第8話 色見和樹は泥をかぶることをいとわない
「タノモー!」
朝日が言葉とは裏腹に律儀にノックをして、中から返事が聞こえたので丁寧に扉を開ける。
部屋の中には長机を二つ並べ、その上には新聞が丁寧に畳んで積み重ねられている。
なんせここは新聞部だ、点でこの風景はおかしくはない。
「どうしましたか・・て依真ちゃんだ!どうしたのさ!」
席から立ち上がって依真こと茉白依真に近寄る女生徒。その名札は俺たちと同じ色にプレートに山田と書かれている。
これがさっき言っていた山田で間違いないようだ。
山田は走ったせいで少しずれた丸メガネを直しながら
「どうしたの、まさか事件でも持ってきてくれたのかな!?なんて」
「うん」
「マジですかい!?」
興奮のあまり語尾がおかしい気もするが、ここからは茉白に変わって俺が山田に事情を説明する。まだ解決の方法も二人に入っていない。
「―――ってわけで花壇荒らしについての記事を書いてほしいんだ。」
「なるほどなるほど。大きな話題にはならないでしょうがね、内容的にも。それに掲示板なんて誰もみないですよ」
「新聞部がそれ言っちゃうんだ・・・」
「いいですか朝日さん!記事っていうのは書きたいから書くんです。それがどれだけで世話なことでもね!」
「しょ、将来ゴシップとか書いてるよこの子・・・」
さぁ調査開始だと腕まくりを見せている山田に俺は声を掛ける。
むしろここからが重要なのだから
「犯人ならもう見つかった」
「「「え?」」」
「・・・ってことにしてくれ」
俺の話を聞いて未だ皆の顔にはクエスチョンマークが浮かんでいる。
要は、俺が犯人である体で記事を作成してもらう。その記事を配布なり、張り出ししてとにかく人目につく様にしてもらえれば、花壇の話題に対して人一倍敏感であろう犯人は気付くだろうというものだ。
「もちろん記事にはこっぴどく叱られた上に次からは出席停止なりなんなり書いとけばいい。大事なのは抑止力だ」
「でもそれって色見くんが犯人になる必要あります?ただ花壇荒らしの記事を書いて貰えばいいだけなんじゃ?」
「それじゃ茉白さんの「犯人を見つける」って依頼が達成できてない。俺が一応の犯人になって、その上で記事の抑止力で犯行が起きなければ依頼達成ってわけだ」
「・・・確かに。本当に達成したわけではないけど、達成した様に見せることはできるね」
茉白は納得してくれた様な声を出すが、まだ朝日は反論を探す。
「でもこれじゃ!」
「・・・そうだな、俺が悪く思われるかもな。でもそこも大丈夫だ、ほら俺ぼっちだしな。無関心な奴を虐めたりはしないだろ」
適当に俺は朝日が納得しそうな理由を出任せでしゃべるが、やはり彼女の表情はまだ曇っていた。
優しいのはいいことだが、仕事の上では朝日の優しさは傷なのかもしれない。
朝日が渋々と言った感じで引き下がったその時、対面にいた山田はつぶやく。
「・・・ごめん、これは書けない。要は嘘の記事ってことになるし、それは個人的に嫌かなーって」
山田の顔は悔しそうに歪められていた。
俺は仕事への情熱や執着といった部分を見落としていたことに今となって気づいた。
そりゃそうだ、見せかけの解決を図る様なやつに理解できるわけがない。
もちろんここで、俺は犯人を捕まえるって仕事の一環なんだから書け!と子供じみた横暴なことは言わない。
仕事上嘘を嫌う彼女に俺は、真剣な眼差しで
「この記事が出ても俺たちは真犯人を追う。それでわかったら連絡する。どうだ、それなら嘘の記事を書きっぱなしってわけでもないだろ?約束する、お前のポリシーは傷つかない、絶対にだ」
嘘をついた。
翌々日。新聞部への依頼から一日経つと、もう記事は出来上がったようで校内の掲示板にはデカデカと「花壇荒らし!!」の見出しとともに記事が張り出されていた。
ご丁寧に記事には俺に関する名前は一切出ていないが、花壇の花々をちぎる様なポーズの俺の背中をとった写真にモザイク処理がなされた。
そんな個人を特定されるような部位なんて元から写ってないだろうに、大袈裟な。
やはり新聞が出ても、見る人は限られているのか俺に対して何かしらの攻撃がなされたということはない。
まぁ環境委員にはこっぴどく叱られたが・・
クラスの奴らからは何もない、マジで何も。
・・・もしかして誰からも話しかけられないのって虐められてる!?
