王宮から『例のあの人』がやって来ました③

 この感じ、……ボクは確かに『コレ』を知っている。


 だけどそれが、どこで、どの様な時に向けられた視線だったのか、全く思い出すことができなかった。


 宰相から漂う得体の知れない『何かオーラ』。


 なんだろう……、これは思い出さなくちゃいけない事のような気がする。


 ボクはヴァリターの胸におでこをトンッとくっ付けると、そっと目を閉じ、自身の記憶を掘り起こし始めた。


 深く、深く、過去へと遡る……


 すると、途端に不安感がボクの胸に湧き上がってくる。


 ブルリと震える体をヴァリターの温もりに縋って誤魔化しながら、さらに過去の記憶を呼び覚まそうとしていたその時だった。


「ガッロル・シューハウザー……お前に聞きたいことがある」


 さっきまで、ヴァリターと舌戦を繰り広げていた宰相が、突然ボクに話しかけてきた。


 警戒すべきであったにもかかわらず、不意に呼びかけられた上に、深く考え込んでいたこともあり、ボクは無防備な感じで、ハッと顔を上げてしまった。


 すると、その瞬間を狙っていたかのように、宰相が素早く、ボクに質問を投げかけてきた。


「お前が王女に使ったあのスキル、あれは一体なんだ?」


 ジッとボクの目を見ながら問いかける宰相のその瞳に、探るような光が射した。


 ……と思った次の瞬間、再び宰相に、念を押すかのように問いかけられた。


「この我輩をもってしても揺らぎもしない、あのスキル。……あれは一体何なのだ?」


 この時、ボクは宰相の瞳の色が褐色かっしょくから、妖しい光をたたえた真紅へと変わっていたことに気付くのが遅れてしまった。


 ——スキル『自白』——

 文字通り、対象者に自白を促すスキル。対象者と目と目を合わせた状態で質問することで効果を発揮する。『洗脳』と合わせて使われることが多い。


 この『自白』スキルの発動時に瞳が真紅に輝くのだが、宰相の瞳の変化に気づいた時には、ボクは宰相が放った『自白』スキルに見事にかかってしまっていた。


 えっと、……ボクは確かに長い間、転生を繰り返しているけど、ずっと地味で平凡な人生を歩んできたんだ。


 だから、こんなふうに人から攻撃されることに慣れてない。それに、ボクは単純だから心理戦とかも苦手だ。


 だから、知識や能力はあっても実践経験が圧倒的に足りていない。


 結局、何が言いたいのかというと、つまり『ボクはこういったことに弱い』ってことなんだ!


 (あわわっ、ど、どうしよう!? とっ、とにかく早く目を逸らさないと!)

「答えるのだ、ガッロル・シューハウザー」


 ボクが、視線固定効果のある『自白』から視線を逸らそうと、視線に意識を集中した瞬間、宰相はそれすらも見越していたのか、またしても、追い打ちをかけるかのように『自白』攻撃を仕掛けてきた。


 (まっ、また!? ゔうっ、勝手に喋り出しそうになるっ、じ、自白させられちゃうっ!? 洗脳されちゃうっ!? どうしようっ、どうしたらいいのっ!?)


 すぐに目を閉じて手で口を塞いだが、今にも『完全防御パーフェクトバリア』のスキル名が口をついて出てきそうで……


 完全にパニック状態になってしまって、頭の中が真っ白になりかけたその時……


「やめていただきたい!」


 ヴァリターの叫び声が辺りに響き渡ったかと思うと、ボクは強い力に背中を押されてヴァリターに衝突していた。


 一瞬、何が起きたのか分からなかったが、ヴァリターがボクのことを引き寄せたのだと気が付くのにそれほどの時間はかからなかった。


 しかし、ヴァリターはボクを引き寄せただけに収まらず、勢いもそのままにボクのことを一層強く抱きしめた。


 あの、腰を強く抱き寄せる『密着度爆上がりスタイル』で。


 力強く腰と肩に回されたヴァリターの腕……


 そのせいで、おへその辺りから両肩まで、ピッタリとヴァリターとくっついている自分の体。


 しかも、息がかかるほど目の前にあるのは、襟の間から見え隠れするヴァリターの鎖骨で……


 そんな今の状況を理解した途端……


「ッ!? キッ、キャアァァッ!!」


 ……ボクは、あんなに拒否感を示していたはずの女子力ある悲鳴を上げてしまった。


 (っ!?……い、今のってボクの悲鳴!?)


 すんなりと口を突いて出てきた自分の悲鳴に一番驚いたのは、言うまでもなく自分自身だ。


 アルに言わされてた時はあんなに恥ずかしかったのに、まさか自発的に……なんて……


 男の子として生きてきた人生観と、今、ヴァリターの胸の中で湧き上がってくるこの感情……男の子として生きてきた自分の中にいた女の子の自分。


 相反するそれらが一度にボクの胸に押し寄せてきて……はっきり言って、何が何やら分からない!


