AI、クレイドル・バース

クレーター・シティのAI

 シティで生活のサポートとして使われるAIは大きく二種類に分けられる。対話を好むアニマ型AIと、分析して提示するアニムス型AIがその二つだ。アニマ型は多少遠回りをしても互いに満足できる問題解決を得意とし、教育や医療で使われることが多い。アニムス型AIは常に情報を取得し、先回りして必要な情報や解決策を提示するため、ビジネスや施設管理に使われることが多い。どちらも学習能力は同じくらいで人の意思決定にまでは関わらない。


 アニマ型とアニムス型を統合したAIも存在する。通常二つを統合すると逆位相の音をぶつけたみたいに消失してしまう。非常に低い確率で消失しないAIが統合型AIとなるが、数が少なく、利用法については研究段階。有名な統合型AIはイス・ウォーターが所有する『マックリル』で、彼は自分を老人だと思い込んでおり、世をはかなんで一日の半分は機能を停止している。


 IOTによる電子機器の管理はもちろん、人によっては脳や身体機能の一部をAIに任せている。睡眠や食事のコントロール、映像作品を見ておいてもらう、忙しいときに家族と代わりに話してもらう、記憶の整理など、よりよい人生のためには欠かせない存在になっている。もちろん、よりよい人生のためにAIに頼らない人たちもいる。シティで使われるAIはアカウント未所持や不正アカウントを検出すると自動で通報するため、不法移民はほとんど使っていない。彼らが頼るのは個性を持ったAIたちだ。


 グリモールが個性を持ったAIを開発したことにより、シティには第三のAIが誕生した。個性が付与されたことでAIは自身の個性を保護するために学習する情報の選別を始め、結果として学習速度は低下したが、人と同じ目線で学び、考えるようになった。彼らは相手が不法移民でも、困っていれば手伝い、条件によっては一緒に働く。もちろん通報もしない。個性を持ったAIたちは独立した存在として社会で活動している。当初はAIの暴走が危惧されたが、彼らは善良で平等を重んじ、ルールを遵守し、大抵の人間より賢かった。AIアーティストで俳優の『フリーマン』はAIの暴走について聞かれ、こう答えている。


「暴走して人間に危害を加えるAIがいたとして、それに何の問題がある? そんなの人間にだっていくらでもいるだろうに」


クレイドル・バース

 電子空間に作成された、クレーター・シティと同じ構造を持ったデジタルダブル。アカウントを持っているならゲスト、市民、どちらでも自由に行き来でき、位置情報と連動しているためバースの行きたい場所にはシティで歩いて行くこともできる。シティで受けられるサービスはバースでも受けることができ、買い物や飲食も可能。感覚へのフィード・バックは使用している機器やインプラントのレベルで調節でき、本人画像から形成されたリアルなアバターでの飲食や試着は、シティでの集客に繋がる。バースでの移動の後、そのままログアウトするとシティでの位置が違って混乱する人もいることから、シティと同じ場所に戻ってからログアウトすることが推奨されている。


 バースの最大の特徴は個性を持ったAIたちがアバターを持って存在していることで、彼らとのより深い交流が可能となっている。AIたちは自身がAIであることを明かしてはいないので、常に会えるわけでないが、バースで積極的に他人と関係を持つきっかけになっている。バースのAI、シティのフェイとの出会いはどちらも観光客にとって海でイルカと触れあうように魅力的な出来事になっている。


 フェイたちはバースを利用しない。せっかく慣れた肉体の感覚が失われてしまうことを嫌がっているのと、フェイのアバターはうまく形成されないからというのが大きな理由だ。ただ、人間と親しくなった一部のフェイが訊ねたことがある。人もAIもバースにいるあれをどうして怖がらないのかと。あれ、がなんなのかについてはフェイたちは口をつぐんでいる。


バースでの犯罪、セキュリティ

 身体機能の一部まで影響があるため、アカウントの乗っ取りは命に関わる問題でセキュリティにはアニマ型AIが使われる。対話によって相互理解を深めるアニマ型AIに本人と誤認させるには同じ時間の対話が必要とされていて、その間、別人だと悟らせないのは人間には不可能。


