元同僚から思わぬ猛攻を受けました⑤

 一気に駆け上がった最上階に、鉄枠で装飾の施された団長室の木製の扉が現れた。

 ボクはその扉をゆっくりと押し開いて室内に入った。


 入ってすぐの正面には、無駄に大きく飾り気の一切ない、無骨なデザインの事務机が来客の行手を阻むかのように鎮座している。


 その卓上には、読みかけの本が開いたままになっていて、傍らに琥珀色の液体が数センチだけ入ったコーヒーカップが置かれている。


 室内は、ボクが姫さまを救出に向かったあの日の晩のままで、生前と……五日前と変わらない状態の室内に何だかホッとした。


 (この部屋の状態……これは、あの日からこの部屋に誰も入っていないってことだ……うん、やっぱり探知機を仕掛けるならここだね。さてと、それじゃあどこに……)


「ここがガーラのお部屋だったとこなの? ヴ〜ン、可愛くな〜い」


 ボクが脳内で探知機設置の算段を立てていたら、アルが不満げな声を上げた。


 どうやら『ボクの部屋』ということで何かを期待していたみたいだが、女子力ゼロのこの部屋を見て、アルのテンションが下がってしまったようだ。


 だが、ここはガチムチの男たちの集まる騎士団宿舎だ。


 その団長の自室がメルヘンな装飾で溢れかえってたりしたら……それこそ問題だ。


 だから変な期待はしないでほしい。


「当たり前だろ、騎士団長の部屋なんだよ? 可愛い方が問題だよ……でもまあ、ちょっと野暮ったくはあるよね……でも、次の団長も使う部屋だから、変に手を入れられないんだよね」


 ボクがアルの意見に一部共感して見せると、アルは『そうでしょ!? 可愛いのは無理でも、せめてスタイリッシュにはできるはずよ!』と、インテリアについて熱く語り出してしまった。


 確かにアルの言うように、室内は実用性重視の無骨で飾り気の無い家具ばかりで、しかも『歴代の団長が使った傷だらけの机を引き継いでいく』という、謎伝統に縛られていたりするから尚更だ。


 でも、それが今回、探知機を仕掛けるのに役に立つんだよね! 仮に、他の家具が捨てられたとしても、この机だけは必ず残るからね!


 早速、ボクは天界政府から支給された、指先に乗るほど小さなボタン型の探知機を、机の横に貼り付けた。


 軽い電子音が鳴り認識阻害機能が発動すると、探知機はすぐに見えなくなった。


 よし、これでこの宿舎周辺の神気を探知できるようになった。

 後は砦と、トルカ教団のアジトだけど……


 この二つに関する情報は、ヴァリターに聞こうかと思っていたんだけど……やっぱりやめることにした。


 だって、ボクが命を落とす原因となった場所だから、この件に触れない方がいいような気がしたんだ。


 だってヴァリターの心の柔らかい部分を変に刺激しそうだし……


 そんなことを考えていたら、昨日の礼拝堂での出来事を思い出してしまった。


 ボクに詰め寄りながら涙を流していたヴァリターのことや、抱きしめられた時の光景が脳裏に浮かぶ。


 あの時は、友情的な感情からの行動だと思っていた……んだけど……


『俺の思いは昨日、今日のものではない。貴方を失ってその思いに気がついたんだ。俺はもう貴方を失いたくない、後悔したくないんだ。返事をすぐに、とは言わない。だから俺のことを真剣に考えて欲しい……』


 不意に脳内に、応接室での光景がフラッシュバックした。


 途端に羞恥の念に襲われて、顔が燃えるようにカアッと熱くなるのを感じた。


 (ぬあぁぁっ!)


 穴があったら入りたい!

 本気でそう思いながら、ボクは膝に顔を埋めるようにして、その場にうずくまった。


 (ガ、ガーラ? 急にどうしたの? 大丈夫? どこか痛いの?)


 そんなボクの様子に驚いたアルが、心配そうに声をかけてくる。


 しかし、ボクの脳内ではヴァリターのセリフが妙にリフレインしていて……

 セルフで悶絶寸前になっているボクには、アルの呼びかけに応える余裕は無かった……



 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 宿舎にほど近い第三騎士団の修練場では、現在、二人一組になって剣術の訓練が行われていた。


 あの後、なんとか復活したボクは、少し悩んだけど皆んなの所に顔を出すことにした。

 近くまで来ているのに挨拶もなく立ち去るなんて、やっぱりできない。


「あ! 団長!」

「シューハウザー様!」

「皆んな! 団長がおいでになったぞ!!」


 ボクが土埃の舞う運動場に顔を出した途端、鍛錬に勤しんでいた団員たちが一斉に駆け寄ってきた。


「やあ、皆んな頑張ってるね! でも怪我しないように気をつけるんだよ?」


 いつものように微笑みながら、いつものセリフで、ボクなりの激励の言葉を皆んなにかけた。


 なのに、皆んなは衝撃を受けたように体をビクッと震わせると、時が止まったかのように固まってしまった。


「えっ……皆んな、どうしたんだ?」

 (はぁ〜、またガーラの無自覚による被害者が出たわね……)

「はぁ……貴方という人は……」


 アルはいつものことだけど、ヴァリターまで物言いたげな顔でため息をついている。


 (何? ボクは、いつも通りの挨拶をしただけだよ? 迷惑をかけた事への謝罪なら昨日のうちに済ませたし……一体何なんだよ!)


