第11話 情けは誰のためなのか

「な、なんだよ」


「・・・あっ、ご、ごめんなさい!!」


しばらく俺のことを見つめていた朝日は無意識だったのか、いい加減気まずくなった俺の呼びかけで我に帰ったようで、急に焦り出す。


「い、いやーあまりにも綺麗な目だなって!」


「生まれてこのかた言われたことねーよ・・・こちとら成美先生に脱力しきった精気のない目って絶賛されたくらいだぞ」


「それ悪口だからね!?」


ふーん、否定はしないんだ。まぁいいんですけど・・・


言葉に隠した俺の質問の真意など朝日が気づくわけもなく少しばかり傷心した俺が黙り込むと、俺たち二人しかいない空き教室は静けさに包まれる。


もちろんそんな空間では気遣いの鬼こと朝日陽凪あさひひなぎは持ち前の優しさで話題を変える。


「そういえば、色見くんの花壇荒らしの容疑は完全に消えましたからね!安心してください。凛ちゃんに感謝ですね!」


「あぁそれなら本人が嬉しそうに話してきたぞ。まるで私の方が上ねと言わんばかりにな。偶然のくせに」


あの時の上から目線な物言いを思い出してつい嫌な言い方になってしまうが、それは思いもよらない言葉で朝日に否定される。


「偶然なんかじゃないですよ!」


「え?」


「私が『色見くんを助けて欲しい』ってお願いしに行ったんですよ。最初凛ちゃんは『どうしてあなたたちの尻拭いを私がやらないといけないの?』っていってたんだけど私が『色見くんでも謎が解けなかった』って伝えたら急に態度を変えて『そこまでお願いされたらしょうがないわね。別に彼に腹いせとしてやり返すだとかそんな子供じみた感情じゃなくてあくまでも情けで助けてあげるわ』ってすっごい早口で張り込みに行ったんですよ」