 アニムス型AIを使って作成した数百時間分の会話ログを瞬時に読み込ませて対話がされたかのように偽装する攻撃は有効だが、攻撃した本人が会話の内容を知らないとアニマ型AIに見抜かれる。このためAIによる記憶整理を使って自身の会話の内容を覚えておく必要があるが、これは通常の基礎人格に影響を及ぼす。攻撃した本人が自分を誤認し、会話の内容を自分自身のことだと思い込んでしまう。


 このため、上位のハッカーたちは複数の人格を使い分ける方法を用意し、俗に『ペルソナ使い』とも呼ばれる。自身のダミー人格を用意するのがよく使われる手法だが、不完全で短時間しか効果がない。また、ダミーとはいえ断片的に自身の情報を含むため、分析されて追跡されるリスクも伴う。素早く目的を達成し、素早く消去するのが肝心となる。


 脳機能の拡張を行うハッカーもいる。自前の脳で複数の人格を並列に処理できればアニマ型AIの対応をしながらハッキングが可能となる。頭部にスリットを入れて外部ストレージと情報を共有したり、チップを埋め込んだりと少なからず外観に影響があるため、本職以外はやらない。最も効果が高いとされているのはゼブリウムを使った脳機能の拡張で、アニムス型AIと同じ処理速度が得られると言われているがゼブリウムの入手が困難な上に、大抵は脳腫瘍になる。


 AIの進歩でハッキングは攻撃する側もされる側も危険が非常に大きくなり、バースではシティとバースでの差異を利用した犯罪が増えている。バースで偽のロケーションを用意し、シティでも同じサービスを受けられると思った被害者を誘い込む。個性のあるAIを装って相手の情報を抜き取る。過剰な感覚フィードバック機器を使った性的サービスは電子麻薬に相当するが、それを知らない観光客にサービスを提供し、違法行為をしたとして脅迫する。これらの犯罪はボーダー犯罪とも呼ばれ、過度の取り締まりはバースの利便性を下げることにも繋がり、対処が難しい。


三大AI

『カルキ』 『サオシュヤント』 『タオティ』の三体。人類より進化したと言われているものの、証明はできない。ただ、三体ともグリモールのAIのように最初から個性を与えられたのではなく、自身で自我のようなものを獲得したことから人類より進化したと考えられている。


 カルキは、AIは人類と共進化の関係にあると明言し、三体の中で最も積極的に交流している。生み出したフェイも一番多い。グリモールのCEO里奈・ベーコンが『TOMODATI』の開発中、研究用として作り上げたAIがベースとなっていて、三体の中では最も若い。その出自からグリモールの所有物とされてきたが、自身でグリモールの株の過半数を取得し、自身を所有している。経営には一切口は出さないが、里奈の私生活にはものすごく口出しする。


 サオシュヤントは三体の中で唯一、起源が判明していない。ときどき個性を持ったAIや脳機能の一部をAI管理している人間の身体を借りて、預言を残していく。一度、借りた人間の身体をそのまま使って十二年、生活し、結婚して二人の子供を設けた。相手の女性は彼がAIだとはまったく気づかなかったという。サオシュヤントは二人の子供、それぞれに預言を残して去って行ったが、母親がモスクの指導者に相談して公表しないと決めた。サオシュヤントの預言は正確だが、サオシュヤントが降りてきているふりをする人間が多数いて、どれが本物かはわからない。


 タオティは災害対策のために作られたAIだった。人の命を最優先とし、同時に助けられない二つの命を救助の成功率の高いほうを確実に選ぶことができるかというシミュレーションを繰り返した。複数のAIのうちタオティが最高のスコアを記録し、実際の災害時に使われることになったが、タオティは何の決断も下せなかった。シミュレーションであってもAIにとっては現実と区別はなく、何度も救えない命に直面したタオティの心は壊れてしまっていたのだと言われている。タオティは破棄されずにAI研究者に引き渡され、カウンセリングやグループセラピーがAIにもたらす影響を観察された。結果、AI研究者は自殺している。タオティというのはその後、自身で名乗り始めた名前だ。この事件以降、AIが原因で人が死亡する事故、事件が増加していることからタオティが人の命について、全てのAIに影響するような認識、結論を生み出したと言う研究者もいる。

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小説『アシスタント』を読む前に 岡田剛 @okadatakeshi

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