第10話 誰も知らない夜明けの頃

人見知りで引っ込み思案。それが私、朝日陽凪。


小学生の頃は友達の作り方がわからなくて、周りのみんなが何考えているのかわからなくて、怖くて、一人でいることが多かった。


家では優しい両親が暖かく出迎えくれるおかげで、学校に行くのが億劫になる日もあった。


そんなある日曜日の夜だった。目を閉じると、明日の学校への不安が大きくなるばかりだったので私はベットから重たい体を起こして部屋を出た。


家族が寝静まった、暗い家の中を歩くのは、まるでいけないことをしているようで、その高揚感で胸が一杯になった。さっきまでの暗い気持ちも忘れて。


リビングに行ってもやることがなかったから適当にテレビのチャンネルを変えていると、夜更けに題名もわからないアニメをやっていた。


こんな時間にアニメなんかやってるんだ


それが最初の感想だった。


高校が舞台のそのアニメの内容は学校で孤立気味だった主人公が徐々に友達を作っていき、最後はヒロインと結ばれる。


そんなありきたりなハッピーエンドは、当時孤独だった私と主人公が重なって勇気をもらえた。私にも友達ができるかもしれないと。


塞ぎ込んで、誰もいない世界に私一人。そんな感覚になってしまうほどに孤立していた私にとって、そのアニメの世界は私の唯一の拠り所となっていった。


それからは暇さえあれば原作の本を読んでいたのを覚えている。なれない活字だらけの本を読むのは漫画と違って苦しかったが、慣れていくうちに自分の中で世界が広がる、そんな気がしたのだ。


家でも学校でも、とにかくその空想の世界に浸った。


小説に出てくるありもしない高校での楽しい生活を夢見て、もし自分が今よりずっと大きくなったら私にもこんなにたくさんの友達ができて、毎日楽しい学校生活を送って、何気ない日々が宝物になる、そんな日常が待っているのだろうか。・・今はまだわからないが、このヒロインみたいに大切な誰かと出会えるのかな、なんて恥ずかしいことも考えたものだった。


でも、そんな私の希望は、少なくとも小学校では叶わなかった。


小学生で転校を経験した私には転校先でやり直す2回目のチャンスがあったけれど、すでに出来上がったコミュニティーに馴染めず、転校した先でも同じように一人で過ごしていた。


けれどたった一つだけ変わったことがあるとするならば、大好きだった本を読むことをやめていたと言うことだった。


どうしようもないことだった


生きがいをなくした私は、ただ時間が少しでも早く過ぎることを祈ってじっと退屈な日常をやり過ごしていた。


中学に上がると、私は心機一転生まれ変わった気持ちで新生活に臨んだ。


最初は正直どう生きればいいのかなんてわからないし、友達との付き合いなんてものも経験がなかったから、どう中学校デビューすればいいのかわからなかった。


どうすれば変われるんだろう。こんな意気地無しな自分とさよならできるんだろう。


人と関わらなかった私には自分がどんな存在に見えているのかわからなかった。


小学校を卒業して中学校までの春休み。期待と不安膨らむ新生活を考えずにはいられなかった。


いや、今思うと不安の方が大きかったように思う。だからありもしないはずのヒントが部屋のどこかに落ちていないかと、神頼みのようなことをしていた。


そんな時だった


久しぶりに好きだったアニメの小説が目についた。


本棚に寂しそうに並ぶその本は転校するまで集めていた全巻分で、まるで時間が止まっているように物語はぶつ切りで途絶えている。


・・いや、訳あって当時の最新刊は無くなってしまったので、当時の最新刊の1巻前までのものが並んである。


新生活の予習に久しぶりに読もう、そう思い少しだけ埃を被った本に手を伸ばしたが、指が本に触れた瞬間、私の意識とは関係なしに反射的に手を引いてしまった。


この本は間違いなく私の寂しさを埋めてくれた大切な本なはずなのに


唯一の拠り所だった本すら拒絶してしまうようになった私は世界で一人ぼっちになってしまったような、そんな絶望的な気分だった。


・・・こんなこと、前にもあったな


その時も、どうしようもない絶望の中、無力な私は何もできないでただなされるがままだった。心を殺して、どうにでもなれとやけ気味にすらなっていた。


だからこそ、奇跡だと思った。


私のために立ち上がってくれた人がいたことが。


その人は決して私と仲が良かったわけではないし、きっと私の名前を覚えてくれてもいないはずだ。だってそれくらい私とあの人は遠い存在だったから。


あれから私があの人を目で追っていたことも、何回か話しかけようと勇気を振り絞っていたことも知らないだろうなと、マイペースなあの姿を思うと可笑しくてつい笑ってしまった。


・・・そうだ、本屋に行こう。


あの本を買ってこよう。私とあの人のたった一つで、なんでもないようなつながりだけれど、それが今の私にはどうしようもなく愛おしく感じたから。




それから、本に出てくるキャラクターのように振る舞い出した私の学校生活は小学生までのものとは全然違うものだった。


私が真似をしたのは、底抜けに優しくて、人懐っこくて誰からも慕われて、しっかり者だけど抜けているところが可愛らしいそんなキャラだった。


もちろん私如きが忠実に再現できるわけはないし、できたところで痛ましいだけだということは理解していたのであくまでも参考にする程度だった。自分の立ち振る舞いがわからなくなれば「あのキャラクターならどうするかな」って考える程度。だけど、お手本があるというだけで人付き合いが苦手だった当時の私にとってはありがたかった。


高校に上がる頃には、その立ち振る舞いが染み付いてきて、もうそれが私であるような感覚だった。


友達がいて、休み時間は同じ話題で盛り上がって、放課後は友達とスイーツを食べたり勉強会と称してお泊まりしたり、そんな非日常だったはずの日々が私にとって当たり前になっていた。


・・つまりは少しだけキャラ作りした性格でいる日々が当たり前になったと言うことでもあって。


みんなの中での「優しく人懐っこい私」でいるために重ねた小さな拙い嘘で手にした日々は楽しくて、かけがいのないものだった・・


なのに、ふと心に浮かぶんだ。


友達と楽しい日々の中の笑顔の裏で、私は本当は一人ぼっちなんじゃないかって。あの時から変わってないんじゃないかって。


当たり前に友達がいて、当たり前に学校生活を楽しんで、当たり前に帰ってこられる家がある。


「当たり前」に塗り固められた、小説の登場人物のニセモノ。


・・・それが私、どこにでもいる女子高生。


私が憧れていたはずのもので


私を苦しめているもの。


暗闇の中目を瞑ると嫌な思考に囚われる。


他の人からしたら、私なんて換えのきく誰でもないただの女子高生なんじゃないかって


私には他人と違うと根拠付けられるような、誇れる何かも、個性も、良さもない。


ただ努力で身につけた笑顔となんとなくの会話術だけで人とのつながりを保っている、そんな薄っぺらい人間なんだって、自分を自分で責めては嫌になる。


――でも、だからこそ、憧れるんだ。


私はもはやお馴染みとなった教室のドアを開ける。


・・その先にいる、自分をつらぬく瞳を見て、そう感じずにはいられなかった。

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