第8話 ラブコメは謎解きの後で

 この前まで暑かった気候は、嘘のように消え去り、急な秋の気配に一年の終わりを感じだす今日この頃。

 より辛くなった朝の憂鬱を吐き出すように俺は一人、机に突っ伏しながらあくびをしてHRまで仮眠をとろうと目を瞑っていると


「おはよ」


 聞くだけで寝てしまいそうな、おっとりとした口調が聞こえた。

 ついこの前初めて会話したその声に俺は重い体を起こす。

「茉白さんか、おはよ」


 俺が裏生徒会として初活動の日に初めて会話をしたマイペースな性格に人畜無害な普通な見た目の茉白依真は、茶色な髪を微かに上下させて目を擦こすっていた。


「・・・」


 挨拶は終わったのに俺の少し後ろの方に離れた自分の席に移動する訳でも、何か談笑をするような気配もなく茉白依真はウトウトと俺の前で突っ立っている。


「ま、茉白さん?」

「・・・?あぁ、ごめん。眠くて・・・」


 なら机に行って寝ろよと言いたいが、また目を瞑った彼女に言葉が届く保証もなくただ俺はその様子を見るしかできない。

 少々伸びたまつ毛によくあるストレートボブな髪型。前髪には立たないキャラへのせめてもの抵抗かと思えるほどに申し訳程度のヘアピンがなされている。噤つぐんでいる口は艶々としていて意外と体つきも女性らしく・・・


「ねぇ」

「は、はい!」


 ちょうど俺の視線が顔より下の方に下がった時だった。


「話があるの」

「話?」

「うん。放課後にね。よろしく」


 そう言い残し俺の脇を通り過ぎ、今度こそ突っ伏した体制で眠りに入った茉白。

 俺は言外に内容を聞いたつもりだったんだけどな・・

 やはり彼女はマイペースなようだ。



 ついにきた放課後。

 この前とは違って俺の心は若干躍っていた。


 そんな俺の足は、『新聞部、絶賛事件募集中』とふざけたことが書かれている掲示板の先にある、あの空き教室の前で止まっている。

 放課後になっても俺たちの自教室には人が残っていたので、茉白から「人気のないところがいい」と言われたためである。


 放課後、話がある、人気のないところ

 こんなにわかりやすいフラグがあっただろうか!!


 俺は、はやる思いそのままに無人の空き教室の扉を・・・!!


「か、川霧さんは休み何してるんですか?」

「・・・」

「わ、私漫画とか読むんですけ・・」

「なんでいんだよ!!」

「ひゃい!?」


 夢を打ち砕かれた俺が悲痛な叫びをあげる。

 ここまでして俺が幸せになるのを拒んでくるのか・・!許さない・・ッ!


「なんでここにいんだよ、今日は活動はないよな?」

「そ、そうですね!ただ川霧さんが教室に入るのが見えたので私も何か活動あるのかなーって」

「私はただ自習してるだけ。それなのにさっきから隣がうるさいのよ」

「なっ!?私は交流を深めようと思っただけなのに!」

「あら、独り言かと思ってたわ、ごめんなさい」


 またこれもあの日と同様にノートを見返す川霧と、その隣であたふたとしている朝日。

 これでは埒が明かないと、俺は茉白に向かって


「茉白さん、場所変えるか」

「え、どうしたんですか?」

「っるせ!今から大事な話があるんだよ!!」

「だ、大事な!?」


 横槍を入れてくる朝日に一括して乱暴な足取りで教室を出かけたその時


「なんで?ここでいいよ。頼る人は多い方が嬉しいし」

 そう言って自教室に入るように、前から自分の居場所であったように適当な席に座る茉白。

 ここでいいのかよ・・・


 俺は内心泣きながら、期待していた展開にならないことを悟り項垂れていると

 パタンと乾き切ったノートを畳む音が聞こえた。


「どうして部外者が入ってるのかしら?」


 出ていけ、と言葉にしなくてもわかるほどに敵意剥き出しのその声は誰でもない川霧のものだった。別に茉白が机に足を乗せたり、机に座ったりと品のないことをした訳ではもちろんない。

 ただ空き教室に入った。それだけで、この怒り様である。


 理由もわからない癇癪に俺と朝日が戸惑っていると、怒りの矛先である茉白はあっけらかんとした様子で、睨む川霧の視線を受け止める。


「どうしても何も、相談事というか、困り事というか」

「なら頼る相手は少なくともわたしたちじゃないわ。出ていって」


 より一層、鋭くなった眼光は「出ていく」その選択肢以外は存在しないと告げている。

 

 訪れる静寂。けれど、この前のようなものとは比にならないほどの威圧感が立ち込める。

 呼吸するだけで注目を集めてしまうほどの静けさの中、俺は必死に何をいうかまとめて覚悟を決めて短く息を吸う。


「・・・先生は俺たちに『生徒会の雑務及び支援を頼む』そう言ったんだ、なら悩む生徒の問題解決も雑務の一環だろ」

「何を言っているの?生徒会の仕事は学校の行事等の運営が主なの。一々、生徒の問題に首突っ込んでたらキリが無いわ。偽善者振りたいならどうぞ勝手に、でもそれで私まで面倒見たら許さないから」


 冷たく吐き捨てる川霧。

 客観的にも川霧の方が正しいことは明確であり、対立している俺自身がそう思っている時点で俺の負けは確定したみたいなもんだ。


 俺たちも一応、非公式にも生徒会の機関なのであれば公平性を求められる。誰かの抱える問題は解決するならば、この学校で発生する問題全てを解決しなければならなくなるはずだ、大袈裟に解釈すれば。


