながら叫んだ。
困惑気味に問うヴァリターのその言葉に、宰相が冷たい声で答えた。
「……怪我をしたくなければ退いていればよい」
その宰相のセリフが、またしても『恐怖の記憶』と被ってしまった。
再び心がザワザワし始めて、脳裏に新たな『過去の光景』が蘇った。
侵入者の巨大な手が、『ボク』に向かって伸ばされてくる。
暗闇から突然現れたように見えたその手が、『ボク』の目の前まで迫ってきて……
(いやだっ、やめて、やめて!)
過去と現在の境界線が曖昧になって、目の前の宰相が『過去の侵入者』と被って見えた。
怖くてたまらなくなったボクは思わず、助けを求めるようにヴァリターに縋りついた。
「時の狭間に囚われし我が主、ギラファス様! あなたの忠実なる下ボクファラスより、今、ここに生贄として、天使ガッロルの魂を捧げん!」
宰相は、黒魔術感溢れるフレーズを唱え終わるのと同時に、『雷電』の宿ったその手をボクに向かって素早く振るった。
宰相の、ボクに向かって振るわれたその手と『過去の侵入者』の手が重なって見えて……
「いっ、いやだーっ!」
あまりの恐ろしさにギュッと目を閉じ、絶叫したボクの体から眩い光が溢れ出した。
ボクの全身を包み込んだその眩い光は、宰相の放った『雷電』を止めると、一拍の後にそれを宰相自身に弾き返した。
ボクは恐怖のあまり、ほとんど無意識のうちに
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