 今朝から気持ちが不安定気味なこともあって、ボクは珍しく不満の言葉を口にしてしまった。


「むー、何だよ! みんなしてボクが原因みたいに!」


 ちょっと子供っぽいかな?とは思ったけど、ボクの気持ちを分かってほしくて、わざとむくれた態度をとって見せた。


 その途端……


「はうっ! だ、団長は悪くないっす!」

「か、かわ……い、いえ、すみません!」

「不快な思いをさせてしまいました!」

「あなたは正義だ! 悪は俺らっす!」

「シューハウザー様、誤解なんです!」

「我々はそんなつもりーー」


 ……団員たちの謝罪する声が運動場に響き渡り、辺りは蜂の巣をつついたような騒ぎになった。


 こ、ここまで大事おおごとにするつもりはなかったのに……ちょっと拗ねてみただけなのに……


 部下たちが必死に謝罪する様を見て、ボクは、はっ!と気がついた。


 皆んなのこの謝罪は、ボクが無自覚に強要してしまった結果なのではないのか?と。


 (も、もしかしてボクはパワハラ上司なのか!? 部下に謝罪を強要するパワハラ上司なのか!?)


「まま、まって! ボクも怒ったりしてゴメン! だから皆んなも、もう謝らないで?」


 パンッと両手を合わせると、ボクは『ごめんね?』のポーズで謝った。


「「「「「うおおおおぉぉおぉぉおぉおぉぉーーーーーーーー」」」」」


 なぜか騎士団員たちの野太い歓声が運動場に響き渡った。


「いっ、一体何? 皆んなどうしたんだ?」


 訳が分からなくて、ボクは説明を求めるようにヴァリターのことを仰ぎ見た。


 しかし、ヴァリターは真顔でジィッとボクを見つめ返してくるだけだった。


 ますます訳が分からなくなっていたらボクは突然、ヴァリターに肩を抱き寄せられた。


「えっ、え?」

「皆んな、聞いてくれ!」


 ボクの戸惑いをよそに、ヴァリターはみんなの注目を集めるように、一際大きな声で話し出した。


「俺は今日、シューハウザー家を訪れてガッロル様に正式な求婚をした!」

「ブフゥゥッ!!……っ、ヴァリタァァーー!?」


 ヴァリターが始めた衝撃的な発表に、ボクの口から変な息が漏れた。と、同時に一瞬にして顔に熱が集まった。


 (何でわざわざ喋るかなぁぁ!? こ、これじゃあ、ボクの団長としての面目が……や、やめ、やめてぇ!)


「よって、他の誰であろうともガッロル様に求婚することはできない!」


 しかし、ボクの心の叫びは届くことなく、ヴァリターは騎士団全員に聞こえるような大声で宣言した。


 皆んなの驚いた顔を正面から受けて、顔から火が出る思いだ。

 これなら、皆んなの前でカーテシーを披露する方がマシだった!!


「いいな? 覚えておくように!」


 ヴァリターは締めの一言を言い放つと、ボクの肩を抱き寄せたまま修練場に背を向けた。


 一拍おいて、皆んなの爆発したかのような雄叫びが背後から聞こえてくる……


 そんなわけで、ボクが半泣きになってしまったのは仕方ないことだと思う。


「ヴァリター、……何でわざわざ言いふらしたりするんだよ……」


 ボクは、涙目のままヴァリターをキッと睨んだ。


 ただ……身長差の影響でちょっと上目遣い気味になってしまったから、あまり迫力はなかったかもしれない。


「……貴方は、俺の忍耐を試すつもりなのか?」


 忍耐? 我慢ならボクの方がしているんじゃ……


 (ガーラ、そろそろやめておかないと大変なことになるわよ……)


 アルが、またよく分からないことを言ってきた。



 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 修練場から宿舎に帰って来ると、ボクたちは玄関前の車寄せで馬車を待った。


 すぐ自宅に帰れるようにと、修練場に行く前に馬車の手配を頼んであったのだが、なぜだか馬車はまだ到着していなかった。


 (おかしいな? 伝達ミスでもあったのかな? まあ、仕方ないか。人間、誰しも失敗はあるしね)


 馬車を待っている間、ヴァリターに修練場での暴露大会の理由を聞いてみた。


 ヴァリターいわく……


「いくら正式な求婚をしていても、王家に揉み消される可能性がある。だから揉み消すことができなほど、証人を増やす必要があり、また、新たな求婚者が出てこないように牽制する目的も兼ねている」


 ……ということらしい。


 まあ、牽制なんかはしなくても大丈夫だと思うけどね。


 (元)男のボクに言い寄ってくる人なんて、ヴァリター以外いないってば。


「ヴァリター。もう誰も見ていないんだし、そろそろコレ……いいんじゃないかな?」


 ボクは、肩に乗せられたままのヴァリターの手を指差して聞いてみた。


「……ダメだ。どこで誰が見ているか分からない」

「……………」


 ……普通、逆じゃないかな?


 『どこで誰が見ているか分からない』から『やめる』のが普通だよね? 

 『どこで誰が〜』だから『やめない』っていうのは……違うよね?


 いや……まあ、本当はボクだって分かってるよ? 牽制するって面から見れば、変じゃないってことは。


 ちょっと、ふざけて考えてみただけなんだ。じゃないと、今のこの状況に耐えられないんだよ……何故って?……それは……


 ひっ……人目のない車寄せで、ヴァリターと二人っきり!……かか、肩を抱き寄せられながら鳥のさえずりを聴いているこの状況に!!


 頼みの綱のアルは、ボクが助けを求めてさっきから話し掛けているのに、だんまりを決め込んでいるし……


 うぅ、馬車はまだかな……早く来ないかな……


 身の置き所がなくてモジモジしていたら、王宮方面から馬車がやって来るのが見えた。


 いかにも『王族専用』って感じのゴージャスなヤツが……


 いやいや、違う! この馬車じゃないんだけど!? ボクが待っていたのはっ!?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る