王宮から『例のあの人』がやって来ました①

 式典のパレードに使われるような豪奢ごうしゃな馬車が、七色の光を撒き散らしながらこちらへ向かって来る……

 二頭の白馬が引っ張るその馬車は、陽の光を反射し燦然さんぜんと光り輝いていて、いかにもメルヘン〜って感じで……


 アルがこれを見たら、きっと大興奮していただろう。

 しかし、城内でも外れにあるこの場所にそんな馬車がやって来るなんて、どう考えても不自然すぎる。


「ヴァリター……アレ、もしかして……」

「っ、……ガッロル様、できるだけ俺にくっ付いていてほしい」

「く……くっ付く!?……これ以上?……」


 ボクは今、か……肩を抱き寄せられている状態なんだけどっ!?


「あと、誰に話し掛けられたとしても、決して口を聞かないでほしい」

「えっ、喋っちゃダメってこと?」


 くっ付いた上に無言を貫くって……かなり不思議に思えるお願いごとをされてしまった。


「そうだ、できれば反応もしないほうがいい」


 ヴァリターが言い終わるのと同時に、宿舎前の車寄せにメルヘンな馬車が入ってきた。

 馬車は徐々に速度を緩め、ボクたちの前でピタリと止まる。


 (な、何かの間違いってことは……ないかな? 実は他に目的があって……とか……)


 ボクの悪い癖は、嫌なことからすぐ目を逸らそうとすることで、この期に及んでまだ人違いの可能性を願っていた。


 御者がロール状の赤い絨毯を転がして馬車とボクの間に道を作る。

 その間に、従者と思われる男たちがその周辺の飾り付けを始めた。


 ある者は踏み台を用意し、ある者は小花を散らし……

 残りの者はレッドカーペットの左右に整然と立ち並んだ。


 男臭いはずの宿舎前が、あっという間に洋画のワンシーンのようなロマンチックな空間になってしまった。


 (もう、間違いない……コレ、ボクのところに来たので間違いないよ……)


 ここまでデコレーションされて、『これから何が起こるか分からない』なんて、さすがに言えない。


 従者のファンファーレに合わせて開かれた馬車の扉。そこから想像通りの人物が現れた。

 昨日会ったばかりの国王陛下だ。


 でも……


 (……っ! 違う! 何か……漂う空気が昨日と違う……)


 昨日までの澄み切った瞳と違い、どことなく虚な目をしていて、微笑みを讃えてはいるが、感情の感じられない顔にゾッとした。


 (何か、何かおかしい……この世界には無いはずの力を感じる!?)


 擬似体の影響なのか、今まで見えなかった何かが見える。


 ……国王の頭部を取り巻く、モヤのような何かが……


 (こ……これ、魔法スキルだ! 国王様は何かのスキルの影響を受けている!)


 ここに来て事態が急展開してしまった。


 この世界には魔法系のスキルは存在しないはずなのに……

 これは……もしかして、ギラファスの気配を感じ取ってしまったかもしれない。


 さっきまでの修練場での騒動など平和そのものだった……そう思わせるほどの不気味さをこの場に感じた。


 ゆっくりとした足取りで馬車のステップを降りる国王は、純白の衣装を纏っている。

 その姿は間違いなく新郎のものだった。


 (ぐっ!! こ、このままボクと結婚する気でいるのか!?)


 その光景を想像してしまい、拒絶感から鳥肌が立った。

 もちろん、ボクにそんな気は一切ないが……とにかく得体が知れない。

 額に浮かんだ汗もそのままに、ボクは国王の動向を窺った。


 すると、感情の感じられない国王の後に続いて、馬車を降りてきた人物がいた。

 国王の後ろにピタリと付くと、こちらへ共にやって来る。


「っ、なぜ……」


 その人物に気がついたヴァリターが、驚愕したように呟くのが聞こえてきた。

 と、同時にボクの肩を抱き寄せる手の力が少し強くなった。


 ヴァリターの驚愕するその人物の正体は、あまり印象に残らないことが特徴の、ルアト王国・宰相ファラス。

 業務の面も『可もなく不可もなし』といった特徴のない人物だ。


 そんな人物に、何故ヴァリターがそんなに驚くのかは分からないが、とにかく用心するに越したことはない。


 ボクの前までやってきた国王は、一瞬だけギクシャクとした動きを見せた。


「国王様……さあ、跪いて求婚を……」

 (あっ! コレだ、この力だ!)


 静かに言葉を発した宰相から、確かな能力の発動を感じた。

 それと同時に、国王の頭を覆うモヤが濃くなった。


 ーースキル『洗脳』ーー

 相手を意のままに操ることができる。発動条件は、洗脳したい相手に呼びかけ、一度でも『返答』させること。継続的に使用すると洗脳状態を維持することができる。


 (ヴァリターが喋っちゃダメって言ってた理由はこれのことか!)


 なぜヴァリターが、そのことを知っていたのかは謎だけど、でも、その疑問はまた後で考えよう。

 今は目の前の国王だ。


 (こんなの、指、振るだけですぐに解けるのに!)


 スキルを使えないことに、初めてジレンマを感じてしまった。


 (神気が溢れ出しちゃうから、ここ(下界)でスキルは使えないし……だからと言って国王様をこのままにはできないし……)


 こんな低級のスキルにヤキモキする日がくるなんて思いもしなかった。

 ちなみに、この洗脳能力スキルは下界のものだ。


 魔法系のスキルの気配だったからギラファスが関係していると思ったんだけど……

 この件にギラファスは関係ないのかな? 


