Ⅳ(1)
寒い。
冷たい地面に、冷たい雨が降り注いでいる。
雑草が所々にちらほらとあるだけの、むき出しの大地。
地ならしされたものからはほど遠く、普通の車では上手く走れそうにない。
その姿は見るからに寒々しく、そして実際に冷たかった。
そこに降り注ぐ雨も、また負けず劣らず暖かさを感じさせないものだった。
もっとも、雨なのだから元々暖かさなどあるはずもないのだが、南国のスコールのように盛大な勢いでもあれば、まだ気持ちに刺激があるというものだ。
今の雨には力がなく、細く長い線を描くように降り、そして音もなく地面へと吸い込まれていく。
そのくせに存在感がないわけではなく、霧雨などとは違って、明確に雨だと感じるギリギリの強さを保っている。
そんな調子で延々と続かれているので、気持ちが冷え冷えとしてきそうだった。
ただ、この寒々しい風景は果てまで続いているわけではなかった。
むしろ私の周りだけで、少し離れたところ、10メートルほど先には木が立ち並んでいる。
木々は四方八方に群生し、ここを囲むかのように寄り集まっていて、その奥行きは暗闇に飲まれて分からなくなっていた。
その木々は、異様にねじれた暗い焦げ茶色の幹に、原色そのままに近い緑色の葉が茂る、馴染みのないものばかりだった。
葉の大きさや厚み、ねじれた幹、折れ曲がった枝まで、とにかくいちいち大きいくせに全体としてはむしろ小振りというか、3~4mぐらいの高さしかない木で、不気味な存在感をかもし出している。
つまり、ここは森の中にぽっかりとひらいた空き地なのだ。
私は今、その空き地に、手を突いて座り込んでいた。
先ほどまでとは、まるで雲泥の差と言っていい。
ついさっきまで私を包み込んでくれていた、あの穏やかで安らかな暗闇は、完全にかき消されていた。
球体の中へ届き続けた微かな声のような小さな音に誘われて、光の境界線の向こうに手を差し伸べた瞬間、まさにその瞬間に、世界は変容したのだ。
垂直に交差した二つの円で構成された光の球体、羊水のような暗闇、そして生き物のような異質な暗闇は、もう影も形もない。天球儀に描かれた星座のように、外側の暗闇から私を守ってくれていた美しい光の模様は、私の手が外へと伸びたとたんに消え去ってしまった。
そう、それはフィルムのコマ落としのごとく、映画なんかによくある場面転換のように。
今、私がいるのは、あの穏やかで安らかな暗闇の中ではなくて、気分を凍えさせる薄い雨が降りてくる、冷たい空き地の上だった。
四方は木々、そして、見上げた空は、お手本として紹介されそうなほどの曇天。
妙に立体感のある雨雲が敷き詰められていて、圧迫感があった。
荒れた地面、異様な木々、薄い雨、分厚い曇天と、これに廃れた洋館でも加われば完全にゴシックホラーの世界だ。
いずれにしても、このまま雨にさらされていたくはない。
だから、普通に考えれば森の中に、木の下に雨宿りすべき――なのだが、それができなかった。
何かいる。
具体的に見えているわけではない。でも、私には確信があった。
声が、聞こえるのだ。
音もなく降り注ぐ雨の隙間を縫うように、動くことのない風の合間に潜むように、細々と、微かに、小さく漂う声。初めはこの世界に圧倒されて気づかなかったが、そのうちに、耳を澄ませれば拾えるようになってきた。
それは、一つではない。
四方の木々の陰から、私を囲む森のあちらこちらから発せられている。
囲まれているわけだ。
ぞっとした。
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