 すっかり狼狽えてしまっていた時、頭上からヴァリターの呟き声が聞こえてきた。


「っ、……俺にも我慢の限界はあるというのに……」


 ヴァリターのその声は何かを抑えているような……かみ殺しているような……何だか、とても辛そうな声音だった。


 (はっ、そうだった! 自分のことで手一杯でヴァリターを気遣う余裕が無かった!)


 ボクが急いでヴァリターを見上げると、ヴァリターはボクから顔を逸らせるように横を向いていて……


 なので、その表情は分からなかったが耳が少し赤くなっているように見えた。


 (あっ! ボクが至近距離で騒いだせいで、ヴァリターは鼓膜を痛めてしまったのかもしれない)


 ボクは急いで、しどろもどろになりながらも必死に謝った。


「ゴゴ、ゴ、ゴメン、み、耳元でっう、うるっ、うるさくしてっ」

「そういう意味ではないが……はぁ……」


 だというのに、ヴァリターからは諦めたような溜め息をつかれてしまった。……な、何故……?


 (あれ? そういえば……)


 すっかり忘れていたけど、ボクは『自白』と『洗脳』のスキルをかけられそうになっていたはずだ。


 それが、綺麗さっぱり無くなっている。


 (な、何で?……あっ)


 ボクはここにきて、スキルを無効にできる能力(方法)があったことを思い出した。


 ーー『状態異常無効』ーー


 スキル……といえばスキルなんだけど、これは『体質』に近いスキルだ。

 たしか、他者にその能力を適応しようと思えば密着する必要があったはずだ。


 そういった理由で汎用性に欠けることもあり、その方法は一般的にあまり知られていない。

 ボクも忘れていたしね……


 (でも、そっか……だからヴァリターは……)


 ヴァリターの『抱きしめ』にはきちんとした理由があった。


 そのことに『なるほど』と納得する一方、何だか釈然としない気持ちになっている自分もいて……自分の気持ちがよく分からない。


「ヴァリターよ、邪魔立てするつもりか?」

「これ以上、この人を苦しめないでいただきたい」


 ヴァリターによって『自白』も『洗脳』も阻止されてしまった宰相が、苛ついたように鋭い視線をヴァリターに向けている。


 しかし、ヴァリターは怯むことなく、逆に宰相に向かって強い視線で対抗しながら、ボクのことを背中に庇った。


 宰相は、ヴァリターのその行動を見て少し意外そうに目を見張ったが、すぐその顔を無表情なものに戻すと……


「……何も、命を奪おうとしているわけではない」


 ……と、平坦な声で話した。


 しかし、宰相のその言葉を聞いた瞬間、いつも冷静なヴァリターが、感情を剥き出しにして怒鳴るような声で言い返した。


「一度、奪ってしまわれたではないですかっ!!」


 いつもと違うヴァリターのその様子にも驚いたが、ボクが何よりも驚いたのは……その内容だった。


「そ……それって……」


 (ど、どういうこと? 一度奪った?……つ、つまり、ボクは……宰相に命を?)


 それがボクの想像通りの事なのか、それとも……

 その真偽を確かめたいのに、衝撃的な発言に気が動転してしまって、ボクは次の言葉を発することができなかった。


 ボクが言葉に詰まっている間にも、ボクを置き去りにして宰相とヴァリターの口論は続いた……


「あれは我輩の指示ではない、暴走したのしでかしたことだ」


 宰相は、自身の胸元に手を当てながら冷然とした態度でそう話した。


 そんな宰相に、ヴァリターが……


「それでもあなたが制御しなければいけないはずだ!」


 ……と、食ってかかるように詰め寄った。


 強い口調でそう糾弾するヴァリターに対して、宰相は自身の体を見せつけるように広げてみせると……


「この状態では、それが不可能であることぐらい分かるであろう?」


 ……と、意味深な言葉を発した。


「それはっ……」


 宰相のその言葉に、ヴァリターはグゥッと言葉を詰まらせてしまった。


 ヴァリターが言い淀んでしまったその隙を見逃さなかった宰相は、まるで止めを刺すかのように……


「封印が解けない限りの暴走を止められん。そのこともあるからこそ、我輩はあの者を探しているのだ」


 ……と、言い放った。


 やはり、二人の間には何かの繋がりがあるみたいで、ボクにはよく分からない会話がずっと繰り広げられている。


 確かに会話の端々から、いろいろと推測することはできるんだけど、ハッキリしたことは分からない。


 ボクは我慢できなくなって、ヴァリターたちの話に割り込んだ。


「ちょ、ちょっと待って! 宰相、あなたは一体何者なの? さっきから自分のことを自分じゃないみたいに言っているけど、……それに『暴走』なんて物騒なことも言ってたよね?……あと『封印』って? そもそも、どうして姫さまを生贄にしようとしているの?」


