事件の黒幕が現れました②
——『五日前の真相』—— (宰相ファラス視点)
それは、五日前のことだった。
吾輩は、アジトに忍び込んだネズミを王女共々葬るつもりで、ギラファス様のスキル、
さすがは、キラファス様の
そのような状態だったというのに、ネズミは我がアジトから逃走した。
その時から、違和感を感じてはいたのだ……
ほどなく、第三騎士団長のガッロル・シューハウザーが王女の救出に成功したとの知らせを受けた。
そこで初めて、あのネズミが騎士団長だったことを知った。
しかし、作戦中に負傷し死亡したと聞き、あの時感じた違和感は気のせいだったのだと安心していた。
だが、ヴァリターがかすり傷一つない王女を城に連れ帰ってきたことで、再び違和感が大きくなった。
(もう、儀式は十分であろう。早くこの違和感が間違いだと証明しなければ……)
その夜、吾輩は王女の寝室に忍び込むと、迷うことなく王女に短剣を突き立てた。
その胸に深く突き刺さると思われた短剣は、王女の数㎝手前で止まると、一拍間をおいて吾輩目掛けて跳ね返ってきた。
あ……危うく、自分を差し貫くところであった……
しかし、これで違和感が確信に変わった! これは、間違いなくスキルによる『反射』だ。
間違いない……ガッロル・シューハウザーが、王女になんらかのスキルをかけたのだ。
これは、おそらく『物理攻撃を軽減』する類のスキルだろう。
(おのれ、小癪な真似を……しかし、物理攻撃がダメならば他にも手はある)
『解除』できなくも無いだろうが『物理防御』のスキルは種類が多い。
そのスキル、一つ一つの解除を試みていく、というのは合理的ではない。
そこで……
(吾輩の魔法系スキルの中で一番攻撃力の高い、この『雷電』で……)
ニヤリとほくそ笑みながら指先を王女の心臓へ向けると、吾輩は迷わずスキルを発動させた。
しかし……吾輩の記憶は、ここで一旦途切れてしまった。
次に気が付いた時には、吾輩は床の上に仰向けにひっくり返っていた。
自身の身が『復活の光』に包み込まれているのを見なければ、何が起きたのかきっと分からなかっただろう。
(わ、吾輩は死んだのか? 自分の『
『使い捨てスキル』に『
それにしても、信じられなかった。『物理攻撃』に加えて『魔法攻撃』にも対処された『防御スキル』など、吾輩は知らない。
(なっ、ならば毒、こ、これならば、スキルによる反射は起きぬはず……)
自身の身に起きた『死』という恐怖で指先はブルブルと震えていたが、どうにか、スヤスヤと眠る王女の口元に数滴の毒薬を垂らした。
甘い味付けがされたソレは、大人でも即死するほどの猛毒だ。効果はすぐに現れる……は……ず……
(……な、な、何故だ? 何故、王女はそんなに美味しそうに口を動かしておるのだ!?)
王女は幸せそうに口を動かし、ゴクンと音を立てて毒薬を飲み込むと、薄っすらと目を開けた。
「ウキャア〜、アップウゥ〜」
「あ、い、いかん! 返せ、返さんか!」
ご機嫌な笑い声を上げた王女に、その口元に構えたままだった毒薬の小瓶を奪われてしまった。
王女は素早く小瓶の口に吸い付くと、チュパチュパと物凄い勢いで毒薬を飲み干してしまった。
(そ、そんなバカなっ!? 毒も効かぬだとぉぉ!?)
毒を『浄化』する能力まで含まれているとは……ということは、おそらく精神攻撃も効かぬであろう。
反射のことを考えると試してみる気にもならぬが……
空になった小瓶を名残り惜しそうに舐め続ける王女を見ながら、これが常識を覆すほどの優秀なスキルであることを悟った。
(ま……まあいい、どんなに優秀なスキルでも明日にはその効果も消え去る……)
防御系スキルの効果は長くても一日だ。
我輩は出直すことにして、その日は王女の寝室を後にした。
そして……翌日も同じようなことを繰り返す羽目になってしまった。
◇◆◇◆◇
一体、どうなっているのだ!? スキルの持続時間が異常に長い! すでに一日以上の時は過ぎているというのに、未だ衰える気配すらないではないか!
(ぐぬぬ、これでは、無敵状態ではないか!! ここまで面倒なスキルだと知っていれば生捕りにしていたものをっ!!)
洗脳してスキルのことを聞き出し、吾輩の下ボクとしてやったというのにぃ!
しかし、済んでしまったことはどうしようもない。
吾輩は、スキル解除の手掛かりを得ようと、ガッロル・シューハウザーの葬儀の日、奴の部下であったヴァリターを呼びつけた。
だが、いくら質問をぶつけても、ヴァリターは生きる屍のようになっていて生返事ばかりである。
これでは、まるで話にならん。
思えば、此奴はこれといった能力も無い上に、我が主の復活にも非協力的だ。
それどころか、今回は王女の誘拐を阻止する動きを見せた。
本来なら、先頭に立ち封印の解除に当たらなければならない立場であるというのに……
情けない、このような者が『彼の方の息子』とは……
心中で不満を吐露していたその時だった。
礼拝堂が眩い光に包まれ、一人の天の使者が現れたのだ。
祭壇上空に現れた使者は、参列者たちに慈悲の眼差しを向けると、棺の前に降り立ち、静かに祈りを捧げ始めた。
(はっ! もしや、ガッロル・シューハウザーを蘇生させるのか?)
だとしたら、吾輩はついている!
蘇生が叶ったら、国王に言って奴を吾輩の元へ配属させるのだ。
そして、奴を洗脳で支配し、王女のスキルを解除させる……完璧ではないか! これで、ギラファス様に王女の魂を捧げることができる!
なんとか思い通りになりそうで、頭の中は喜びでいっぱいになった。
しかし天の使者は、ごく一般的な作法で祈りを捧げ終わると、静々とその場を立ち去り始めた。
(これは一体どうなっておるのだ!? 蘇生は? いっ、いかん!)
このまま立ち去られては困る!
「国王様、蘇生していただけないのかお聞きになってみては?」
夢見るような顔で、その様子を見つめていた国王に急いで耳打ちをした。
ハッとしたように我に返った国王が、天使に向かって急いで声をかけた。
「……ぉ、……お待ちください!」
ゆっくりとした動作で振り向いた天使に、国王が問いかけた。
「貴方様は、この、ガッロル・シューハウザーを蘇らせるために降臨されたのではないのですか?」
国王のこの問いに対して、天使は……
「……ご、ゴメンなさい!!」
……と、否定の言葉と共に、一分の隙もない完璧な謝罪フォームで頭を下げた。
(なんと!? あれだけ意味ありげに登場しておきながら何も無いとは! 一体、何をしにきたのだ? 変に期待してしまったではないか!)
憤慨する吾輩の隣で、ヴァリターが弾けたように立ち上がった。
そして、参列者の間をかなり乱暴に掻き分けながら、凄い勢いで走っていってしまった。
(ん? さっきまで魂が抜けたようであったのに……?)
たいして興味はなかったが、そんなヴァリターの様子をなんとなく目で追った。
そして、ヴァリターが使者に向かって大声で呼びかけた……
「シューハウザー様!!」
「!? ヴ、ヴァリター……」
(なな、何とぉぉぉっ!?)
そんなバカな!? 奴は、男であったはずだっ。
ヴァリターが呼びかけたその人物は、どこからどう見ても可憐な少女だ。
……奴は……あの者は、女の天使に生まれ変わったのか?
かっ、仮に、あの者がガッロル・シューハウザーだったとしよう。だが、あのような華奢な体では、とても騎士団に復職できるとは思えん。
となれば、吾輩の元へ配属させることなどできんではないか!
しかも、今のあの者の立場は天の使いだ。
生前も宰相である自分とは接点が無かった故、下手に手出しできん……一体どうすれば……
ガッロル・シューハウザーの降臨により、礼拝堂内は混乱の後に、歓喜の渦に包まれていた。
国王と向かい合って何やら話しているあの者の姿を見て、ふと妙案を思いついた。
(そうだ、配属が無理なら国家に縛りつければ良いではないか!)
シューハウザーを、この国の正妃として迎えてしまうのだ。
まあ、国王は反対するだろうが、その時は『洗脳』で従わせればいい。
ギラファス様のために、この国を乗っ取るつもりだったからちょうどいい。この機会に事を成してしまおう。
早速、あの者を王宮へ連れていこうとしたが、シューハウザー家の者に激しく反発されて、それは叶わなかった。
しかし、それしきのことで吾輩の計画は止まったりはしない。
その夜、吾輩は緊急会議と称して、王宮の
そこで『天使ガッロル様を王妃として迎える』という議題を提案した。
もちろん『洗脳』を発動しながらだ。
当然ながら、満場一致でことは進み、翌朝にはシューハウザー家に使者を立てて『求婚の儀』を取り行うことが決まった。
それにしても、王女にかけられたスキルを解除するためとはいえ、ここまで面倒臭いことになるとは思わなかった。
しかし、この煩わしさも明日で終わる。
そう思うと、これまでの苦労が報われるようだ。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「我が神にして我が
吾輩は、ギラファス様の偉大さを表すように体を大きく広げ、その素晴らしさを天に向かって声高に讃えた。
シューハウザーは、その瞳を溢れんばかりに見開いて立ち竦んでいる。
どうやら、ギラファス様の偉大さに気付いて、衝撃を受けてしまったようだな。
吾輩が、このような回りくどいことをしなければならなくなったのも、全て
此奴が、王女に正体不明のスキルさえかけなければ、今頃は、王女の魂を我が
ギラファス様を讃える気持ちから天に伸ばしていた両手を、ゆっくりと下ろすと忌々しい気持ちで二人を見据えた。
当初の予定では、国王に『求婚』させ、仮にそれが失敗に終わったとしても『洗脳』でシューハウザーを支配できているはずだった。
さすがに、このタイミングで神が降臨なさるとは思わなかったが……
ただ、意識が戻った時の状況から察するに、神も我輩と同じようにシューハウザーを支配しようとしたのだろう。
しかし、跪いた国王や、シューハウザーに漂う
ピタリと寄り添い警戒している二人の様子から、すでに『洗脳』による攻撃を受けた後だということも察せられる。
忌々しいが、ヴァリターは
(これでは、ギラファス様に王女の……高Lv.の女児の魂を捧げられないではないか)
王女にかかっている謎スキルを解かせるためにも、奴を『洗脳』しておくことが必要だというのに。
(……ん、ちょっと待て? そういえば……)
吾輩は、改めてガッロル・シューハウザーのことを観察した。
ヴァリターが身を挺して庇う者たちは、昔から決まってLv.が高かった。
ということは、シューハウザーは間違いなく高Lv.者だ。
それに、天の使者として生まれ変われるほどの清らかな魂の持ち主であり、さらに、ただの使者とは一線を画した高位な気配がする。
しかも……
そのことに気づいた瞬間、吾輩のシューハウザーを見る目は、『支配』を目的としたものから『獲物』を狙うものに変わった。
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