小芝居じみたモノマネを交えながら当時の頃を楽しそうに振り返る朝日。


川霧が動いたことも意外であったがそれ以上に意外だったのは・・・


「わざわざあんなことがあった後に川霧さんのところ行ったのか?」


確かあの時、川霧は茉白の依頼を受けることに反対派で教室を出るときもキレて出ていったはずだ。俺はこのお人好しの裏の神経の図太さに感嘆してしまう。


そして本人もいたってけろりといった様子で力強く応える。


「はい。当たり前です。だって、私にとって色見くんは・・・」


「俺は?」


「・・・な、なんでもないです!というか、いいですか!?やっぱりあの日のやり方は納得できません!」


朝日は言って席を勢いよく立ち上がると俺の方に詰め寄ってきて、屈み込む。その視線は俺よりも低いくらいの位置で俺を見上げている。


一体何が起こるんだと、俺が怯んでいると、すっと細く白い腕が伸びてーーー


ぽんっと優しく俺の頭を撫でた。


「もっと、自分を大切にしてください。もし色見くんが傷付いたら私まで悲しくなっちゃいますから」


その声は子供のわがままを宥なだめるような母のような優しい口調で、その手は壊れやすい物を大切になぞるような、そんな優しさで満ちていた。


じっと慈愛に満ちた目で俺を覗き込んでいるその瞳に俺は吸い込まれそうになり


「・・・あぁ」


曖昧な返事で、逃げるように俺は、視線を外すと・・


「・・お盛んね」


「凛ちゃん!?」


川霧は冷ややかな視線で俺たちを見ながら教室に入ると、いつもの奥側の席に座る。


座りながら鞄に手を伸ばしてノートを探している。


「こ、これは違うからね!!凛ちゃん!?」


「その呼び方やめてくれる?まぁ私のことは気にせずどうぞ」


「流石に気にするよ!?」


「戯れてたことは否定しないのね」


「うぅ・・・ッ!!」


急いで川霧の方に抗議しにいった朝日が一方的に言い負かされている様子を見ながら俺は心臓を落ち着かせる。


色々危なかった・・・思春期真っ只中の男子高校生にはあまりにも刺激的すぎた。


まだうるさい心臓の音を聞きながら、俺は川霧に問いかける。


「珍しいな、こんなに遅れるなんて」


「遅れるも何も今日は活動ないでしょ。それに遅れたのは生徒会で文化祭の話があったから。暇なあなたと一緒にしないでくれるかしら」


もういい加減川霧の毒つきにも慣れた俺は朝日は肩をすくめて受け流す。


意外と慣れてしまえば、猫の甘噛みたいなものだ。・・・アレたまに痛いけどな


「そっかもう文化祭か。私たちのクラス、出し物まだ決まってないんだよねー」


確かこの前茉白とご飯を食べた時、俺たちのクラスの出し物は決まったと聞いたが案外提出にばらつきがある物なのだろうかと疑問に思っていると


「もう締切も近いのだけれどね。クラスで案が出たら費用とかの見積もりを立てたうえで私達に提出しないといけないのに、間に合うのかしら」


「あはは・・・正直かなりヤバそうなんだよね。あんまり乗り気な人がいなくて。今日やっと文化祭委員が決まったんだけどそれも強制みたいな感じだったし・・・」


心配だと言った様子の朝日の顔。


確かにクラスとかで役職に誰も立候補しない時の空気の重さたるや。柄にもなく俺やっちゃおうかなとか思っちゃうレベル。


朝日の気苦労に敬礼。


その時、急に扉は力強く開かれた。


「裏生徒会ってここであってるかしら」


ぶっきらぼうな物言いのそいつは、ずけずけと教室に入ると適当な席に座る。


キリッとした目に、短く切られた髪でいかにも真面目と言った容貌だ。


少し低めのその子を見て、誰でもない朝日が驚いたように声を出す。


「奈々ちゃん、どうしてここに!?」


「文化祭委員の件で手助けが欲しくてね。より詳しく言うと、学年委員長かしら」


奈々と呼ばれたその子が言うと隣の川霧の眉がピクリと動いた、気がした。


「すまん、学年委員長と文化祭がどう関係あるんだ?」


「文化祭では、生徒会と文化祭実行委員の共同で行われるの。もちろん両方に属する人はいるけど。その実行委員側では生徒会からの連絡とかを共有しやすくするために慣例的に各学年の実行委員の中から一人ずつ代表を決めるの。要は文化祭における学年代表ね」


適切な補足をしたのちに川霧は、訝しげな視線を対面に座る女子に向ける。


「それで、どうしてここに?泉奈々さん。話が見えないのだけれど」


「確かに私が自分から進んでその役割を買ったなら、話にならないわよね。つまりはそうじゃないってこと」


未だ要領を得ない返答に朝日は顔全体で疑問符を表す。


そんな朝日の様子を見た泉は換言しようと一息吐いてから、やはりぶっきらぼうに続ける。


「私以外の一年の委員が頼りないのよ。私は無理やり先生に指名されたから置いといて、他のクラスの奴らはそうじゃないはずなのに、意味わかんない。やる気ないならやらなければいいのに」


そう吐き捨てた泉。


先の怒りが再び込み上げたのか、嫌味を隠す気もないその口調は空き教室の空気を重く、暗いものにした。


そんな泉に俺は一言確認をとる。


「で、しょうがなくお前がその役に立候補したと?」


「えぇ。私はよく人前に出て目立ってたからか、みんなも完璧な私を期待してる。けど、あとになって不安になったの。そのことを成美先生に相談したらここに行けば何か起こるかもなって言われてやってきたの」


あの先生も性格の悪さ止まること知らずだな・・・


きっとあの先生のことだ。親切心なんかではなく悪戯心で言ったのだろう。それも泉のためではなく、俺たちがこんな空気になることを読んだ上で、自分の楽しみのために。


諸悪の根源の顔が浮かび俺が渋い顔をしていると、そんなこと気にせずに泉は改めて依頼を口にした。


「で、手伝ってもらえるのかしら。さっきも言ったように、私一人じゃ自信がないのよね」


答えはもう決まっていた。


「うん、もちろ」


「「無理」ね」


「え?」


俺と川霧は示し合わしたわけでもないが、言葉が重なる。それは固い否定の意思だった。


俺たちに遮られた朝日は動揺を隠せないでいた。


「どうして?」


俺に発言の意思がないと見るや、川霧は面倒臭そうに大きなため息をつく。


「理由は三つ。まず自分でできないのであれば仕事を受け入れるべきじゃないわ。自己責任よ。次に私たちには関係のないことだから。そして最後に、私自身生徒会で忙しくなるだろうからあなたのサポートに回るほどの余裕はないからよ」


そこには前回とは違って意見が歪むことはないと言う強い決意を感じる。


それを感じ取った朝日はこの前の俺がやったように矛先を変えてくる。それは藁にもすがるような顔だった。


「色見くんは?依真ちゃんの時は助けてあげたじゃないですか!」


「生徒会であること以外は川霧さんと同じ意見だな」


「・・・」


悲しげに俺の顔を見る朝日。


泉は俺たちから願っていた声がもらえず、そう。とだけ呟くと、イラついた様子で席をたつ。


「あ、奈々ちゃん!」


朝日が静止の声を掛けるが、それに構わず教室を出ていく泉。


慌てた様子で扉まで駆け寄った朝日は、焦りながらも、意を決した様子でこちらを振り返る。


茉白に”優しい”と評された彼女は固い決意を口にする。


「・・・私は困ってる人を放っておけません。今回は私だけでも依頼を受けます。・・・行ってきます」


苦いものを噛み締めるような、そんな様子だった。


廊下をかけていく朝日に、俺たちは何も言うことはなかった。

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