 もちろんそれは非合理的だし、事実無理な話だ。

 できないのであれば、最初からするべきではない。


 川霧は至極真っ当なことを言っているし、間違いではないと確信した物言いだった。それが依頼者で目の前で力を貸して欲しいと言ってきても。


 勝ちを確信した川霧はバックに腕を伸ばし、ノートを開こうと、


「・・・でも、目の前で困ってる人がいるんだ。茉白さんくらいは助けたいよなー、朝日さん?」

「わ、私ですか!?」


 急にパスがきた朝日は、とても気まずそうに隣の川霧の顔色を伺う。


 川霧本人は無関心を気取っているが、明らかにその所作にはこれまでとは違う何か、があり朝日の言動に注目しているのは明らかだった。

 付き合いの浅い俺が見てもわかるほどに。つまりはその違和感は朝日から見ても同じだろう。

 だからこそ朝日はとても申し訳なさそうに、泣き出す前の子犬の様な表情でおずおずとか細い声を震わせて言う。


「わ、私は助けたいなって思います・・」


 俺はその答えにニヤリと、半口角が上がってしまうが、それを隠す気もなく続ける。


「だってよ。この場では助けるが多数派だ。いいな川霧さん、俺たちが茉白さんの依頼を受けても?」


 悔しそうに、一泡蒸されこちらを見る川霧と視線がぶつかった。かと思うと、川霧は顔を伏せ急に立ち上がる。


「ごめんなさい、命だけは!!」

「・・える。」

「はい?」

「もう帰る。知らないから、どうなっても!」


 そう吐き捨て、川霧は空き教室を飛び出した。

 ドアが開かれても、決してこの空気が変わることはなかった。


「えっと、悪いことしちゃったかな」

「そんなことねーよ。で、話ってのはなんだ?」


先まで川霧がいた椅子に俺は座り、茉白から話を聞こうと話題を戻す。だいぶ遠回りしたが。

茉白はまるでなんでもないことを口にするように


「・・えっとね、ある犯人を探してほしんだよね」

「「はい?」」


あまりにも荒唐無稽な話口に俺と朝日は間抜けな声を出してしまうが、茉白は構わず続ける。


「・・昨日ね、花壇にある花の水やりを頼まれてね」

「また頼まれごとしたのかよ・・」


 これでは俺たちよりも茉白の方がより良い学校生活に貢献しているかもしれない。


「その時にね、環境委員の先輩だと思うんだけど、その人からね『最近花壇が荒らされているから誰がやってるか突き止めてほしい』って言われたんだよね」

「花壇が荒らされてるの?それはひどいね・・」

「うん。ただ花壇なんて正直学生はあんまり意識するようなところではないし、ずっと張り込むのも大変だし、面倒だなーて思って」

「嫌なら嫌って言えよ・・損するぞ」

「・・まぁね。でも、困ってる人を放っておくのもなんだか気がひけるんだよね」


 その言葉に感心していると、隣で朝日がうーんとわざとらしく唸っているのに気づく。


「どうしようかな・・正直に『花壇を荒らした人出てきてください!怒りませんから!!』って放送してもくる訳ないしね」

「お前考える気ある?」


 流石、成績不良者だ、発想が違う。


「な!?これでも真面目に言ってるんですけど!じゃー逆に色見くんはどうなんですか、何かいい案があるんですか!」


 そう言われ、俺も少しばかり真面目に考えてみる。


 普通生徒が行かない様な場所にあり、建物からみようと思うと職員室からになるが、くだんの花壇はほぼ真下にあることを考えれば正直「職員室から窓を眺めていたら荒らしている人が見えた!」なんてことは考えにくい。


 それに目撃者がいるとしても、どうやってその人とコンタクトを取ろうか・・

 放送?校内新聞?それともHRで聞いてもらうか?

 正直どれも先生の許可を必要とするという点で面倒な事この上ない。


うーむ。


「もういっそ花壇無くせばいいんじゃね」

「最低だ!!」


 いっけね、忘れてた。俺も朝日と同じく成績不良者だったわ。

 解決の糸口が見えず、頭から湯気が出そうになりながら唸っていると朝日が言う。


「やっぱり先生とかそれ専門の人に協力するしかなくない?」

「・・・先生は面倒かも。それに専門の人って言っても誰だろーね、山田さんとか?」


 山田、ついこの間の放課後に茉白に日直を押し付けていたやつだろうか?


「それって同じクラスのやつか?」

「そうだよ。新聞部なんだよ。・・・本当に話したことない人の名前覚えてないんだね、というか話したことがあるかどうかが基準なら色見くんは誰も知らないんじゃ」

「はい、ストップ、ストップ。誰がボッチだって?」


 別にいいんだよ!クラスの奴らなんて話さないし、そもそもあと数ヶ月もすればクラスだって変わる訳だしな!

 俺は見失いかけた自分の正当性を己に必死に説き続ける。

 ボッチは正義、ボッチは正義、ボッチは正義・・・


 その時、ふと、妙案が俺の頭に浮かんだ。


「そうだ、俺クラスどころかこの学校のやつほとんど知らねーや」

「・・病的だね」

「いやそうじゃない」


 俺は興奮気味に返すと、茉白の顔を真っ直ぐに見て答える。


「俺なら、どうにかできるかもしれない。確証はできんが」


 それから俺は急ぐ様にして空き教室を出た。

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