第12話 過去はまたもや繰り返す

「なぁ、ほんとによかったのか」


「女々しいのね、色見くん。ナヨナヨしてる男も巷では人気があるようだけど私はそうじゃないわよ」


「別にお前の好みなんか聞いてねーよ・・・」


二人きりになった教室で俺は先の駆け出して行った朝日を思い出しながら俺と川霧はなんら意味のない会話をしていた。


川霧がジョークを言うのは珍しい。これでも朝日が教室に残したしっとりとした空気を誤魔化すための気遣いなのかもしれない。強がりと言うのかもな。


俺の知らないうちに川霧と朝日は距離を縮めていたようだし、仲良くなりかけている友達を見放すと言うのは川霧本人からしても決して気分がいいものではないだろう。


けれど


「意外だったわ。あなたが朝日さんに反対するとはね。随分あの子に好かれているようだし情に絆ほだされるんじゃないかと思ってたわ」


「別に好かれてはねーよ」


「真っ先にそこを否定しにかかるところから女性経験ないのがよくわかるわね。ってごめんなさいね、対人関係の経験値がないんだものね、包含関係も理解できていなかった私の落ち度ねごめんなさい」


俺はあからさまにわざとらしい口調で食ってかかる川霧の態度を適当に受け流す。


「情と仕事は分別して考えるべきだろ。」


「えぇ。間違いないわね」


自信をもって言い放つ川霧。この冷たさが彼女の良さであり、俺の好きなところだ。


「そもそも自分のことは自分でやるべきよ。少なくともその努力は見せるべき。・・・例えそれが、周囲から塗り固められた『自分』であってもね」


「全くだ」


まぁ俺の場合は周囲に人がいないので、周りから無責任に期待される人物像というのもないんだけど。


そんな風に考えていると、隣の川霧は何がおかしいのか小さく笑う。


「なんだよ」


「あぁ、ごめんなさい。ただあなたと私が似ているというのがなぜかおかしくてね。少し、嬉しかったのかもね」


窓を眺めるその横顔は、懐かしんでいるような微笑はどこか儚く・・・綺麗だった。


「まぁ、ほら俺たち一人ぼっち同士だしな」


「でも勘違いしないで頂戴。私は友達がいない訳ではないし、公然でイチャつくなんて醜態を晒さないから」


「だから勘違いだってーー」


「あのー。二人とも、ちょっといいかな?」


!?


背中越しのすぐそこから、感情の見えない声が掛かり俺はびっくりして後ろを振り返る。


するとそこには


「茉白さんか・・・驚かすなよ」


「いやーだって二人が楽しそうに話してたから。いつ声かければいいのかなって」


「俺基本的に野次られてたんだけど?」


俺の必死の抗議に茉白は耳を貸すようすはない。


隣の川霧は咳払いをして注目を集める。


「・・・で、趣味の悪い盗み聞きしたあなたの要件はなんなのかしら」


「別にやりたくてした訳じゃないんだけどな。えっと、朝日さんと何かあった?ここにくる時にすれ違ったんだけどなんだか、様子が違ったから」


「別に何もないわよ」


部外者に言うものか。と本音が俺には聞こえた気がした。


にしてもなんだ、この二人は馬が合わないのかさっきまでとは違う空気の重さというか、なんというか。お腹の下あたりがうっすらと痛んでくる。


「色見くん、ほんと?」


ジッと俺の目を見る茉白


「え、えっと・・・ッ!?」


俺の爪先つまさきを静かにコツコツと蹴ってくる川霧


・・・お腹が本格的に痛んでくる


「あ、ああ。なんもねーよ」


「・・・。そっか」


納得がいかないと視線で訴えながらも引き下がる茉白に安堵していると、早くも第二回戦の火蓋が川霧によって切られた。


「で、なんで関係のないあなたがいるのかしら?依頼もないのでしょ?」


「え、色見くんと友達・・・ではないか。うーん、なんて言えばいいかな。・・・仲間?になったからかな?」


終始言っている本人も困惑しているが、臨戦体制の川霧は少しの言葉にも過剰に反応する。


「色見くん、あなたね、勝手に仲間とか曖昧な言葉でメンバーを増やさないでくれる?組織はね、人が増えるほど面倒になるの。あなたが気まぐれで人を拾って、その責任があなたにとれるの?」


「別に俺は言ってな」


「「・・・」」


「俺をいじめて楽しいか!?」


睨みを効かす二人に白旗を上げて追求から免れると、今度は前方のドアが開く。


急に開かれた扉から冬の冷たい空気が流れ込む。


「ごめんなさい、色見和樹くんはいるかしら?」


よく通る声が空気を裂く。


声の方を見ると、モデルのような体型に、ミディアムヘアーな髪と紫気味な瞳を携えた女生徒が立っていた。


・・誰だ?見たことあるような無いような・・?


困惑する俺の隣でただ一人が静かに。けれど確かな攻撃的な姿勢を見せる。


「どうしたんですか有栖先輩?ノックもなしにズケズケと。」


さっきまでと同じ平坦な声ながらも秘める刺々しさは不穏な雰囲気を出していた。


「あら、したはずだけどね。それより君が色見くんね?私は二年の藤堂有栖。生徒会役員で今年の文化祭の委員なの。よろしくね」


威嚇する川霧をよそにこちらに顔を向けてくる藤堂。


しかし、なぜ俺に用がるのかが見えてこない。


「俺になんの用が?」


先輩は教卓の前に立ち、まるで教師の様な佇まいで続ける。


「今回の文化祭の準備に人手がほしくてね。それで成美先生に尋ねたらあなたを推薦されたのよ。」


ま、マジかよあの先生。ついさっきの泉も先生の引き金だったことを考えればあの先生は俺を過労死にでもさせる気だったのだろうか。


いくら自分が教師だからだと言って同じ労働量を痛いげな男子高校生に求めないでほしい。


「例年なら文化祭の委員と生徒会役員だけで事足りたはずでは?」


藤堂の説明に不満げな川霧は追求する。その様子はさっきまでの俺へのとは毛色が違った。


「今年は成美先生の方針で準備期間を少し短めにするそうよ。その皺寄せじゃ無い?」


あっけらかんと言いのけると、藤堂は川霧から視線を外し俺たち全体を視界にとらえ呟く


「・・・変わったわね。」


先輩の独り言はとても小さく、聞き取るのにやっとだった。


「とにかく色見くんよろしくね。本格的に仕事が始まったら改めて挨拶に来るから」


そう言って手をふり教室から出ていく藤堂と冷たい視線で見送る川霧。


少し前と同じく俺たち三人だけになっても、あの空気に戻ることはなく気まずさが立ち込めていた。


そんな中、川霧は重い口をゆっくり開く。


「あなた、やる気?」


顔をやや伏せて、脆さを感じさせる雰囲気で。


「・・・先生からの指名なんだ、断れないだろ」


川霧さんはこちらを一瞥し、また顔を伏せる。


「そう・・ね。情と仕事は、別。だものね」


川霧さんの視線の先は、いつもの風景を飲み込んだ窓越しの冬の冷たい暗闇だった


「結局、私たちは一人ぼっち同士なのね」

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