王宮から『例のあの人』がやって来ました②

 ボクはすっかり狼狽えてしまっていた。


 (ヴァリターッ、はっ、離してっ! 胸が、心臓が痛い!)


 金魚のように口をパクパクさせながら、ボクはヴァリターの背中を軽く叩いて訴え続けた。

 話すこともできず、ガッツリと抱きしめられた状態でできることといえばそれくらいだ。


 ヴァリターには何か考えがあって、この状態を維持することが必要だと考えたんだろうけど……だけど……だけどっ、その前にボク自身が耐えられそうにない!


 だって、自分でも信じられないくらいに心臓がバクバクしているんだ。くっ、コレ、絶対何かの病気だ……よりにもよってこんな時に!?


 (擬似体との融合が不完全だったとか!? いっ、一度天界へ戻らないとっ)


 激しい動悸に見舞われながらそんなことを考えていたボクに、ヴァリターが囁きかけてきた。


「もうすぐ条件が満たされるから、それまで……それまで耐えてほしい」


 その言葉と同時に、正午を知らせる神殿の鐘の音が風に乗って聞こえてきた。



 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇



——(とある第三騎士団員視点)——


 日常訓練を終えた俺たちは、宿舎へ向かう道すがら先ほど修練場を訪れた団長たちの話で盛り上がっていた。


 『笑顔がヤバかった』とか『拗ねた顔も可愛いかった』といった団長の話に始まり、副団長が求婚したことに話が及んでいた。


「それにしても驚いたよな」

「だな、まさか団長と副団長がな〜」

「でも、団長は流されてるって感じじゃなかったか?」

「あー、団長って押しに弱いもんなぁ」

「でもさ、副団長だってそんなに積極的な感じじゃないだろ?」

「だよな?」

「確かに、押しが弱そうだよなぁ」


 『そんな副団長がどうやって団長を?』などと話していると、前を歩いていた仲間が不意に立ち止まった。


「……なあ、ちょっといいか? アレ、なんだと思う?」

「ん? どうした?」

「おっ? 何だ何だ?」


 同僚がおずおずと、自信なさげに指差したその場所は宿舎の玄関前だ。

 その宿舎の玄関前が……物凄いことになっていた。


 ギラギラの馬車の存在感もさることながら、華やかに飾り立てられた玄関前。

 舞台のようなその場所で、俳優のように跪く国王と、それに付き従う宰相。


 それに対峙するのは……


「誰だよ、……副団長は押しが弱いなんて言ったヤツは」

「副団長、スゲえ積極的じゃないか……」


 見ているこっちが恥ずかしくなるくらい、団長を強く抱きしめる副団長の姿がそこにあった。



 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 ただでさえ困った状況だというのに、ボクはさらに困った状況に追い込まれてしまっていた。


 困った状況、……それは……


 それはっ!『ボクたちのこの有り様を、第三騎士団員の全員に観られている』ということだ!


 そう、皆んなが帰ってきちゃったんだよ。


 時間はちょうど正午。皆んなからすると、昼食を取るために宿舎へ帰ってきたら、ボクたちが宿舎の玄関前で、昼ドラのような愛憎劇を繰り広げていた……ってことだ。


 映画のセットさながらに飾り立てられた騎士団宿舎前で、自分達の団長と副団長が熱い抱擁ほうよう?を交わしているだけでも驚いただろうのに、そのボクたちの前に跪いて、ボクに求婚する国王陛下とそれを後押しする宰相まで加われば、騒ぐのも忘れて見入ってしまっても不思議ではない……


 気持ちは分かるよ? ボクだって、そっちにいたら同じように傍観者になっただろうし。


 (でも……でも……お願いだから、皆んなボクを観ないでぇぇ!!)


 修練場で顔を合わせた時も『求婚』のことを知られて死ぬほど恥ずかしかったのに、その更に上をいくはずかしめにあうなんて……


 団員たちの食い入るような視線に耐えられなくなったボクは、ヴァリターの肩に顔をうずめて自らの視覚を遮断した。


 ボクのその行動に驚いたのか、ヴァリターはピクッっと体を震わせると……


「くっ、貴方は本当に……」


 ……と、何だか苦しそうに呟いた。


 何故ヴァリターが苦しそうな声を出したのかは分からないが、今のボクにはそれに構うほどの心の余裕は無い。


 なので、相変わらずヴァリターの肩にギュッと顔を埋め続けていたのだが……


「……俺を……試しているのか?」


 ヴァリターが、不意にボクの耳元に口を寄せると、ゾクっとするような剣呑な声で囁きかけてきた。


 (!?……た、試す? どど、どういうこと?)


