Ⅴ(3)

 進藤の問い返しに、小暮はすぐさま軽く応えた。

 しかし、そのあまりのテンポの良さに勘違いしそうになるが、話の内容は決して軽いとは言えないはずのものだ。しかも、続けざまに引っかかる言葉が飛び出してくる。


「遺書? お互いの名前?」


 進藤が引っかかった言葉を反芻する、というか反芻しかできなかった。もっとも、消耗しきった状態では、頭も機敏に働けるはずがない。


「そうなんすよ、お互いの名前が加害者に挙がってるってのはイタいよなぁ。んでも、お互いに謝ってもいるらしいんすよね、手紙の中で。大切な友達、なんすかねぇ、やっぱり」


 ほとんど小暮の独り言になってきた。進藤の返しが単語だけのせいもあるが、自分の知っている事情を相手が知らないという状態への配慮がまるで成されていないことも、その原因である。

 そんな有様なのだから、ほぼ休止状態に陥っている進藤の頭では、話が全く理解できなかった。


「ダメだ、分からん」


 今度は進藤が白旗を上げた。

 ソファに身を沈めたまま淡々とつぶやき、ため息を一つ加える。

 残業の延長から緊急手術二連続で徹夜という状態でなければ、理解できるように情報を聞き出そうと言葉を選ぶところだが、そんな余裕は欠片もなかった。


「あ、すんません、話が飛びすぎてました?」


 進藤があっさりと沈没した様子を見て、小暮がようやく自分があまりにも説明不足だったことに気づいた。それから、「えっとですねぇ……」と、宙に目を泳がせる。


「結果から言うとですね、いや違うか? 事実から、ってそれも変だな? ええっと、とにかく、その」


 言葉が全くまとまっていない。何をどこから説明すれば効果的か、判断がつきかねていることがそのまま表現されていた。


「うーん、よし、時系列で行きましょう。いいですか、進藤先生? まず、始めに搬送されてきた子、上岡希美ちゃんって言うんですけどね、この子は校舎から飛び降りたんです。手荷物の中に遺書があったので、覚悟のってことになりますね」


「そうか」


 しばらく迷走してから小暮が話始めた。進藤は簡単に相づちを打つ。


「で、友達の弓月栞ちゃんがその現場を目撃したんですけど、酷いショックだったんですね、夜中に自分の左腕をやったわけです。さっきの子ですね。こちらも遺書を残してました」


「ふむ」


 滞りなく続く小暮の言葉に、進藤は淡々とうなずき返す。

 しかし、淡々としながらも、内心ではあまり心地良くはなかった。

 進藤にとって自殺という単語は、妻を亡くしてから時間が経った今でもまだ苦手な部類のものだった。先ほどの執刀にブレがなかったことが証明しているように、今でこそ振り回されなくなったというものの、一瞬だが亡き妻の姿が自分の奥底から湧き上がることは防げない。


 それは、幸せそうにコーヒーカップを傾ける姿だったり、最後の朝の笑顔だったり、床に転がっている息をしていない姿だったり、霊安室に横たわる姿だったりした。


 友紀子は残さなかったな。


 また、進藤の心の中を亡き妻がかすめる。

 自ら死を選んだ妻は、遺書の類を何も残さなかった。


 このご時世でも、誰に対しても、何かにつけて手紙を書くことがあんなに好きだったというのに。


 進藤がわずかに眉をひそめる。

 どうも、が緩み気味らしい。自殺未遂が続いた影響が出ている。


「遺書の内容は二人とも似通っていて、イジメの事実の告発ですね。その事実があったということと、誰が中心だったのかが書かれてて、名前が書かれている以上、事情を聞かないわけにはいかないでしょ? 学校とか保護者とか」


 小暮の声で呼び戻される。そして、それはそうだろうな、と進藤は内心つぶやいていた。


「ここでイタい話だなって思うのは、お互いの遺書にお互いの名前が挙がっているんすよね。それも、イジメた側として」


「分からん」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る