天界への強制連行①

 コツコツと心地よい靴音を響かせながら歩く職員に誘われ、白さ際立つ大理石の廊下の突き当たりまでやって来たボクたちは、いかにも高貴な方達専用だと思われる重厚な扉の応接室に通された。


「こちらで、少々お待ちください」


 案内の女性職員について入ったその広い室内は、意外にも応接セットのみとシンプルだが、高級感あふれる調度品で揃えられていた。


 毛足の長い絨毯は、歩くたびにフカフカとした感触を靴裏に伝え、部屋の中央に配置されたソファーは体を包み込むように柔らかく、それでいて安定感があり、気を抜いてしまうとそのまま眠ってしまいそうなほどに座り心地がいい。


 高天井には、小降りながらもまばゆきらめきを放つシャンデリアが取り付けられていて、控え目ながら、美しい虹色の筋や光の粒を部屋全体に降り注がせ、幻想的な空間を演出している。


 女性職員が退出するのを待ってから、出されたばかりのティーカップにスッと手を伸ばす。


 その味を確かめるように一口、ゆっくりと口にすると、紅茶の優雅で華やかな香りが鼻孔をくすぐった。


 流れるような美しい所作でカップをソーサーに戻すと、静かに目を閉じて……


「はぁぁぁぁ……」


 ボクはガックリと頭を抱えて深いため息を吐いた。


「ねぇ、ガーラ。まだ諦めきれないの?」


 そんなボクの様子を、ちょっと呆れたように見つめてくるのはアルだ。


 彼女はテーブルの上で足を投げ出した姿勢座り、(彼女の)スケール的にはクッションほどもあるお茶菓子のクッキーを食べている。


「だって……だって、あと少しだったんだ。あと一回あればカンストできたんだ。一回くらい……大目に見てくれてもいいじゃないか……」


 そう言いながら、ちょっと涙目になってしまった。

 なぜなら、長い間、転生周回し続けた一番の目的が、達成目前で脆くも崩れ去ってしまったのだから。



 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 少し時は遡る……

 場所は転生課フロア。時はランスにスキル付与についての説明を受けた後のこと。


 ボクは、腕を組んで背もたれに寄りかかった姿勢で、むすっとした顔を隠そうともせず椅子に座っていた。


 アルに散々からかわれた後、ランスは別室で待機しているルーベンとリオンの様子を見に行ってしまい、今は雑多なフロアにアルと2人きりで取り残されている。


「ごめんってば。機嫌直してよ、ガーラ」


 アルが、上目遣いに覗き込んでくる。


 いつもならこの可愛い仕草に癒されて機嫌も直るんだけど、今回は何故だかモヤモヤが収まらない。


 自分でもよく分からないけど、アルに対するこの態度はただの八つ当たりである事だけは分かる。


「もういいよ、分かったから……」


 自分がむくれた顔をしていることは分かっているが、なかなか感情をコントロール出来ずにいた時、転移ゲートから複数の人の気配がこちらにやって来るのを感じた。


 慌ただしく現れた5人の職員たちは、ボクの目の前で横1列に並ぶと一斉に跪いた。


 この展開にもいい加減慣れて来たからそれほど驚かなかったけれど、今日ここで跪かれたのは何度目だろう、と思わず遠い目をしてしまった。


 高位のものと分かる服を身に纏った女性職員が、祈りのポーズで自己紹介を始めた。


「ガッロル様、ご挨拶申し上げます。私は、霊界政府に所属しておりますモリーと申します。こちらは私の部下たちで、順にミリア、ボニー、ナタリー、スーです」


 彼女たちは、モリーの紹介に併せ、順番に軽く頭を下げていく。


 流れるような優雅な挨拶を受けて、礼には礼を返さなければと、ボクは急いで椅子から立ち上がった。


「ご丁寧にありがとうございます。生前は、ルアト王国にて第三騎士団長を勤めておりました、ガッロル・シューハウザーです。こちらの礼儀作法を知りませんので、不作法がありましたら申し訳ありません」


 そう言って、右手を胸に当ててルアト国流の挨拶を返した。

 霊界での正しい挨拶の仕方なんて分からないけど、気は心だ。

 そう思って、ボクは最後に軽く微笑みながら会釈した。


「っ!……とんでもございません」


 モリーが、上擦った声でそう返す。少し強張ったような反応がちょっと気になった。


 ?? おかしいな?……

 隣の部下の方たちも、なんだか顔が少し赤いし……何か粗相でもしてしまったのかな?


「ねぇ、ガーラ……あなた、とんでもないタラシだわ。自覚ある?」

「な、何が?」


 アルは、さっきまでの神妙な態度とは打って変わってジト目で見てきた。


 なぜそんな目で見られるのか理解できず首を傾げていると、アルは諦めたように大袈裟にため息をついた。

 ぬぅ……解せぬ……

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