第262話 ハイエルフ

 食事が終わるとそのまま話し合いに移行した。

 俺がわかる範囲でマルスに説明を始める。


 世界樹はエルフが世界樹の実を継続的に得る為にエンヴィーを監禁する目的の魔法の檻である。

 そしてエヴィーを監禁したのはウィンミル家の先祖であるオーガスタ・ウィンミル。


 ウィンミル家が長年世界樹に魔力を注ぎ込んできたが、その行為はエヴィーを逃がさない為であり、エヴィーを苦しめていた事。


 また800年ほど前にエンヴァラを訪れた伝説の救世主は、経年劣化していた世界樹の魔法構築を修復した事。


 今後、エルフが絶滅を回避するためには、エヴィーの生命属性の魔法が必須である事。


 俺が森の中でエヴィーの切り離した精神体から聞いた話だ。

 本当かどうかはわからない。ただ、エヴィーから切り離された精神体の魔力が綺麗だったから信じた。世界樹から感じられるの魔力は禍々まがまがしかったしな。


「信じられない、いや信じたくない話ではありますが、信じるしかないようです。エルフとしては今後の事を考える必要がありますので、よろしければエンヴァラ様のご予定をお聞きしてもよろしいでしょうか?」


 マルスの依頼にフンっと鼻を鳴らすエヴィー。


「呪われた血の家の頼みなど知らんわ。勝手にのたれ死んで絶滅してろ」


「エンヴァラ様が受けた傷はし量る事すらできない甚大なものと理解しております。今後、何世代に渡ってもウィンミル家としては償っていきます。だからこそ・・・・・エンヴァラ様の今後のご予定を教えていただけないでしょうか?」


「ふむ、お主はなかなか頭の回る奴よのぉ。頭が切れる奴は嫌いじゃない。贖罪しょくざいを逆手に取るか。しかし我はその答えを持ち合わせておらん。我が主人のジョージ様に聞け。我は主人に付き従う従順な下婢じゃからな」


「え、あの……。エンヴァラ様の主人がジョージ様なのですか?」


「そうじゃ。我は出会って直ぐにジョージ様に手籠てごめにされたのじゃ。抵抗など全くできずに、強引に我の内部に押し入り、ぐちゃぐちゃにされてしまった。初めての経験に驚愕したぞ。我を虜にした雄々しいおとここそジョージ様じゃ」


 こいつワザと誤解される言い方しやがった。マルスの微妙な視線がヤケに痛い。


「エヴィー、誤解を招く言い方をするな。あれは俺の正当防衛だ。お前から攻撃してきたんだろ」


「攻撃ではなかったのじゃ。我は我を解放してくれたジョージ様に感謝していたからな。そのお礼で我の下僕にしてあげようとしただけぞ」


 やっぱりこいつはヤバいわ……。解放のお礼が下僕にするって、イカれている。

 縛鎖荊ばくさけいでエヴィーを縛っているが、その縛りが無くなったらエヴィーは全人類の敵にならないか? こりゃダン案件だよ。


「攻撃か否かは置いといて、エンヴァラ様はジョージ様に付き従うって事なのですね。それではジョージ様はこの後はエクス帝国の帝都に戻られて、これまでどおり帝都を拠点とするという事でよろしいでしょうか?」


「よろしいも何も、当然そうする予定だよ。まぁ周囲の状況が変わる可能性があるから絶対ではないけどさ」


かしこまりました。これでエンヴァラの民の今後の方針を考えることができます」


 エヴィーが氷の視線を伴ってマルスに鋭い言葉を投げかける。


「それじゃ! そのエンヴァラの民って言葉が気に食わん! オーガスタ・ウィンミルが世界樹の檻を強化する為に集落の名前を我の真名のエンヴァラにしたのじゃろう。それを未だに使うとは恥を知れ! 恥を!」


 慌てて土下座をするマルス。


「申し訳ございません! 今後一切、その言葉は使いません。全てのエルフに徹底させます。すいませんでした」


 確かマルスってウィンミル家の分家から本家の養子になったって言ってたな。

 エリートコースに乗っていたのが、こんな敗戦処理のような交渉をしなければならないなんて少し不憫だわ……。

 それでもエヴィーの気持ちを考えると何も言えないなぁ。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 食事を終え、俺はエヴィーをあてがわれた部屋に連れてきた。


「ようやくエヴィーとゆっくり話せるな。聞きたい事がたくさんあるんだ」


「なんじゃ? ご主人様は我の事を知りたいのか? 乙女の秘密で恥ずかしいが、しょうがない。右の胸より左の胸が性感帯じゃ。基本的には優しく、しかし時には荒々しく扱って欲しいの……」


 【欲しいの……】じゃない! 微妙に赤くなるな! 全くもっていらん情報だ。


「そんな情報はいらん。それより、森の中であった時はもっと大人だっただろ。何で幼くなっているんだ?」


「それはご主人様のせいじゃ。世界樹を切り刻んだろ。切り落とされた世界樹の枝には我の魔力もふんだんに含まれていたからな。我の最大魔力量が相当減らされた。半精霊の我から最大魔力量が減らされれば幼くなって当たり前じゃ」


 魔力量が減ると幼くなる? 何かハイエルフって不思議な生物だな。


「ハイエルフって結局なんなの? エルフとどう違うの?」


「元々のエルフじゃ。人間の女性と精霊が目合まぐわい生まれたのがエルフ、半精霊半人間がエルフなのじゃ。しかしエルフが人間との子を為す事で精霊の割り合いが減っていく。それに伴い、不老でなくなったのがレッサーエルフと言われていた。不老で無くなると本能からなのか子孫を残したくなるようじゃ。しかしレッサーエルフは子をなし難い。子供を作る為には、生命属性魔法で生殖機能を高める必要があるんじゃ。だがレッサーエルフでは膨大で精微な魔力操作を必要とする生命属性魔法は扱えん」


 レッサーエルフって完全な蔑称だよな。劣ったエルフって意味だもんな。


「エルフの生命属性魔法で子孫を増やしたレッサーエルフ。そのうちエルフよりもレッサーエルフの人口が増えてきたのじゃ。いつしかレッサーエルフ達は自分の事をエルフ、我々エルフをハイエルフと称するようになった」


 なるほど、ハイエルフとエルフの関係がわかったよ。


「エヴィーは俺のアイシクルアローを無効化したよね? あれはなんだったの?」


 エヴィーの身体が朧気になった。俺のアイシクルアローを無効化した身体だ。


「これは身体を精霊界に移動させたのじゃ。これで何人なんびとも我の身体に触れる事はできん」


 ハイエルフはやっぱり不思議生物だわ。攻撃が効かないんじゃ無敵なんじゃないか?


 怖いほどに整った顔のエヴィー。その得意気な顔を見て、俺の背中に寒気が走った。

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