 だとしても、この状況はいただけない。本人の意思を無視してこんなことをするなんて……


 宰相に促された国王がボクの前に跪いた。


 (国王様……拒絶反応が出てる……)


 その体は小刻みに震えていて、この行為が不本意なものだということが一目で分かる。


 国王にとっては、このスキルによる命令が本当に受け入れ難いものなんだろう。それだけ、王妃様のことを大切に思っているってことだ。


 ヴァリターから王宮の動向を聞いた時は、国王の決定に腹を立てたけど……本当はそうじゃなかったんだ。


 そのことに気がついた途端、ボクの中で遥か昔に封印した何かが溢れ出しそうになった。


 正義の味方気取りで無双していたあの頃の……黒歴史の頃のボクが……


 (うおぉぉ! 宰相の奴ぅ、正義の鉄拳をお見舞いしてやりたいぃ!!)


 黒歴史の象徴であるそのボクを必死に押さえ込みながら、ボクは拳を握りしめて宰相を睨んだ。


「お待ちください! ガッロル様は既に『求婚の儀』を受けております!」


 ヴァリターは、そう宣言すると同時にボクを強い力で抱き寄せた。


 (ぬあぁぁぁ!?)


 ギュッと抱きしめられたことで、怒りで頭にのぼっていた血は、今度は顔面に集まってしまった。

 喋っちゃダメって言われてなかったら叫んでいたかも知れない……


 宰相は、ヴァリターの宣言を聞いて不快そうに顔を歪ませた。


『バカ息子が……』


 ボソリと呟かれた宰相のその言葉は、常人には聞き取れないレベルのものだった。


 しかし、ボクには……擬似体に宿ったボクにはハッキリと聞こえた。


 (ヴァリターのことを息子って呼んだ? ヴァリターが宰相の息子?)


 しかし、宰相が新たなスキルを行使したことによって、ボクがその疑問について考えを巡らせるどころでは無くなってしまった。


「その『求婚の儀』は不完全なものである。よって、国王は天の使者ガッロル様に求婚の儀を執り行うことが可能である!」


 ーースキル『解除』ーー

 かけられたスキルを解除するときに使う。発動条件は、スキル名を含めた解除宣言をする。但し、解除したいスキルを正確に把握していること。


 宰相の高らかな宣言により、ボクの周りにあった何かがパチンと弾けて消えた。


 (うえぇ!? 今、ボクは『スキル解除』されたの? ってボクは何をかけられてたの?)


 ボクは、知らないうちに何らかのスキルにかかっていたらしい。

 宣言内容からスキル名は『求婚の儀』だろうけど、一体どんなものをかけられて……


 考えているうちにハッとした。

 そもそも、このスキルは、いったい誰にかけられたんだ……?


 (求婚……といえばヴァリター? このスキルをかけたのはヴァリターなの? それじゃヴァリターは、このスキルをかけるためだけにボクに……求婚したの?)


 信じられなかったがスキルが解除されたということは、かかっていたということだ。


 (なんだか……騙された気分だ。じゃあ、ヴァリターがボクのことを想ってたって言うのも……)


 そこまで考えた時、胸の辺りが信じられないくらいギュッと痛くなった。


 (うっ!? なに、コレ……病気?)


 初めて感じる胸の痛みに不安が押し寄せた。よりにもよってこんな時に病気になるなんて……


 ボクはヴァリターに抱きしめられながら、痛む胸を抑えていた。


「さあ、国王様。『求婚の儀』を始めてください」


 またしても、宰相から『洗脳』を行使する気配を感じると、それを受けた国王がボクに向かって感情の込もらない笑顔を浮かべる。


「私と共にこの国を支えていってはもらえないだろうか……」


 抑揚のない声で告げられた言葉の中に、相手を支配しようとする力を感じた。


 (『洗脳』だけじゃなかったんだ……発動条件に『返答』が含まれるスキルは……)


 ヴァリターに『誰に話し掛けられたとしても決して口を聞かない』ように言われたことの意味がここにもあった。

 そうか、『求婚の儀』は、洗脳系のスキルだったんだ……


「さあ、ガッロル様? 国王陛下にお答えを……」


 ボクに『返答』を求める宰相ファラス。


 だが、この呼びかけに答えると、二重にスキルにかかってしまうことになる。

 国王の『求婚の儀』と、宰相の『洗脳』の、二つに……

 

 (じょ、冗談じゃない!? なんて悪質なんだ! ボクを二重に支配しようとしているっ。返事なんてできる訳ないじゃないか!)


 どうすることもできず押し黙ったままのボクの耳元に、ヴァリターがそっと囁きかけてきた。


「今から俺がすることは、貴方を守るためのものだから……どうか許してほしい」


 そう囁いたかと思うと、背中に回されていたヴァリターの右腕が、腰の辺りまで降りていく。

 そして、抱き締める腕の力が増していき……


 最終的には、ボクとヴァリターの体は隙間もないほどに密着した。


 (ヴァリターッ!? グッ……ッキ、キャァァァ——ッ!!)


 心の中でだけど、ボクは生まれて初めて女子力のある悲鳴をあげた……

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