02

私は熱に浮かされたかのように、毎日その屋敷跡へと足を運んだ。

授業の始まる前。

授業が終わり、帰路につく時。

土塀の前に立ち、樹を見つめる。

はらり、はらり、と招くように肩に降り注いでくる花びら一枚一枚に、何故か哀しいような、寂しいようなせつなさを感じ、そっとため息をついた。


天気が良い日ばかりではない。

雨が降る日もある。

樹は、雨のしずくを花に受け、その重さに耐え切れずに一輪ごと、ことり、と地面に沈んでいった。

水を含み、重くなった花びらは、傘に降り積もった。

桜の花の、その咲き誇る時間を惜しむように惜しむように、音のない音をたて傘の上に降って来た。


肌寒い日もある。

吐く息が白いそんな時にも、樹はただそこに立ち、私を抱きとめるでもなく、突き放すだけでもなく、はらりはらりと花を散らしていた。

私の吐く白い息にも降って来る花びらたち。

泣き出したくなるような切なさを抱えた私の前に、樹は黙って立ったままだった。


夜の桜は、花自身が光を持っているかのごとく、ライトなどがなくとも、かそけく淡く浮き上がって見える。

満開の瞬間には、それが大変に妖しく美しい。


そう。

盛りはすぐに過ぎ去る。


満開の時には、花で霞がかかったように向こうが見えなくなっていた花は、日一日と…いや、瞬間瞬間に、向こうの景色も見えるようになって行く。

花が、やせ衰えていくようにしか見えなかった。


夜の闇に浮き上がって見える花も、次第に光を失って行く。

病床において、血の気の無い、それでいて美しい微笑みを向けられているような、そんなように私の目には映った。


およそ一週間。

公園に咲き誇っていた桜の木々が、外堀の水面を花びらで埋め尽くす頃。

私の恋した桜の樹も一輪二輪を残し、葉桜となった。


私の熱は、そこですぅっと引いた。


桜への思いが消えたのではなく。

楽しい夢の時間が終ったことに気がついた。

年に一時。

春にだけ会える恋人。

今年のその時期は終ったのだ。


そのことを理解したため、熱が引いた。


また来年になれば逢える…

胸の奥が、むずがゆく痛んだ。

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