 その唯ならぬ雰囲気にハッとして、ボクがパッと顔を上げると……


 (ウッ!? 何でそんなに怖い顔してるんだよ……)


 獲物を狙うような鋭い目をしたヴァリターと目が合った。


 確かに肩を借りはしたけど、そんなに怒るほどのことじゃ……それとも、ボクは気付かないうちにヴァリターに対して、何か失礼のことをしてしまったんだろうか……


 『洗脳』や『求婚の儀』のことがあるから言葉を発することができないので、代わりに『ボク、何かしちゃった?』っていう感情を込めながら、ヴァリターの顔をジッと見つめた。


 するとヴァリターが突然、何かを我慢するようにグッと体に力を入れた……が、すぐ脱力すると……


「ふぅ……まぁ、いい。お返しは後だ……」


 ……と、まるで何かを諦めたかのようなため息を一つ吐き、よく分からない言葉を呟いてこの話を終えてしまった。


 (お、『お返し』?……何のことだろう……なんだか、凄く意味深な感じがしたんだけど……き、聞かない方がいいような気がするのは何故だろう……)


「それより、やっと条件が揃ったから早速始めようと思う」


 ヴァリターは話を切り替えるようにそう言うと、大きく息を吸って騎士団員たちに向かって大声で叫んだ。


「俺たちは今『求婚の儀』を上書きをされそうになっている! 皆んな『証人』として協力してほしい!」


 騎士団の皆んなはそう来ることを予測していたのか、ヴァリターの呼びかけに素早く反応した。


 訓練で見せるキビキビとした動きで整列すると、一糸乱れぬ動きで右手を胸に当て、一斉に大きな声で唱和し始めた。


「我々、第三騎士団員は団長シューハウザー様と副団長レッツェル様の『求婚』を『証人』として見届けたことに間違いありません」


「「「「「我々、第三騎士団員は団長シューハウザー様と副団長レッツェル様の『求婚』を『証人』として見届けたことに間違いありません」」」」」


 途端に、ボクの周りに漂っていた国王の『求婚の儀スキル』が、パチン!と弾けてなくなった。


 代わりに、ボクの周りを取り囲んだのは、さっき宰相によって『解除』されたばかりのヴァリターの『求婚の儀スキル』。

 それが一泊遅れで、ボクの体にピタッと張り付いてしまった。


 (えぇ!? コレって一体どうなってるの!?)


 状況的に、騎士団の皆んなの『証人』としての発言が、国王の『求婚の儀スキル』を消して、ヴァリターの『求婚の儀スキル』を復活させた……ってことだよね。


 『証人』?だっけ? これって解除されてたスキルを復活させるスキルなの?


 名称的に『求婚の儀』専用のスキルみたいだけど……だけど、このスキル、魔力の流れが感じられなかった。


 ってことは、これは魔力無しで発動可能な魔法系スキルってこと?


 えぇ!? そんなスキル、ボクは見たことも聞いたこともないよ!

 そもそも、この『求婚の儀』や『証人』なんてスキルがあるのも、今回、初めて知った訳だし……


 (おかしいな?……転生を繰り返し続けていたボクは、下界のスキルを網羅もうらし尽くしているはずなのに……)


 そこまで考えて、ボクはふと思い出した。

 確か魔法スキルの起源は、人々の想いや願いであったということを。


 ということは、この『求婚の儀』や『証人』は、魔法の概念の無いこの世界で人々の想いが重なって生まれた、この世界で初めての『原始魔法』では……?


 古くからこの国に伝わる慣習『求婚の儀』と『証人』。


 長い歳月をかけて、今、それが新たなスキルに……そう考えると説明がつく。


 (ふわぁっ! これ、生まれたての下界の魔法だ!! 知らないはずだよ!)


