Ⅲ(2)



「脈拍128、血圧65の38ですっ」


 進藤の怒鳴り声に、看護師が即答する。


 やはり、血が出すぎている。


「小暮、処置は?」


「輸血をポンピングしてイノバン静注、今10ml/hなんですけれど、つ、次……」


 そこまで進藤に応えて、小暮は言葉を濁した。


 そこで詰まっているわけだ。

 もちろん、挿管等の術前処置はちゃんと済ませているが、見たところ、傷の惨状を前にして軽いパニック状態に陥っていた。何処から手を着けなければならないか、どれだけの処置をしなければならないか、頭の中でそれらが無秩序に乱れ飛んでいるのだろう。


 腕の断裂となれば、骨、血管、筋肉、神経、腱とつないでいかなければならない。しかも時間制限付きだ。モタモタしていると障害が残るか、下手をするとつながらない。

 こうも乱雑に傷が重なっていると、つなぐべき血管や神経を見つけるのにも一苦労しそうだ。切り口の粗さが処置の難易度をさらに上げてしまっている。まだ経験の浅い小暮が対処できなくても無理からぬ話ではあった。


 どれだけ時間が経った?


 患者が到着してからは、まだ時間は経っていない。しかし、それ以前、この傷ができてからここに運び込まれるまでの間に一体どれだけの時間が経過したのか、その疑問が進藤の頭の中を横切る。


「進藤先生、血圧下がってますっ、58の31っ」


 看護師から緊迫した声が飛んだ。


 いかんっ。


「ノルアド6mgを生理食塩水で25ml、4ml/hで静注っ」


 進藤の口から条件反射のごとく指示が弾き出された。

 イノバンよりも強い昇圧剤のノルアドレナリンを、しかも濃いめの処方で投与する。これ以上血圧を下げるわけにはいかない。


 そして、小暮を見据えて、続けざまに口を開いた。


「小暮、代われ」


「は、はいっ」


 進藤の声に押されて、小暮が後ろへと引き下がる。そこへ素早く移動しながら、「急げ」と回り込むように手振りをつけて指示を出すと、理解した小暮は慌てながらもすぐに動いて、二人の位置が入れ替わった。


 あれこれ考えている時間は、ない。


「バイタルチェック頼む。輸血ポンピング続けて。小暮、助手に入れ」


「はいっ」


 進藤の声に、看護師達と小暮が同時に応える。その小暮の声にまだ動揺が含まれていることに、進藤は気づいた。


「小暮、落ち着いて、ついてこい」


 言葉を区切りながら、ゆっくりと、進藤は声をかける。


 真っ直ぐに目を向けられた小暮は、一度大きく深呼吸してから、「はい」と応えた。その様子を見た進藤が、小さくうなずく。


「とにかく血管をつなぐ。始めるぞっ」

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