事件の黒幕が現れました①

 文字通り、瞬きする間にすっかり妖しい目つきになってしまった宰相は、何度か目を瞬かせた後、その目をすがめながら怪訝そうにボクを見つめてきた。


 そして、まるで今日、初めて会ったかのような口ぶりでボクに話しかけてきた。


「ほほぅ? ガッロル・シューハウザーではないか」

「!?…… なっ……にを……」


 まるで人が変わったように振る舞う宰相は何とも不気味で……ボクは言葉を続けることができなくなってしまった。


 そう、声は同じだけど口調が違うし、雰囲気も、さっきまでの冷淡な感じから、何だか禍々しいモノに変わっている。


 それに今の言動だって、ボクに『洗脳』と『自白』を仕掛けてきた張本人が言うようなセリフじゃ無いし……


 ボクは一気に警戒心を高めると、ヴァリターと共にサッと防御の構えをとった。


 けれども、宰相はこちらのことなどまるで眼中に無いといった感じで、グルリとこうべめぐらせて周囲の様子を確認している。


「ヴァリター、これって一体どういうこと?」


 宰相の急激な変化。

 これについて何らかの事情を知っていそうなヴァリターに、ボクは説明を求めた。


 宰相のことを本当に嫌そうに、渋面を作って見つめていたヴァリターは、ボクの質問に少し考え込んでから口を開いた。


「……今、目の前にいる人物こそが『正真正銘の宰相』で、さっき話に上がっていた『狂人』だ。逆に、さっきまで話していた人物は『憑依』という形で宰相の体に入っていた全くの別人だ」


 口下手なヴァリターが、一生懸命に考えて説明してくれたその内容は、なんていうか……かなりオカルトめいたモノだった。


「ちょ、ちょっと待って!? じゃあ、さっきまでの宰相は宰相じゃないってこと? じゃあ、『ヴァリターのお父さん』は本当に何処かに封印されているってことなの?」


 ついさっきまで会話していた人物が『封印』真っ最中だなんて、そんなこと普通、思わないじゃないか。


 そりゃあ、確かに『我輩の封印を解いてくれるのか?』なんて言ってたけど、てっきり何かの比喩的な表現だとばかり……


「父親などと思ったことはないが、……まあ、そういうことになる」


 ヴァリターが苦虫を噛み潰したような顔をしながら頷いた。


 何があったのかは知らないけど、二人親子の関係はあまり良くないみたいだ。


 さっきもボクが『ヴァリターのお父さん』って言った時、ヴァリターはちょっとだけ眉間に皺を寄せていたっけ。


 これ以上『ヴァリターのお父さん』については触れないほうがいいだろう。


「そ、そうなんだ……それじゃ、今のこの状態が本当の『宰相』なんだ……」


 ボクは急いで『宰相』へと話題を戻すと、今もキョロキョロと辺りを見回している宰相をジッと見つめた。


 そうか……が、ボクに大量の矢を射掛けた犯人なんだ……って、ん?……ということは、宰相は、姫さまの誘拐犯でもあるわけで……


 つまり……宰相はトルカ教団員ってこと?


 エッ!? よりによって、そんな最高責任者に準ずるような役職の人間がトルカ教団員だなんて……


 普段は特に印象に残ることのない宰相だけど、どうやらそれは『認識阻害』を使ってつくられた仮の姿だったようで、今はトルカ教団員特有の、盲目的に『何か』を崇拝するような、そんな怪しい目付きで辺りを見渡している。


 城内に内通者がいるとは思っていたけど、まさかそれが宰相だったとは……いくら警備を固めても情報が筒抜けなわけだ。


「この人は、本当に何をしでかすか分からない。あまり近づかないように」


 ヴァリターがそう言いながら、ボクを後ろに庇うような位置にスッと歩み出た。


 視界から宰相が消えた途端、ホッと体から力が抜けたことで、自分が緊張状態になっていたことを自覚した。


 トルカ教団のアジトで受けた攻撃。それが目の前の宰相の仕業だと分かった時から体がガチガチになっていたみたいだ。


 (平気だと思ってたんだけど……やっぱり、あんなことがあったから緊張してたのかな……)


 きっとヴァリターはそれに気が付いて、ボクを宰相から隠してくれたんだろうな……


 ヴァリターが女の子の間でかなりの人気だってことは知っていたけど、こういう所作や気遣いが自然にできるからなんだろうなぁ。


 そんな風に思いながら、ヴァリターの広い背中を見つめていた時だった。


 ……キュン!!


「うっ!?」

 (し、心臓が……!?)


