Ⅴ(6)
強く目を瞑り、思い切り歯を食いしばる。
なりふり構わぬ全力の拒絶で、進藤は何もかもを力ずくで押し殺した。
強制的に立ち戻った進藤は、自分の状態に意識を向ける。
浅い呼吸、速い動機。呼吸を整えることに意識を集中させる。
「それでもですね、希美ちゃんも栞ちゃんも、お互いをイジメた側にリストアップしててもですね、遺書の中で謝っているんですよ、お互いに。イジメられてるのを見て見ぬ振りをし続けてゴメンね、裏切ってゴメンね、って。結局大切な友達だったんですよね? その辺がイタいっすよねぇ」
進藤の様子に気付くはずもなく、ため息に軽い手振りも加えて、小暮は話を続けていた。
その仕草が、妙に進藤のカンに障った。
「随分と詳しいじゃないか?」
進藤の口から、久しぶりに疑問詞ではなく疑問文として言葉が出てきた。
「え? ああ、そうそう、さっき警官がいたでしょ? あれ、高校の時の同級生だったんですよ。偶ぅ然。それで、こっちが容体を伝えるのと交換に聞いてみたんすよ」
話題を一つ思い出したと言わんばかりの調子で、小暮が応えた。
そして、話題が変わったということで、声の調子から、さっきまでは少しは混じっていた陰りがきれいさっぱり消え去っていた。
しかし、容体との交換で手に入る類の情報ではないはずである。
訴訟へ発展する可能性もある案件の情報が、こうも簡単に漏洩している事実を目の当たりにして、苛立ちに加えて、進藤は漠然とした不安を感じてもいた。
「よく聞き出せたな。お前、捜査の方が向いているんじゃないか?」
小暮の軽快な調子に対して、進藤の声は淡々としたものだった。
それは余りにも普段通りの、何の変哲もない声だったが、進藤をよく知る者ならば、このあたりで、彼が不愉快になっていることを察するだろう。
捜査の方が、と暗に医師としての未熟さを批判するような皮肉を交えながらも、一層淡々としていくあたりが、何かしら彼の地雷が踏まれた証なのだ。
しかし、まだそこまで進藤のことを理解しきってはいない若い医師は、自身が地雷を踏んでいることに気づかない。
「いやだなぁ、僕に捜査なんか出来るわけがないじゃないですか、進藤先生。旧知の仲ってやつと、ほら、医師には守秘義務がありますからね」
にこにこと機嫌の良い笑みを作りながら、小暮は明るい声でそう言って、終いには軽く胸を張った。
冷評や皮肉を言われたとは思っていない、本当に誉められたと思っている反応。
地雷を踏んだことに気付くことまでは求めていないが、進藤を基準とするなら、多少風向きが怪しくなっているぐらいは感づいてもしかるべき範疇である。
全く察しがない小暮に、進藤の苛立ちがまた少し増した。それが八つ当たりであることには気付いていたが、つい口が開いてしまう。
「その守秘義務を無視しているぞ」
より一層淡々となった声が響いた。
そして、険しい目線を小暮へと向けて、
「今」
と、進藤は続けた。
ずっと人相は悪いままなのだが、先ほどまでよりも目が冷たい。
それは大きな変化ではなかったが、場の空気を凍り付かせるには十分な効果があった。
「あ、と、その……」
読みの未熟な若き医師にも、さすがに風向きが悪いことは感じ取れた。朗らかさが急にしぼみ、一転してばつの悪さで慌てる様になる。
しかし、進藤の神経を逆なでしたのが何かの見当がつかないため、うろたえるだけで言葉が出てこなかった。
「……の、いや、あれですよね、その、二人とも仲直り出来たらいいですよね、目が覚めてから、大切な友達みたいだし、えっと、お互いに謝っているんだから、それが届いてですね」
自分が警官に応対していたことを釈明したときのように、小暮は支離滅裂に近い語順になった。
どうやら、守秘義務に関わる辺りがいけなかったと考えたらしく、話題を差し戻そうとしている。
しかし、そこが問題なのではないから、進藤の雰囲気が軟化するわけがなかった。
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