第2話 青の予感
「・・・失礼します」
職員室の扉を憂さ晴らしのため力強く開けると、教職員から刺すような視線を向けられ、俺は小さくなる。
そんな視線の中、一際緩慢な動きで頭を上げた人影を見つけた。
成美未果。呼び出した張本人である。
けれど俺と目があっただけで手を挙げたり、微笑んだりせずすっと視線を外すのが傍若無人な彼女らしい。
憎たらしいことこの上ない
俺はつい嫌な顔をしながら成美先生に近寄った。
「よくも俺の青春を」
「今のお前は随分『青』って顔してるけどな。それこそ月曜日を迎えたサラリーマンみたいな」
このクズめ・・・。
「お?貴様、今自分の学年主任に対してクズと言ったか?そうかそうか。内申点に響くなぁ」
そんな適当を言いながら成美先生は小指で耳の穴をかっぽじる。もうちょっと女教師という自覚を持ってほしい。
「それで、何のようです?」
この人に主導権を握らせてはいけないということはこの数ヶ月で学んだ唯一のことだ。
すると先生はクマまみれの目元に作り物の笑顔の浮かべ、机上に散らかった紙の中から一枚引き抜いてそれを俺に突きつけた。
よく見れば俺の現状の成績表のようで、見方がわからないが科目名の上に赤ペンでバツがいくつか書いてある。
「先生ダメですよ。こういうのはプライバシーの侵害です」
「お前、私は教師だぞ・・・?」
ポリポリと頭を掻きながら呆れ声で成美先生は答える。
・・・うん。なるほど。さっぱりわからん。
俺はこの紙を先生が突き付けてきた訳がわからず、俺のキョトンとした顔で先生を見返す。
「お前、マジでバカなんだな」
それから先生はため息を長く、太く吐いて力強く言った。
「お前、留年するぞ」
「・・・はい?」
意味がわからない。さっきより焦りを伴った無理解だった。
「お前は頭が悪ければ態度も悪いから成績がこのままじゃ危ないんだ。だからそれの説得」
なるほど、先生が呼び出した訳はそういうことか。
こんな学期の半端な時期に呼び出して警告してくれるというのは、意外にもこの人には温情というものがあったらしい。
俺、感動
「でも俺悪くないですよ。だって態度悪いのって高圧的な先生の時だけですもん。自分がマウントだからってだけで偉そうにする人間は、果たして『師』足りうるのでしょうか」
「まず人を選ぶな、人を」
しばらくして今度は成美先生がキョトンと黒い瞳を俺に向けた。
「・・・でも私の数学だけは変に起きてるよな?」
「だって起きてないと雑務やらされるんで。そういうリスクヘッジの授業だと割り切ってますよ」
「はい、数学の評価もたった今最悪になりました」
あっ、黒い瞳が淀んだ目にレベルダウンした
「最終確認だ。態度は置いといて、学力の向上は可能か?」
「まさか」
「だよな」
はははっとどちらともなく笑う。乾いた笑い。
「そんな事私も承知の上だ。だからこそ、今回お前をここに呼んだんだ」
先生はクマまみれの目を、意地悪そうに歪める。瞬間、全身に警戒アラームが鳴った。
「帰っていいですか?俺の日常に危機を感じます」
「なに、ちょっと青くなるくらいさ」
俺はその言葉に、なぜか反論を飲み込んでしまった。脳裏に浮かんだのは、先の中庭でのこと。
先生は気だるく眠そうに時計を見ると一言、「放課後は空き教室に来い。話はそこでする」
そう言って机の奥に並んである教科書に手を伸ばし出した。
途端、チャイムが鳴る。
追求叶わず、俺は泣く泣く自教室に向かう。
教室に戻り退屈な時間を過ごしても、さきの内容への面倒臭さや不安は、消えるばかりか膨らむ一方だった・・・。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます