第258話 原罪

「ジョ、ジョージ様。大丈夫ですか?」


 あ、ギュンターさんだ。なんか顔が青白いよ。


「ちょっと危なかったけど、なんとかなったね。初めてドラゴンを討伐した時以来の窮地だったわ。体内魔法の訓練をしっかりとしていて本当に良かったよ。危なくこのエンヴァラの下僕にされるところだったね」


 そう言って目線をエンヴァラに向ける。

 それを見たギュンターさんが恐々こわごわと口を開く。


「ジョージ様は平気なのでしょうか? そこに御座おわす女性のエルフは世界樹がつかわされた神の化身ではないでしょうか? この神々しいまでの存在感。それに世界樹の中心から現れました。間違い無く神の化身です」


 ギュンターさんの足が震えている。

 エンヴァラの存在感は、命知らずで屈強なエクス帝国騎士団のギュンターさんでさえ怯えさせるほどのものなのか。


「神の化身では無いよ。ただ世界樹が彼女だったって事。ハイエルフって言ってたね」


「ジョージ様の話は凄すぎて理解が追いつかないです……。先程は敵対していたようですが、もう大丈夫でしょうか?」


「大丈夫だよ。もう敵対はしないからさ。それにここからはお姫様を解放した英雄を演じないといけないからね」


 ギュンターさんの隣りにいるボードさんの顔も青白い。

 シーファは呆気に取られた顔をしていた。


 まぁシーファはいろいろと吃驚しているんだろう。思考が停止しているよな。


「シーファ! そろそろロックウォールを解除する! 一応、臨戦体制を取っておけよ!」


 俺の言葉に動き出すシーファ。


「申し訳ございません。ジョージ様の苦境に固まってしまった自分が不甲斐ないです……」


「いや、あれはしょうがないよ。反省は良いけど後悔はするなってね。気にすんな」


「あ、ありがとうございます! これからより一層精進致します!」


「それじゃロックウォールを解除するよ! 皆んな気をつけてね」


 皆んなの準備ができたのを見計らって詠唱を開始する。


【堅固なる岩石、全ての災いを跳ね返す壁となれ、ロックウォール!】


 魔力制御を駆使して、先程構築した岩の壁を取り除いていく。ついでにアマル姫を固めた岩も取り除いた。

 壁が消えた循環、エルフ達が雪崩れ込んでくる。しかしハイエルフであるエンヴァラの神々しい存在感を受けて、一人、又一人と片膝をついてこうべを垂れていく。

 気が付くと全てのエルフがエンヴァラに敬拝けいはいをしていた。

 ハイエルフはエルフにとって絶対的な存在感があるんだろうな。絶対に超える事ができない格の違いを感じる。

 その絶対的な存在であるエンヴァラが静かに語り出す。


「我はエンヴァラ。お前らから見たらいにしえのエルフ。ハイエルフ、又はエンシェントエルフと呼ばれる存在だ。ここのジョージ様の力によって悠久の時を超えて今蘇った」


 静寂を破って息を呑む音が聞こえる。

 ゆっくりと間を取って語り続けるエンヴァラ。


「我が年月を数えるのを止めたのは遠い過去じゃ。その為、もう何千年前か定かではない。しかしその記憶は鮮明だ。あの日、我は不覚にもオーガスタ・ウィンミルの奸計かんけいに嵌められてしまった。生命属性の魔法と闇属性の魔法の混合魔法だろう。完全にオーガスタ・ウィンミルの独自の特殊な魔法だ。いて名前を付けるなら【樹木の牢獄】であろう」


 【樹木の牢獄】か。言い得て妙だな。


「この【樹木の牢獄】は我の魔力を利用し尽くす事を考えて設計されておる。我の魔力を使用して育つ樹木。しかしその魔力変換率はわざと最悪にしておる。ほんの少しずつ少しずつ樹木が、育つように。利用変換率を上げると我の魔力をお前らエルフ如きが制御できるわけが無いからな。我のほとんどの魔力は無駄に消費させられた。そして最悪の魔力変換率は我に苦痛を与える。また我を抑え付けるために外部から注ぎ込まれる魔力にも苦痛を伴った。毎日毎日魔力を注ぎにきたウィンミルの祖先達よ……。我が恨み既に骨髄に徹している。いや、その言葉ですら我の恨みを表現するのには生ぬるい」


 永久に続くと思われる苦痛。想像すらできんわ。

 まさか世界樹が監禁と拷問の装置になっているなんてな。

 エルフが世界樹の実を得る為の放置。そしてエンヴァラが生きたままの燃料だ。


「我の魔力で育った樹木。さぞ、生命力に溢れた果実が採れたであろう。妊娠率が最低になっていたお前らエルフが妊娠できるくらいにな。お前らは出来損ないなんだ。不老不死にもなれず、自ら子孫を残す事もできない不完全体。我らハイエルフのお情けで種族の命脈を繋いできたのに、まさか反逆するとはな」


 その当時のエルフ達がハイエルフにお願いして子孫を繋ぐ事に嫌気が差したのか? それとも生まれながらにハイエルフの下僕と為らざる得ない境遇から脱したかったのか? それは最早もはやわからないわな。


「下僕や下婢かひであるお前らに反逆されるとは痛恨の極みだ。これもオーガスタ・ウィンミルに情けをかけた我の過ち……」


 エンヴァラの目から一筋の涙が流れる。

 細かいことは知らないけど、いろいろと個人的な事情があるんだろうな。


「お前らは我の苦痛、憎しみを糧にしてこの世に生を受けている。生まれながらに罪深い者どもだ。その罪に一生さいなまれろ。そして今後、我はお前らに一切の慈悲をかけん。お前ら種族は勝手に絶滅していろ。所詮、お前らはハイエルフの出来損ない、それがお似合いだ」


 片膝を付いているエルフ達に背を向けるエンヴァラ。

 その背中からは、不思議に悲しみが感じられた。

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