第259話 太古の常識

 エルフに背を向けたエンヴァラがゆっくりと俺に向かって歩いてくる。


「ジョージ様。これで終わりました。もう奴等に用は無い」


「えっと、あんなもんで積年の恨みが解消できたの? エンヴァラって相当慈悲深い?」


言霊ことだまに呪いを乗せたからのぉ。奴等は一生罪の意識に苛まれて生きていきていくのじゃ。その呪いは子孫にも受け継ぐ強力なもの。また子孫を残す為には我の下僕になるしかない。これからいくらでも甚振いたぶれる。復讐は始まったばかりじゃ。子々孫々までなぶってやるわ」


 全然、慈悲深くなかったわ……。

 うん? そういえば変じゃない?


「ちょっとした疑問なんだけど、なんでエルフ達のほうが下僕になる選択権があるの? エンヴァラがエルフに縛鎖荊をかけまくれば良くない?」


「自発的に下僕や下婢かひになる意思が無い者に縛鎖荊を使うと心の結び付きが強くなり過ぎるんじゃ。強くしないと反発されるからな。しかしそれは術者にかかる負担が強くなる。そんな真似は普通はしない。自分のお気に入りの側近にするなら別だがな」


「それって……。なら俺とエンヴァラの結び付きはどうなっているのかな?」


「強力な心の結び付きを感じるぞ。縛鎖荊には術者と対象者の相性も関係もあるしな。我も驚いているが、ジョージ様と我のたましいの相性は抜群じゃな。身体の相性も抜群だと良いのだが」


 はい? 何か変な言葉が? 空耳かな? 今日はたくさん魔法を使ったからな。


「我は男女の営みの経験が無いからジョージ様から教わらないとな。でも安心してくれて良いのじゃ。我は器用だし、勘も良い。すぐに性技の達人になれるはず。それに魔法で感度を上げればジョージ様も天国に昇天しまくりじゃ!」


 昇天しまくりじゃ!って言われても……。


「あの女性は間に合っているんですけど……」


「何を言っている? あぁ、ジョージ様は縛鎖荊を使うのが初めてだったな。我はジョージ様の筆頭下婢かひじゃ。筆頭下婢かひを性的に満足させる義務が主人にはあるぞ。これは世の常識じゃ」


「そんな大昔の常識を言われても困るんだけど。今はそんな常識ないから」


「そんな馬鹿な……。初めて身を預けて良い男性が現れたのに、我は抱いてもらえんのか……。これが噂に聞いていた倦怠期の主人と下婢なのか。新魂しんこんホヤホヤなのに、既に性行為が無いのか! このままでは我は永遠の処女になってしまうじゃないか!」


 魂の叫びをあげるエンヴァラ。こんなに元気なら問題ないね。

 うん? 誰かが俺を呼んでいる?


「ジョージ様……。助けて……、ください……。


 声のする方に意識を集中すると簀巻すまきにされたカタスさんを発見した。


 あ、そういえばいつの間にかいなかったな……。

 カタスさんさエンヴァラの門の前から世界樹のところまで走ってきた時に付いてこれなかったみたいだ。エルフに捕まって拘束されていたか。悪い事したな。


 俺は急いでカタスさんを解放した。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 カタスさんの簀巻きを解いていると、マルス・ウィンミル親衛隊長が近寄ってきた。

 茫然自失になっているエルフ達だが、やはりこの男はできるな。立ち直りが異様に早い。


「ジョージ伯爵様。誠に申し訳ございませんが、我が屋敷においでいただいてよろしいでしょうか? 父のガイダスが申していたように歓待させてください。お連れの方と、できればそちらのハイエルフのエンヴァラ様もご一緒に」


 ウィンミル家の屋敷か……。確かにこの集落では一番大きな屋敷なんだろう。

 しかしエンヴァラがなんていうか。最も憎んでいる家だもんな。


「エンヴァラ! どうする? ウィンミル家の屋敷で歓待を受けるか?」


呪われた血・・・・・の奴等の家か。別に我は気にしないぞ。長い間、魔力しか摂取してなかったから食事の仕方を忘れてしまったがな」


 早速、ウィンミル家を呪われた血・・・・・と言っている。これはすぐに知れ渡るな。地味に甚振いたぶっているわ。


「エンヴァラが良いみたいなのでウィンミル家の屋敷で歓待を受けるよ。でもそちらは問題無いの? まだ立ち直っていない人が多いし、これからの事を皆んなで話し合う必要もあるでしょ?」


「そうですね。まずはジョージ様一行を歓待させていただきます。その後は徹夜で会議になるでしょうね。ただその前にジョージ様から今回の件についてお話をしていただけたらと思います。あとジョージ様はなるべく早くエクス帝国に帰還したいと伺っております。できればここを発つのを明日のお昼ごろにしていただけると助かります。明日の午前中にこちらの総意をお伝えできればと思います」


 完璧な予定表だな。エルフにとって、世界樹が無くなる驚天動地な事が起こったのに冷静だよ。


「了解。それくらいのお願いは聞いても良いよ。じゃ行こうか」


 俺らはマルスの案内でウィンミル家の屋敷に向かった。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 先程は駆け抜けたからゆっくりと見れなかったが、ここエンヴァラは長閑のどかな集落だ。

 やっぱり木造建築って柔らかい雰囲気が出るよな。こんな感じの別邸を作るのもありだな。


 集落の中央にある格段に立派な屋敷に案内され、落ち着いた雰囲気の部屋をあてがわれた。

 まずはお風呂を勧められたので有り難くいただく事とする。

 汗を落としてスッキリしたところ、なんとアマル姫が俺の部屋にやってきた。


「ジョージ様。貴方は本当に伝説の魔導師様です。いや800年ほど前の伝説の魔導師を軽く凌駕する実力でした。いま思えば800年前の伝説の魔導師はハイエルフのエンヴァラ様をまた檻に返しただけでした。ジョージ様こそ真の救世主様です」


 あれほど御下劣おげれつな言葉を発していた口とは思えないな。


「ここ、エンヴァラには救世主様が来られた時の為に様々な儀式が準備されております。先程その一つである儀式の準備が整いました。エンヴァラの民が救世主様をどれほど待ち望んでいたかわかっていただけると思います。宜しければ、是非この屋敷の裏に来ていただけるとありがたいです」


 ふーん。ライドさんの檄文にあった金色こんじきの儀みたいなもんかな? せっかく歓待してくれるというのだから受けようか。


「それは楽しみだね。足を運ばせてもらうよ」


「誠にありがとうございます。エンヴァラの民を代表してお礼をさせていただきます。それではこちらになります」


 一応、警戒はしておくか。

 確かに屋敷の裏に人が集まっているな。

 あれ? この魔力はシーファニャンじゃん。何をやっているんだ? まぁほっとくか。

 周囲に怪しい魔力反応は無い。今更、俺に罠をかける必要もないか。


 アマル姫は一度庭に出て屋敷を回り込むようにして裏側に移動する。

 なかなか立派なお庭だね。自然を生かしているよ。帝都で新しく建築しているグラコート伯爵邸も負けてられないな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る