Ⅴ(2)

「そもそも、本当はお前が手術するはずだったんだぞ?」


 進藤の視線が小暮を刺す。

 実際のところは、進藤には彼を非難するつもりも叱責するつもりもなく、単に“どうするつもりだったんだ?”という意味以外に何の含みもなかったのだが、疲労で目つきが悪くなっているせいで相当な迫力があった。

 その証拠に、小暮の口元がはっきりとひきつっている。


「は、はあ、そっすね、はい。すんません」


 曖昧にごまかそうとしたものの、進藤の迫力の前に、小暮はあっさりと白旗を上げた。

 が、進藤には威圧している自覚が全くないものだから、彼がおどおどしている理由に気づけない。


「何が、すんません、なんだ?」


「えっと、その……」


 横から見れば、完全に“怒れる教師に叱られている生徒”状態だが、進藤はその構図になっていることを分かっていない。

 それ故に、進藤にしてみれば、はっきりしないで頼りない後輩にしか見えていないのだ。


「大体、お前今までどこに行ってたんだ?」


 萎縮する小暮へ対して、進藤は質問を重ねた。

 これも叱責の意味ではなく、急患はまたあるかもしれないのだから居場所ははっきりしておかないと、と思った程度のことである。

 だがしかし、本人の意図とはまるで関係なく、これもまた小暮を大きく怯ませた。


「いや、でも、それは、あれですよ? 進藤先生がオペが終わった途端さっさと引っ込んじゃうから、診断と手術結果を説明してたんじゃないっすか、俺が代わりに、警察にですね」


 小暮が慌てて釈明する。が、完全に縮こまっているので、語順が前後して肝心な内容が最後の方へと寄り集まってしまっていた。


「ああ」


 それを聞いて、進藤は忘れ物に気づいたときのような声を上げた。


 そういえば、若い警官がいたかな。


 進藤は、手術室を出たときに制服姿の若いのがいたことを思い出した。

 その警官が進藤に声をかけなかったことと、極度に疲労していたこととで、進藤は無視して歩き去ったのだが、しかしそれは小暮と同様で、警官が進藤に怯んで声をかけられなかったのが実状だった。


「そりゃ、すまなかった」


 後輩に説明を丸投げしたことに気づいた進藤は素直に謝ったが、何しろ人相は悪いままだから、とても謝っているようには見えない。むしろふてくされた反応に近く見える。


 だが、そのおかげで、小暮は進藤が激怒しているわけではないことに気がついた。

 彼を指導する病院随一の外科医は、ミスを指摘されたときにふてくされながら謝るような男ではないのだ。


「いえいえ。とりあえず容体の確認をしたかったみたいでしたね、イジメた子達のことを聞きに行く前に」


 言いながら、近くの机の端に軽く腰掛けるようにもたれ掛かって、小暮はコーヒーに口を付けた。

 自分が叱責されているわけではないことに気づいたその声は、先ほどまでと打って変わって歯切れ良くなっていた。声だけでなく、全身からも緊張が解けて、明らかにのびのびとしている。

 だが、その話には軽やかではない言葉が紛れ込んでいた。


「イジメた子達?」


 進藤がその言葉を引っかけた。

 二人とも状態からして自殺が推測され、だからこそ彼の脳裏に亡き妻の姿がちらついたのだが、原因がいじめであり、さらにその加害者達も判明していることを、小暮の言葉は示している。それは手術から分かる情報ではない。


「ええ。お互いの遺書に重複した名前が挙がってたらしいっすよ。そいつらが主犯ってことになるんすかね? それよりも、ってのが、イタい話っすよねぇ」

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