 新たな魔法発見に、(さっきまでとは違う意味で)ドキドキと胸を高鳴らせながら感動しているボクの思考を断ち切るように、宰相が唐突に口を開いた。


「ふぅ、困りますね。こちらは既に挙式の手配まで済んでいるんですよ?」


 感情を読み取らせない声で語った宰相だが、口に出したセリフと違い、その平坦な口調から、さほど困っているようには聞こえない。


 その言い方から、何かまだ宰相には裏があるような気がして……底が知れない。


「……そちらは、キャンセルすればよろしいのでは?」

「ほぅ……」


 ヴァリターが、これ以上関わりたくない、といったふうに冷徹な感じに告げた。

 だが宰相は、それの何が面白かったのかフッと笑うと、興味深げにヴァリターを見つめ始めた。


 と、次の瞬間、宰相の纏う空気感が変わった。


 何がどう変わった、というわけではなかったが、今までの『印象に残らないことが特徴』という人物とはまるで違ってしまっている。


 ガラリと印象の変わったことで、ボクの中の宰相に対する警戒心がさらに増した。


 そんな中、宰相が何の前触れもなく腕を振った。

 すると、ボクとヴァリター、そして宰相の三人以外の人たちが動きを止めた。


 ピタリと動かなくなった国王、従者や第三騎士団員たち……


 (まっ、また、スキルを使った!?)


 ーースキル『停止ストップ』ーー

 一定時間相手の時を止める。かける人数によって停止時間は変わる。


 これで宰相は、少なくても三つのスキルを持っていることになる。

 どれも下界のスキルではあるけど……けれど、あまりにもコレは……


 見せつけるかのように、次々とスキルを使うものだから却って気味が悪い。


 そう思っていたら、三人だけの空間になったことで、宰相のヴァリターに対する態度が急に馴れ馴れしくも横柄なものに変わった。


「いつも言い成りでやる気のないお前が、そんな反抗的な態度を取るとはな……」


 感心したように呟くと、宰相が初めてボクの顔をマジマジと見つめてきた。


「お前が此奴のやる気を引き出したのか?」


 宰相は、チラリとヴァリターを見やってから、再びボクの顔を見つめてくる。


「ん? ほぉ……どうやらただの使者では無さそうだな……奴らよりもっと高位な気配がする……」


 今までは視覚には映っていても風景を見ているような、あまり関心を持っていなかったその視線が、興味深いモノを見る目に変わった。


「あまり見つめないでいただきたい!」


 ヴァリターが鋭い声で宰相を牽制すると、その視線からボクを隠すように深く懐に抱き込んだ。


 (ウヒャッ!……こ、これって、まだ、しなくちゃいけないの!?)


 国王の『求婚の儀スキル』が解除されて緩んでいたヴァリターの腕に、再び力が込められてしまった。


 宰相のスキル『洗脳』が発動待機中だから、ボクはまだ口を噤んでいなければならない。

 なので、ヴァリターがボクを抱きしめると、どんな防御効果があるのか未だに聞けずにいる。


 だけど、一つだけ聞かなくても分かることがある。

 それは、コレが『凄く心臓に悪い』ってことだ!


 ボクがヴァリターの腕の中で、ドキドキとうるさい心臓を押さえて必死に耐えている間にも、二人の会話は進んでいく。


「ふっ、お前がそうやって隠そうとするということは、ガッロル・シューハウザーは、かなり高Lv.なようだな?」

「…………」


 探るような視線を向け続ける宰相に対して、ヴァリターは無言のまま鋭い視線を返している。


 しばらくの間、二人は刺すような視線をぶつけてあっていたが、宰相がフッとその視線を弱めると……


「報告は受けてはいないが……まあいい、必要な情報は『男』ではなかったからな」


 ……と、意味深なことを言った。


「だったらもう十分でしょう? これ以上、この人を攻撃するのはやめていただきたい」


 そう言いながら、ヴァリターはボクの背中を、痛みを鎮めるかのような手付きで優しくさすった。

 ただ、『攻撃』と口にした時には、その腕が少し震えていた。


「少しばかり気概を見せたからといって、我輩がそれを聞き届けてやるとでも思ったのか? 勘違いをするな。我輩の行動をお前に指図される筋合いはない」


 宰相のその一言で、急にその場の雰囲気が怪しくなって、二人の間の空気が一気に張り詰めた。


 強者特有のオーラを纏った宰相が、冷たい眼差しでヴァリターを牽制している。

 でも……


 (あ……あれ? 何だろう……)


 その眼差しが、ボクの何かに引っかかった。

 ……が、それが何だったのかは思い出せない。


 自分でも気がつかないうちに、ボクはヴァリターの服をギュッと握り締めていた。

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