願わくば桜の元にて春…

茶ヤマ

01



「どうして誰もが見るのだろう」 



何故だろう。


桜が咲くと、気持ちがざわつく。


そして、必ずその木を見やってしまう。


一体、何故なのだろう。



山肌がむき出しなのか、と錯覚するほどの、斜面を多い尽くすほどの桜。


道の両脇から枝を伸ばし、アーチを作る桜。


白い色彩のように見え、淡く色を持つ花びら。それらが幾重にも重なり「桜色」と呼ばれる、ほんのりとした色をかもしだしている。


花の向こうは霞がかかったように、おぼろに見える。



一斉に咲き、一斉に散って行く花。


それが桜だ。


 


様々な桜の木があるが、どのような桜であっても大概は見入ってしまう。



この地域にある広大な公園。


そこに咲き誇る桜桜桜。


見渡す限りただ桜。


その空間を桜の一色だけに染あげている。



桜の、ただ桜ばかりのひたすらな空間。


確かに、この空間は、これは見蕩れるだろう…。



しかし、私にとってその樹だけは別だった。


見入るのではない。


ただ一本の、桜の木に魅せられたのだった。



今は人が住んでいない屋敷跡。


崩れた土塀と傾いた門。


荒れた庭。



そこに、樹は立っていた。


淡い色彩。


黒に近い濃茶の幹。


冷たさの方が多量に含まれている春の風に、逆らわずにたおやかにそっとなびく枝。


自分自身から光を発しているかのように、その姿は浮きあがって見えた。


 


どのような大木よりも、神々しく見える桜の樹。


荒れ果てて、錆びた色しかないその廃墟の庭に、一際美しく色を放ち、自らの存在を私に見せていた。


塀が隔てているとは言え、樹と花はすぐそこに見えた。


幾重にも幾重にも舞う花びら。


一瞬止む風に、花びらは己の行く末をわずかに見失ったかのように、落下の方向を変える。



…いや、風はもとより吹いてなどいない…



私の肩先に舞い落ちた花びらは、その樹が差し伸べた、優しい白い指のように思い、そっと自分の指を重ね合わせた。



私は。


一目でその桜の樹に心引かれた。


大学二年目の4月。



それは間違いなく、一目惚れだった。



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