ってこれはいつもですね。
みなさん、愛の反対は無関心ですよ?僕に構ってください
そう思っていると
「・・・大丈夫?」
ちっとも心配してなさそうな、マイペースな声が飛んでくる。
「茉白さんか、問題ねーよ」
「そっか、てっきり泣いてる顔隠してるんだと思ったよ」
そう言って、ほんの少しだけ楽しそうに笑う彼女。
それが恥ずかしくて、むず痒く俺は席をたつ。
「空き教室いくの?」
「あぁ。特に活動はないけどな」
「そっか、いってらっしゃい」
俺はまだドキドキとうるさい鼓動をかき消すようにドアを閉めようと
「・・・ありがと」
何か言われた気がしたが、ドアの閉まる音でよく聞こえなかった。
空き教室に行く道すがらに置いてある自販機が目についた。
ちょうど喉も渇いていたことだし何か買おう、そう思い適当な枚数小銭を入れ何を買おうか悩んでいると、ひょいと脇から伸びてきた細い指が天然水のボタンを押す。
ゴトン、と思い音がするとそのペットボトルは後ろに立っているものに取られる。
「・・川霧さん?」
「あら、花壇荒らしの色見くん。こんにちは」
「げ・・・」
ニヤリと何やら嬉しそうな川霧が待ってましたと言わんばかりに嫌味ったらしく言ってきた。
マジか、もうここまで話が広まっているとは・・。クラスにいると全く反応がないため新聞の効果を舐めていた。
しかしこれほどまでに効果があるのであれば、抑止力としては十分だろう。
そんなふうに楽観的に考えてしまっていた。
「あなたは結局茉白さんの依頼を受けたのね」
「ま、まぁな。お前にはお前なりの意見があるんだろうけど、民意として依頼を受けたんだ、悪く思うなよ」
「えぇ。別に過ぎたことでいじけ続けるほど子供じゃないわ」
そんな会話をしながら少し歩き空き教室に着いた頃、川霧は念を押すように聞いてきた。
「そう、つまりあなたは花壇荒らしの犯人を捕まえたのね」
「まぁ、大体そうだな」
本当のことは面倒なので言わないことにした。川霧のことだ、根本の解決になっていないじゃないかと愚痴愚痴言われるのは目に見えている。
そう、と呟くと川霧は急に口角は大きく吊り上げ、柄にもなく肩を上下させ始める。
「なんだよ」
「いえ。ただなんてあなたはかわいそうな人なのかしらと思ってね」
は?
意味がわからず俺は眉を顰める。いや、馬鹿にされたことだけはわかるんだが・・
気分を害し、川霧の方を睨むとまるで種明かしの様な口調で川霧は続ける。
「要は、花壇荒らしの真犯人は私が捕まえたということよ。犯人を捕まえただなんて、そんな見栄を張ってかわいそうに」
「このやろう・・・!てか、どうやって特定したんだよ。聞き込みか張り込みでもしたのか?でもお前は依頼の内容を知らないはずじゃ」
「昨日のことよ。たまたま職員室に用があったから一階から出て校門に向かおうとしたのよ、そうしたら急に花を千切るは踏ん付けるわで驚いちゃってね。証拠の動画も撮ったから今日の掲示板を見てすぐに新聞部に行ったわよ。そもそもおかしいでしょ、犯人が見つかったはずの記事に追加情報があればって注意書きがあるのは。だからもしかしてと思って聞いてみたらあなたが犯人のフリをしたことを教えてもらったのよ」
自慢するようにペラペラと口を回しながら、言い終わると勝ちを気取った顔で俺の方を見て嘲笑う。
「残念だったわね、偽善者さん」
「・・・うるせーよ」
要は俺が昨日覚悟してきた濡れ衣は無駄で、徒労に終わったというわけだ。それも、なんの計画も作戦もなく偶然見かけた川霧のせいで。
「ほんと、ついてねーわ」
けれど不思議と、悪い気はしなかった。
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