Ⅱ(1)

 ……暗い……。


 上下左右のどこまでも広がる、濃く、深く、黒い暗闇の中に、制服姿の私が膝を抱えて漂っている。


 小さく揺らめく、髪とスカートの裾。


 世界は黒一色で塗り固められているけれど、油絵のような強い質量は感じない。

 むしろ透き通った印象がある。透き通った薄い紺色か藍色のガラスを、何十何百と重ねたかのような。

 星の全くない宇宙は、もしかしたらこんな感じなのかもしれない。

 私が感じ取れる限りだと、そんな暗闇が果てしなく広がっているようだ。


 いや、そんな暗闇ばかりでもないらしい。


 やや向こう、私から離れたところには、そうした透明感がない。

 濃く、深く、黒いことに変わりはないけれど、感じる印象が別物だ。密度の濃い、黒い雲が敷き詰められているように、圧迫感がある。

 しかも、水が緩く流れるみたいな、うごめくような、とても遅い躍動感とでもいうのだろうか、妙な動きが感じられる。


 まるで、生き物のようだ。


 何となく、気持ち悪い。私の周りとは違って、触りたいとは思えない感じ。


 そう、私の周りにある透明な暗闇は、それとは全く違っていた。

 ガラスのような美しさを見せていながらも、それから連想されがちな冷たさがない。

 それどころか、暖かく、柔らかく、とても心地良い。上質の毛布にくるまっているような、人肌の湯に浸かっているような、穏やかな心地よさ。


 暗闇は、二つともに濃く、深く、黒くありながらも、印象は対照的であり、異質だった。


 そして、明確に区分されていた。


 暗闇の間には、光の線が入っているのだ。


 それは美しい絹糸が輝くようでありながらも、目を射るようなものではなく、ぼんやりと、しかしくっきりとした光だった。

 その太さは線や糸というよりも、むしろ縄に近いかもしれないぐらいありそうだ。

 硬いものではないらしく、ふわふわと少し揺らめいているけれども、切れる不安は全く感じないし、実際、切れるところなくつながっていた。


 そう、切れることなく、私を囲んでいる。


 光の線は、私から一定の距離をあけたところを走って、つながって、上下左右、全方位に張り巡らされていた。


 まるで、光で描かれた球体。


 その中心に私が漂っている。


 虹のごとく彩りのある光ではないし、線が描かれているだけ、いわば枠組みだけの球体なので、豊かな印象は特にない。

 しかし、だからといって貧相なものではなかった。

 球体の面に壁はなく、さながらガラスの入っていない窓枠のようなものだが、その枠に当たる光の線は一定のパターンで編み込まれている。

 均等に、規則正しく描かれるそれは、になっていた。


 


 脳裏に、養蜂業をしていた祖父の思い出が浮かんでくる。偏屈で無愛想だったが私には優しく、子供の頃は、祖父の家に行くことになると喜んだものだった。

 子供の遊びにうとい祖父だったから、特に何をするわけでもなかったが、無条件で受け入れられている実感が安心感となって、そばにいると心が安らいだ。

 その祖父も、中学のときに他界してしまったけれど。


 六角形の模様を持つ光の球体は、ほんの少し揺らめきながらも、しっかりとした強さを感じさせ、そして、あくまでも柔らかく、優しく、美しく輝いていた。


 暗闇は、そのの中と外で区分されているのだ。

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