総合案内カウンターと転生課職員

 ここ、総合案内カウンターには、毎日数え切れないほどのお客様が訪れる。

 そのお客様一人ひとりのご要望に完璧にお応えすることが、『空港コンシェルジュ』としてのの仕事。


 今日もお客様の波が途切れた隙に、大量に溜まったデータの入力作業をおこなっていた時だった。


 総合案内カウンターの受付に少し顔色を悪くした一人の男性職員がやってきた。


「連絡をもらった転生課の者ですが、要請のありました資料を持ってきました」

「はい、データベースに入力しますので資料をお預かりします」


 キーボードをを叩く手を止めることなく、チラリと横目で転生課の職員に視線を送った。

 すると、もともと顔色の悪かった転生課職員が、さらに顔を青ざめさせた。


 よく同僚から、視線が冷ややかだ、と言われるが、私自身、そんなつもりはない。

 なので、これしきの視線でいちいち青褪められていては、こちらも仕事にならない。


 転生課職員は、額に流れた汗を袖口で拭うと、左脇に抱えていた資料の束を受付に差し出してきた。


「こちらが、[魂No.0005]今世名ガッロルさんの転生課で処理した転生記録になります」

「!?」


 一枚につき、二十回分の転生履歴が記入できる用紙が、辞書ほどの厚みになっている。

 想定をはるかに上回る枚数に言葉を失ってしまった。


 沈黙を資料提出の遅れに対する抗議だと捉えたのだろう。転生課職員は慌てて釈明を始めた。


「なにぶん、過去の記録すべてとなるとご覧のように枚数が半端なくて……倉庫の一番奥まで引っ張り出して探さなければならなかったものですから」


 気を取り直してとりあえず目を通そうと、ドンと積まれた書類の一番上、最近の転生記録を手に取り内容を確認する。


 不審な点を見つけ、眉間に皺を寄せながら転生課職員に質問した。


「Lv. 数の記載がありませんが、こちらの方の現在のLv.はいくつですか?」

「い、いや、その、分かりません。転生課には旧式の測定器しか支給されていませんから。Lv.はプラス・マイナス表示しかされないんです」

「えっ? 分からない?」


 眉間の皺がますます深くなるのを自覚しながら、ドンと積まれた書類を見つめて考えた。


 ある乗客の転生状況を確認するよう通達が来たのは、今から40分ほど前。

 すぐさま検索をかけると、出てきたのは『転生課にて処理』という文字のみ。


 そこで、正確な情報を把握するため、転生課に資料の提出を求めたのだが、……正直なところ、そこまで留意するほどの人物とは思っていなかった。


 わざわざ転生課を選ぶあたり、Lv. の低さを恥じて人の少ない部署に行っているのだと思ったし、Lv. が高ければすぐに報告が来ると思っていたからだ。


 カウンターの上に置かれた資料を手に取り、パラパラとめくって目を通すと、思わず目を見張った。


 過去、どの転生先も難易度A以上の加点対象界であり、各世界での獲得経験値は一般転生者より一桁は多い。

 Lv.測定などしなくても、高レベルであることは一目瞭然だ。


「あなた、今まで転生課で何してたんですか!? この方はどう見ても高レベル者ですよ!?」


 高レベル者が出たら、速やかに上層部に連絡を入れなければならない決まりになっている。

 ずさんな仕事ぶりをもどかしく思うあまり、資料の束をバン!と叩きながら問い詰めた。


 転生課の職員は、おどおどしながら弁明を始めた。


「わ、私も、過去の資料を集めながらそうじゃないかと思いましたが……し、しかし、転生手続きの度に個客の履歴や獲得経験値をいちいち調べたりはしません。だから気がつかなかったんです」


 確かにその通りなので、もどかしく感じながらもそれ以上言及するのをやめた。

 冷静さを取り戻すため、深呼吸してからこれからのことを話すことにした。


「ふぅ、そうですね、Lv.測定器が旧式では判断できませんね。では、携帯型Lv.測定器を貸し出します」


 カウンターの下から、ハンドガンタイプの測定器を取り出すと、転生課職員に手渡した。


「資料からこの方が高レベルである可能性が推測できましたので、上にはこちらから連絡しておきます。Lv. はこの方が帰還した時に上層部施設で測定することになるはずです。結果が出ましたら転生課の方に連絡を入れーー(プルルル…プルルル…)ーー」


 これからの段取りを説明していると、内線電話が鳴りだした。


 転生課職員に片手で合図しながらヘッドセットで電話を受けると、管制官の慌てた声が鼓膜を突き抜けた。


「こちら管制塔! [魂No.0005]ガッロル様のLv. の確認はできたか!?」

「……っ、はい、正確なLv. は不明ですが、資料から高レベルである可能性が高いです」


 キンキンとした高い声に耳鳴りを覚えながらも、緊急性を感じさせる管制官の質問に、簡潔に答えた。


「っ!……そうか! 実はたった今、ガッロル様が乗った飛行機が到着されたのだが、係員が案内する前に、いつの間にか降機こうきなさっておられて……今、職員を派遣して空港内の捜索に当たっているのだが、総合案内カウンターには来られなかったか?」

「いえ、それはちょっと。ここでは個人情報の提示は求めていませんから、もし来られたとしても……あ、」


 分からないと言いかけて思い出した。さっき珍しく転生課を希望していた人物がいたことを。


「あぁっ、転生課! 転生課です。さきほど転生課経由での転生希望の方が来られました! きっとあの方です!」

「転生課? まさか、違うだろ? あの部署は……」

「信じられないでしょうけど間違いないと思います。記録によりますと、この方は過去、すべて転生課にて手続きを行なっております」


 サンズリバー空港の中で、唯一システム管理されていない部署である転生課。リストラ対象者の左遷先で、しかも機材は旧式のまま。


 当然、職員は長続きせず入れ替わりが激しい……


「っ、そうか! そういうことか!」


 何かを察したらしい管制官は、一方的に通話を切ってしまった。


 漏れ聞こえてきた会話から状況を理解したのだろう。転生課職員は携帯型Lv. 測定器を抱きかかえ、頬を蒸気させて立ち尽くしている。


 こういったところがリストラ対象なのだと思う。今、するべきことは『対象者の保護』だ。


「聞いてましたね? 急いで戻って引き留めておいてください!」

「は、はいぃ!!」


 転生課職員は、足をもつれさせながら走り去っていった。あれでは時間がかかりそうだ。


 今のうちに、転生課に一番近い入国審査窓口に連絡して、職員を転生課に派遣してもらおう。後は、……


 ふと、簡易転生手続きをしたあの時の光景が脳裏に浮かんできた。


『ありがとう』


 手渡したパンフレットを軽く持ち上げながら爽やかに微笑み、颯爽と立ち去ったスマートな青年……うん、眼福……

 ……って、これじゃ私もあの職員のこと言えないわね。


「ふぅ……」


 一つため息を吐いてから、再び入力作業に専念した。

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