 突然、胸が締め付けられるように痛んで、ボクは思わず声を漏らしてしまった。


「!? ガッロル様、何かあったのか!?」

「いっ、いやっ! なな、な、何でもないっ、気にしないでっ」


 すぐヴァリターが声をかけてくれたけど、何故だか、これについては知られたくないと思ってしまって……つい『何でもない』なんて言ってしまった。


 ボク自身、何が起こったのかよく分からないから説明のしようもないんだけど……


 ヴァリターは納得していないようだったけど、今は宰相の動向に注意を払わなければならないこともあり、渋々と前を向いた。


 (今のうちに、早く気持ちを落ち着けなくちゃ……)


 ボクはヴァリターに気付かれないよう、その背の陰に隠れながら、訳も分からず高鳴っている胸の鼓動を鎮めようと大きく息を吸った。


 キョロキョロと周辺を見回していた宰相が、突然、ブツブツと独り言を呟き始めた。


「ふむ、なるほど……どうやら『求婚の儀』は失敗してしまったようだな。馬車の中から記憶が飛んでいることから、我が身に神が降臨しておられたのだろう。そして、ここで吾輩を呼び戻されたということは、我が神は吾輩に『この状況をなんとかせよ』とおっしゃっている……」


 宰相はゆっくり視線を動かし、ひざまずいたまま動きを止めている国王を見つめていたが、何かを悟ったように手を打つと……


「そうか! 我があるじは、『シューハウザーを支配して王女にかかっている謎スキルを解除させた後、王女を生贄に捧げよ』とおっしゃっているのに違いない!」


 ……と、無茶苦茶で身勝手な持論を展開した。


 (!? 何言ってんだ! ボクは支配される気も、スキルを解除する気もさらさらないよっ!)


 ボクがそう反論しようと、口を開きかけた時……

 ヴァリターが表情を硬いものに変えながら、宰相に向かって警告するような尖った声で言った。


「何度も言っているが、魂なんか捧げても『封印』は解けたりしない!」


 『封印』と聞いて『ヴァリターのお父さん』のことかと思ったけど、 トルカ教団宰相が姫さまを誘拐した本来の目的は『邪神に捧げるため』だった。


 ということは、ヴァリターの言う『封印』対象者って『邪神』……だよね?


 つまり、宰相は『封印されし邪神を解放せんがために生贄を捧げん!』なんて厨二病的な発想で、姫さまを生贄にしようとしていた……と?


 あまりに馬鹿げた発想に呆れてしまい、ため息が出そうになった。


 だって、宰相がしようとしていることは、天界や霊界の常識に当てはめると、『認証機能付き自動扉の前で生贄を捧げて扉を開こうしている』ということなのだから。


 当然、そんなことしても『封印』は解けたりなんかしない。

 だというのに、宰相は何故か自信満々だ。


 見下したような視線をヴァリターに向けると、さも重大な情報であるかのように重々しい口調で語り始めた。


「吾輩は知っているのだ! 彼の方が魂を欲していることを!」


 宰相は、いかにも『自分しか知らない特別な情報だ』と言わんばかりに告げると、ニヤリと笑ってさらに言葉を続けた。


「彼の方は、以前より高Lv.の女児を探されていた。そのことを思い出した吾輩は気付いたのだ! 彼の方の復活の手がかりはこれに違いないと!!」


 宰相は、『自分だからこそ気が付いたのだ!』と言わんばかりに誇らしげに胸を張って語っている。


 えーっと? 宰相が悦に入って語った内容をまとめると……

 現在、封印されているトルカ教団の邪神は、封印前に高Lv.の女児ばかり物色していた。


 ……って、えっ!? 邪神は○リコンなの? あ、いや、そうじゃない! 話が逸れてるよ。ゴホッ!