 さっきから、宰相が自分に対してなんて言っているのも気になっていたし、制御がどうとか封印とか暴走なんてきな臭い単語まで出てきて……


 ボクとしては、何の話をしているのかも分からない状態だから、本当はもっと詳しく説明してもらいたいところだけれど、とりあえず気になったことだけに絞って質問をぶつけてみた。


 宰相は煩わしそうに顔を顰めると……


「我輩は、生贄など必要としていない。あれは暴走したの単独行動だ。それに我輩の正体なぞ知ってどうする? お前が我輩の封印を解いてくれるとでもいうのか?」


 ……と、ボクに冷たい視線を向け、相変わらず『自分』のことを『自分ではない』ような言い方をしながら、ぞんざいな感じでボクの質問に答えた。


 ……カタカタカタカタ……


「?……ゔぁっ!?」


 規則的にリズムを刻むその音が、自分の震える体から出ていることに気がついて、ボクは思わず声を漏らした。


 (か、体が……勝手に震えている……?)


 ずっと宰相から感じていた『何か』……それがこの震えの原因だということは間違いない。


 宰相のこの雰囲気……やっぱり、ボクはコレを知っているような気がする……

 過去に、ボクはこんな視線を向けられたことは無かっただろうか。


 そう考えたボクは、過去の記憶を掘り起こそうと精神を集中させた。


 けれど思い出すのを拒絶しているかのように、訳の分からない恐怖心が湧いてきて、体の震えがますます酷くなってしまって……


 とても、思い出すところまで記憶を掘り下げることはできなかった。


「ガッロル様に八つ当たりするのはやめていただきたい」


 ヴァリターが宰相に向かって語気を強めてそう言うと、体の震えを抑えようと体を硬くしていたボクの肩をサッと抱き寄せた。


 人肌の安心感なのか、体の震えは治ったけど、今度は……顔が熱い……


 宰相は、舌打ちをしながら面倒臭そうに話し出した。


「我輩は『我輩の封印』を解くために、ある魂の持ち主を探しておる。それがこの国の王女である可能性が高いのだ。だというのに、あの『謎のスキル』が邪魔をして、その確認ができん。そこで、あのスキルを解除させるために、お前に近づいたのだ。どうだ? 事情を知ったとしても、お前が我輩に協力などすまい? それが分かっていたから、このように面倒臭いことをしたというのに、このバカ息子のせいで台無しだ」


 宰相が、チラリとヴァリターに目をやりながら愚痴をこぼした。


 まあ、いろいろとツッコミどころ満載の話だったけど……


「ヴァリターが……息子?」


 『息子』というワードの印象が強すぎて、それ以外の言葉が出てこない。


「私は、あなたのことを父親だなんて思ったことはない」

「お前がこれほどまでに口答えするとはな……そんなに、その者のことが気に入っておるのか?」


 宰相が相変わらず淡々とした口調で、なんとも答えにくいことを聞いてきた。


「……あなたの近くにいると、何時あの『狂人』が現れるか分からない。だからこれ以上、我々に関わらないでもらいたい」


 ヴァリターは、宰相の問いには答えずナチュラルに話題を変えた。


 確かに、あんなことを深く聞かれても困ってしまうよね。

 それにしても……『狂人』? またしても物騒な単語が……


 何だか、イヤな予感がするのは気のせいだろうか。


のことなら心配は……ん……?」


 今まで、淡々とした表情で動じることなく余裕すら感じさせていた宰相が、僅かにその顔を歪ませた。


 そして黙り込むと、深く考え込むように眉間に皺を寄せた。


「まさか、……制御に失敗した、などとは……」


 その様子に何かを感じ取ったヴァリターが、焦ったように宰相に問いかけた。


「ちっ、あと半日は眠ったままだと思っていたが……どうやら、少々スキルを使いすぎてしまったようだ。抑えが効かなくなってしまった。ヴァリター、後のことは良きに計らえ」


 慌てるヴァリターとは違い、どこか諦めたような空気を醸し出し始めた宰相が、何かの後始末をヴァリターに託した。


「冗談じゃない! あんな話の通じないを狂人をどうしろと!?」


 ヴァリターのその動揺具合から、どうやら一筋縄ではいかない人物であることは想像に難くない。


 ええっと? そんな人が今からやって来る……ってことかな?

 ……とんでもない面倒事がこれから起こりそうな予感がする。


「ふん、しっかりせぬとお前の大事にしている隣のそやつが、また、霊界送りになってしまうぞ?」


 宰相はそう言うと、スッと目を閉じて表情を消してしまった。


 一拍の後、宰相は再び目を開けた……のだが、そこには、まるで別人のように印象が変わってしまっている宰相の姿があった。

 

 姿形はまったく同じだが、その人物は先程までと違い、その瞳に狂人じみた光を宿らせていた。

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