色づく恋が実るまで

あんよ

第1話 青い春の片隅に

 青春


 学生生活の代名詞とも言えるその言葉には、若さや夢に向かっての努力や恋愛を表す「青」が使われる。

 思い思いに勉学なり部活なり、人間関係に真剣に取り組む彼、彼女らにとってはまさにその色は相応しいと言えよう。

 そんな学校生活の始まりである入学式とその後のクラスのオリエンテーションを終えたばかりの俺は、そんな周囲の青々しさに目眩を覚え校内の人々をかき分けてやっと外に出た。


 教棟の間にある道を進むにつれ、俺の周りから「青さ」は薄れて、なんの特徴も主張もない「無味」な感じが戻ってきて、俺はその様子に安心感を覚えながらさらに道を進む。


 自販機までの最後の角を曲がったその時、



 俺は、目を見張った



 一人の少女の周りを桜の花々が舞い、微かに甘い春風は陽射しに透けた茶色い髪を優しく撫でていた。

 別にその子自身が華やかな見た目をしているわけではない。ないのだが、なぜか俺にはその絵が鮮明に、頭に残って離れなかった。

 

―――彼女の、青春の始まりを思わせる桜の木々を、特になんの感動も抱いていないと言った感じでただボーッと木の上の方を眺めるその横顔はどこか似たようなものを感じたから。


━━━━━


『あー、一年の色見和樹。至急職員室へ』


 気だるげな女先生の声が昼休みの教室の喧騒を上書きするように響く。

 俺は思わずその声を聞いては、たった今スマホ片手に味わっていた好物のサンドウィッチをむせてしまった。

 それもそのはず。成美未果(あの先生)の用件で面倒でなかった試しがないからだ。

 なんならこのまま無視してやり過ごそうとまた一口サンドウィッチをーー


『あと、二分以内に来ないとお前の日誌のポエムをろうどーー』


 クソッタレがああぁぁぁぁぁ!!!


 内心絶叫しながら俺は教室を飛び出した。



「はぁ、し、失礼、し、ます・・・。」


 やっとの思いで辿り着いたのは職員室。入って左方に目をやる。

 成美先生はこちらに向かっていつものやつれた顔をあげ、だらりとした手で手招きをしていたので俺はつい嫌な顔をしながら成美先生に近寄ると


「おぉー、一分半か。優しすぎる制限だったか」


 資料であふれかえった机の隅にある時計を見ながらつまらなそうに、成美未果は愚痴をこぼした。

 このクズめ・・・


「お?貴様、今自分の学年主任に対してクズと言ったか?そうかそうか」


 俺のしたことがうっかり声が漏れてたみたいだ。


「そんな、俺みたいな模範生がそんな言葉使いませんよ」


 瞬間。俺の声を聞いた先生の肩が震えた。

 俺がそのことを認めると、だらりとしていたはずの腕を俊敏に、机上に散らかった資料に突っ込むと一枚の紙を引っ張り突き出してきた。

 そして元より性別の割に低めの声にさらにドスを効かせて成美未果は言い放った


「んじゃー・・・。なんで模範生であるお前の成績表はなんでこうも赤ばかりなんだ?」

「え?」


 俺はなんのことかとその紙を注視した。

 よく見れば俺の現状の成績表のようで、見方がわからないが科目名の上に赤ペンでバツがいくつか書いてあった。


 確かに俺の成績は下から数えたほうがギリ早いほうではあるが・・・。

 そう、これにもワケがあるのだ。

 俺は悪くない。どれほど自分の火を探そうにも、やはりそう強く思った俺は自分の正当性を先生に力説した。


 それはもう堂々と。


「――ってワケなんですよ。成美先生、俺は俺の正義を貫いた結果です。決して俺の頭が悪いのでは・・・」

「うるせぇ、ただのアホだろ・・。なにが『偉そうな態度の先生の授業は受ける必要がない!そんな人間に学ぶところがないからだ!』だ。」


 先生には俺の哲学を理解できないようだ。

 その証拠に先生の俺を見る目がより一層黒く淀んでいる、様な気がする。


「まぁいい。私からの説明の通り今のままじゃ進級が危ういんだ。」


 先生は疲れ切った様子で頭をかきながらさっきの話の要点を繰り返した。


「でも、いまさら勉強で挽回は難しいですよ。」

「そんな事私も承知の上だ。だからこそ、今回お前をここに呼んだんだ。」


 先生はクマまみれの目を、意地悪そうに歪める。


「帰っていいですか?貞操の危機を感じます。」

「ぬかせ、お前みたいな脱力しきって魂すらなさそうな顔なぞ好みではない。今日の放課後、第二教棟3階の空き教室に来てくれ。そこで改めて話す。もう時間もないしな。」


 先生は気だるく眠そうに時計を見て言う。その態度が追求を拒んでいるようにも見えた。

 教室に戻り退屈な時間を過ごしても、さきの内容への面倒臭さや、不安が消えるばかりか膨らむ一方だった。

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