 えっと、だから、そのことを知っている宰相は、それが封印を解く邪神からのメッセージだったのでは、と考えた……ってことだよね。


 ……な、なんて安直な発想なんだ。マンガの黒魔術師や、邪教カルト集団の秘密の儀式じゃ無いんだから……


 宰相の発想が、『邪教オタク』過ぎてビックリした。


 そもそも『封印』は、現実的で近代的な技術を使ったものが大半だから、魂を捧げても解錠なんてできない。


 というか、魂は霊界航空の職員さんたちに導かれて霊界に行くんだから、何の意味もないっていうのに……


 そう思うと本当に、姫さまがそんなオタク的発想で犠牲にならなくて良かったよ。


「封印される以前の行動が、なぜ封印を解く手がかりになるんだ?」


 持論を語ってご満悦な宰相に対して、ヴァリターが至極真っ当なツッコミを入れた。


「う、うるさい!」


 痛いところをつかれた宰相が、顔を赤くして怒りだしてしまった。

 地団駄を踏むその姿は……まるで子供だ。


 こういう自己中心的な人は、自分の世界観が壊れそうになると逆ギレするんだよね。


「封印の弱まっている今こそ、王女の魂を捧げれば、きっと彼の方は復活されるに違いないのだ!」


 宰相は、あくまでも持論を曲げる気はないらしい。


 そもそも『封印が弱まっている!』なんて厨二病な設定、何処から持ってきたんだか……


「はぁ……相変わらず話にならん……」


 ヴァリターが疲労感たっぷりのため息をついた。


 そんなヴァリターの様子に腹を立てた宰相は、ますます声を荒げながら、今度はボクに詰め寄ってきた。


「だと言うのに、此奴がッ!」


 宰相が『此奴がッ!』のところに合わせて、振りかぶるようなモーションから腕をまっすぐ振り下ろしてボクのことをビシッと指差した。


「王女に妙なスキルをかけたせいで、魂を捧げられん! それどころか貴様のスキルのせいで、我輩は酷い目に遭ってしまったではないか!」


 どうやら宰相は、ボクが霊界に行っている間に、またしても姫さまに余計な手出しをしていたみたいだ。


 まったく、命を何だと思っているんだよ。


 だけど宰相の反応から、ボクのスキルにはまったく手も足も出なかったってことはよく分かった。


「そんなこと知らないよ! 姫さまに手出ししなければいいだけの話じゃないか! だけど、ボクは邪教オタクから姫さまを守れて本当によかったと思ってるよっ!」


 そう言い返して、ボクは、宰相が言い放った身勝手な主張を一刀両断に断ち切った。


 今、ボクはスキルを使っちゃいけないから、あまり相手を煽るようなことをしてはいけないんだけど、でも、なんだか気が収まらなくて……


 案の定、自分の世界観邪教オタクにケチをつけられた宰相が、真っ赤な顔で怒り出した。


「お前ぇ、吾輩を愚弄する気かっ! 一度、我があるじの力でほうむられておるくせに!」

「えっ……?」


 今……なんて? 宰相の『あるじ』の力? 


 宰相の『あるじ』は、此の期に及んで国王様……ってことじゃないだろうから『あるじ』とは即ち……『邪神』ってこと? 


 え……えぇぇ!? ボクは邪神の手によって殺されたの!?

 で、でも、邪神は封印されてるって……


「ふふん、恐れおののいたか? 吾輩が彼の方から授けられていた『使い捨てスキル』の『矢の雨レインアロー』の威力に!」


 ボクの驚いた姿を恐怖した姿だと勘違いした宰相が、また一つ、新たな情報を口にした。


 ーー『使い捨てスキル』ーー

 霊界のサイノカ街限定商品。使用回数・一回。リサイクル不可。

 護符タイプの商品で、一枚につき一つだけスキルを入れておくことができる。魔力が無い人でも魔法系スキルを使える。(スキルは自分で用意する必要がある)


 えっと? つまり、ボクに攻撃してきたのは、やっぱり宰相ってことだよね。

 だけど、その矢の雨レインアローは邪神のスキルってこと?


 ん?……ちょっと、待って? 何か引っかかるんだよね、とても重要なことが隠されているような……


 脳内で、推理小説さながらに謎解きを始めようとした途端、声高に話し出した宰相によってそれを阻止されてしまった。


「彼の方は圧倒的な神力に溢れ、眩いそのお姿を見れば誰もが平伏し感涙する……」


 宰相が、唐突に邪神を崇め始めた。

 うっとりとくうを見つめるその姿は、どこかで見たことが……


 宰相が、急にその雰囲気をダークなものに変え、体をしゃに構えたかと思うと……


「聞け! そして、その名を心に刻み、恐怖に恐れ慄くがいい!!」


 ……と、言い放ち、腕を横薙ぎに振るってポーズを決めた。


 いや、その……何だか心が痛くなる……

 厨二病って、盛り上がってる時はいいんだけど、冷めるとただの黒歴史なんだよ。


 そんな呑気なことを考えていたボクは、宰相の次の一言によってそれどころではなくなってしまった。


「我が神にして我が主わがあるじ! 唯一無二の孤高の存在! その名は邪神王ギラファス様だ!!」


 こ、これはっ!…………えーっと、レファス様、任務完了ですか?

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